検察官の侮辱に対し損害賠償を請求
本訴訟は、元弁護士の江口大和氏が、刑事事件の取り調べにおいて検察官から侮辱や罵倒を受けたことで黙秘権および弁護人依頼権・人格権を侵害されたとして、国に対し1100万円の損害賠償を求めたもの。2018年、神奈川県横浜市で発生した無免許運転による死亡事故をめぐり、運転手に虚偽の供述をさせた疑いで江口氏が逮捕される。
江口氏は逮捕直後、「犯人隠避の教唆をしていません」と述べ、黙秘権を行使することを宣言。38分間にわたり沈黙を貫き、その後も供述を拒否する姿勢を維持した。しかし、取り調べはほぼ連日行われ、約21日間・計56時間以上に及んだ。
取り調べ中、横浜地検の川村政史検事は、江口氏に対し「ガキだよね」「うっとうしい、イライラする」「社会性がない」などと発言。さらに、「どうやったらこんな弁護士ができあがるんだ」「刑事弁護だけじゃなくて、弁護士自体資格がないんですよ」など、弁護士としての能力や資質を否定する発言を繰り返した。
「川村政史検事による取調べ動画(法廷再生版)」/江口大和違法取調べ国賠訴訟弁護団
控訴審でも黙秘権や弁護人依頼権の侵害が認められず
7月18日の一審判決で東京地裁は、検察官の言動は江口氏の人格権を侵害するものであったと認定。国に対して110万円の損害賠償を命じた。一方で、江口氏が黙秘権を宣言した後にも長時間にわたり取り調べが続けられたこと自体は違法ではないとして、黙秘権侵害は認められなかった。一審判決では、検察官が行った発言の一部は黙秘権の趣旨に反し、江口氏の人格権を侵害するものと認定していた。
しかし、川村検事が取り調べ中に江口氏の「居室に戻って水を飲みたい」という申し出を拒否したことや、トイレに行く際に許可が必要であるかのように発言した点、「ルール守ってくださいよ」と述べつつ取り調べ状況報告書への署名や押印を求めた点などについては、黙秘権や人格権の侵害に当たらないとしている。
さらに、検事が「弁護士全員を敵に回すと思いますよ」「全然通用していないですよ、あなた方の主張っていうのは」などと発言し、江口氏の弁護人に迷惑がかかるかのような発言や弁護活動を揶揄(やゆ)する発言をしたことについては、「穏当さを欠く」としながらも、弁護人依頼権の侵害には当たらないと判断していた。
国側は控訴を行わなかったが、原告側は一審判決(以下、原判決)を不服として、7月30日に控訴。黙秘権、弁護人依頼権、人格権のいずれもが侵害されたと、改めて主張していた。
だが、東京高裁は一審と同様に権利侵害を認めず、控訴を棄却した。
「黙秘権の行使に『忍耐力』はいらない」
判決後に開かれた会見で、江口氏は「一審判決をなぞるだけのような内容」と、控訴審判決を批判。とくに黙秘権侵害が高裁で認められなかった点について、「56時間も拷問することが許されるというのか」と、憤りを示した。また、地裁と高裁が同様の判断をしたことについて「黙秘権侵害や罵詈(ばり)雑言をしてもいいと、社会に『お墨付き』を与えてしまう」と危惧した。
江口氏の例に限らず、日本では、黙秘しても取り調べが続く状況が横行している。当時、江口氏は「自分が行っているのは黙秘権の行使なのか、ただの忍耐なのか、区別がつかなくなってしまった」という。
代理人の宮村啓太弁護士は「憲法上の権利とは、苦労したり耐え忍んだりしなくとも、行使できる権利のことを指す」と指摘。
江口氏は忍耐力があったために行使を続けられたが、本来なら忍耐力に関わらず誰でも行使できる権利であるべきだと、黙秘権の趣旨について説明した。
「不安が生じた時点で『弁護人依頼権』は破壊される」
弁護人依頼権の侵害が認められなかった点について、宮村弁護士は「代理人としても、到底納得できない」と語る。宮村弁護士は、江口氏が逮捕された際に担当弁護士をつとめていた。そして、取り調べの際、川村検事は「かわいそうですよ、宮村先生とかも。宮村先生の評価も落ちちゃってるんだから」との発言も行っていた。
「(刑事事件の被疑者は)社会から隔絶され、弁護士が唯一の頼りとなる。なぜ、信頼関係に影響がないといえるのか。
判決でも『穏当さを欠く』とは認められている。ならば、なぜ権利侵害を認めないのか」(宮村弁護士)
検事の発言により、江口氏は不安に陥ったという。高野傑弁護士は、検察官の発言によって、江口氏と当時の担当弁護士らとの信頼関係が現に破壊されていた、と指摘。
「『この弁護士で本当に大丈夫かな』という不安が生じた時点で、問題は確実に起こっている。裁判所がそこをわからないのは不思議だ」(高野弁護士)
決着は最高裁へ
「憲法の番人」ともいわれる最高裁への上告について、江口氏らは「時期は未定だが、確実にやる」と、意気込みを示す。「本件は、黙秘権・弁護人依頼権・人格権などが関わる、憲法問題だと考えている。
とくに黙秘権は憲法38条、弁護人依頼権は34条に明記されている。これらの権利について、最高裁が判断を示さない、ということはないはずだ。実質的な答弁を期待している」(江口氏)