よほど訴えられた側が悪質で自業自得なのかと思いきや、どうも様子がおかしい。その内容にじっくり目をやると、横暴さに加え、訴えた側の発想が驚くほど稚拙なのだ。ビジネス戦略にたける世界的大企業がなぜ、そんな愚行をはたらいてしまうのだろうか。
「ブランド保護の本質を分かっていないのでしょう。一流ブランドの商標には、信用やイメージが宿っており、それらが権利者自身と強く結びつくことで経済的価値を生みます。そうした価値を損ねる行為や、結びつきを弱める行為に対し、アクションを起こすのが本来のブランド保護。モンスターエナジーやヴィトンのケースは、表面的に似た要素を持つだけの、明らかに無関係な他社商品を攻撃しており、残念ながら、単なる“ ”商標いじめ”にしかなっていませんね」
こう解説するのは『エセ商標権事件簿』『エセ著作権事件簿』などの著書があり、知財に詳しい友利昴氏だ。ではそもそも、商標権を登録すべきはどんなときなのだろうか。友利氏が補足する。
商標を“本当に登録すべきとき”とは
「本当に商標権を登録すべき場合は、たとえば事業者が、自社の看板として使う屋号や商品名、マークなどを同業者から独占したいと思ったときです。ところが、『単に造語を思い付いたから』『とりあえず』『念のため』『誰かに取られたら困るから』で登録すると多くはトラブルの元になり、結局ムダな登録になります」たとえば、ピコ太郎の「ペンパイナッポーアッポーペン」に対するアップルの言い分は、レコード会社のエイベックスが商標登録した「ペンパイナッポーアッポーペン」に対し、「アップルの商品だと誤解される」「アップルに便乗する意図で採用されている」など。モンスターエナジーの場合は、名前に「モンスター」と付けばかみつく勢いで、支離滅裂といっていいレベルだ。
権利を主張するのは権利者の勝手だ。
「他人に自分の権利を行使するということは、その他人の表現や営業の自由を制限するということでもあります。その行為が、法目的、社会秩序に照らして適切か否かを“大人”は考えないといけません。多くのおかしな権利主張は、『ナワバリ意識』『マネされたくない』という原始的な欲求からなされますが、それがただの自分勝手ではないか、状況を俯瞰して冷静に対処する必要があるんです」
子どものころ、友達に何かをとられると、「これは私のモノ!」と口を尖(とが)らせた経験があるだろう。いつもの遊び場に、あまり仲のよくない人が近づくと「入っちゃダメ!」と追い返した記憶はないだろうか。オトナになっても、そうした本能は宿り続け、あるきっかけで暴発してしまうのかもしれない。
狂気的で理不尽な知財トラブルトップ3
多くの「トンデモ知財トラブル」ケースをリサーチしている友利氏が、なかでも狂気的で理不尽な事件としてリストアップしたのは次の3事案だ。- 「ゾディアック・ナイト2000事件」:アメリカの自費出版作家が東映アニメーションを10回以上訴え、10億ドルを請求
- 「大東亜共栄圏の形成と崩壊事件」:大学教授が45年間盗作の恨みを抱き続けた挙げ句、逆に名誉毀損で訴えられて敗訴
- 「キューピー人形事件」:キューピー人形の著作権を持つと主張した日本人がマヨネーズのキユーピーの商標抹消や740億円の損害を訴えて敗訴
たとえば、「大東亜共栄圏の形成と崩壊事件」。
彼は長年、人知れず恨みを抱え続け、定年退職直前にそれが突如、爆発。結局、相手から名誉毀損(きそん)で逆に訴えられて敗訴する。慰謝料と訴訟などにかけた費用は1500万円以上とされる。人生の半分以上の期間、恨みを抱き続けた挙げ句に迎えたそのてん末。
もっと早く、「気にし過ぎだよ。負けずにもっといい本を書けばいいよ!」と、まっとうな助言をくれる誰かに相談できなかったのか…。はたから見れば、なんとも気の毒な暴走だが、そうさせてしまう魔力が、著作権・商標権にはあるのかもしれない。
知財関連の講演活動なども行う友利氏は2月18日(火)、都内で対談イベント「時代を超えた企業の顔 ――明治vs平成 ロゴ対決」(https://dokushojin.net/event/846/)を開催する。
【友利昴(ともりすばる)プロフィール】
作家。企業で知財実務に携わる傍ら、著述・講演活動を行う。
ソニーグループ、メルカリなどの多くの企業・業界団体等において知財人材の取材や、講演・講師を手掛けており、企業の知財活動に詳しい。
近著『江戸・明治のロゴ図鑑』(作品社)、『企業と商標のウマい付き合い方談義』(発明推進協会)の他、多くの著書がある。1級知的財産管理技能士。