同日、原告の代理人らが都内で会見。
「この業界では経歴詐称が当たり前だ」
SESとはシステム・エンジニアリング・サービスの略。SES企業では、所属する従業員を客先に常駐させ、運用・保守などの技術サービスを提供することで、客先から人件費とマージンを得ている。被告の2人は複数のSES企業を経営しており、未経験のSE志望者を求人サイトなどで募集。「この業界では経歴詐称が当たり前だ」と面接で教え、入社させていたという。
一方、原告の3人はいずれも20~30代の若年層で、2021年に被告らが運営するSES会社と雇用契約を締結していた。
原告らはプログラミング未経験であったが、「未経験からSEになれる」「未経験でも給料30万円以上」といった求人広告をみて、被告の運営するSES企業の求人に応募。原告AとBは内定後に、会社の運営するプログラミングスクールを受講するよう促され、数十万円の費用を支払うことになった。
さらに、勤務先やスクールでは、年齢や経験を偽ったスキルシートを作成することを命じられたうえ、無給で勤務先の従業員を売り込むための営業活動に従事。社会保険料の違法な天引きも行われており、納付もされていなかったという。
なお、弁護士JPニュース編集部では被告側への取材を試みたものの、企業HPと思われるサイトなどは閉鎖されていた。
一審判決「事業内容が詐欺行為」と判断
3人は経歴詐称して取引先の採用面接に合格し、その取引先での業務に従事した。しかし、自分の能力に見合わない業務だったため叱責(しっせき)をうけるなどして精神的苦痛を受け、1~2か月程度で退職。2022年に被告側に対して損害賠償を求め提訴していた。一審東京地裁判決(2024年7月19日)では、被告らが経営するSES企業について、「事業内容は取引先に対する詐欺行為により利益を得ようとするものというほかない」と判断。
スクールへの勧誘も「不法な目的のスクールであると知っていたとすれば、受講契約を締結するとは考えられない」とし、明確な詐欺行為であると認めた。
そのうえで、原告3人については、従業員として採用され、前職を退職するなどしていたことから「指示に従わざるを得ない状況に追い込まれていた」とし、詐欺の主体であるとの見方は否定した。
これらの判断に基づき、被告らに対し総額550万円超の賠償を命令。被告らは、事業内容は詐欺ではなく損害賠償責任は認められないとして控訴していた。これに対し、原告らも賠償額の増額を求め付帯控訴(※)を行った。
※ 控訴された側が、控訴審の手続きを利用して、一審判決を自己に有利に変更する判決を求める手続き。
二審、転職期間の逸失利益認める
2月6日付の二審東京高裁判決では、被告側の主張を全面的に退け、控訴を棄却。一方で、原告の3人が短い期間で会社を辞めざるを得ず、通常よりも長期間の転職期間が必要であったことを考慮し、逸失利益が認められたことで、一審に比べ約1.5倍となる約769万円の損害賠償が命じられた。
伊久間弁護士は「この判決をより大きく発信していただいて、同じような被害者が出ないようにしていただきたい」と述べ、次のように続けた。
「われわれとしては、求人サイトが本件のようなSES詐欺企業の求人広告を掲載してしまっていたことも、問題だと考えています。
各求人サイトに対しても、きちんと求人広告の審査をしていただくよう、申し入れを行う予定です」
「多くが経済的に困窮、闇バイトとの類似性があるのでは」
原告らから相談を受け、団体交渉などに携わった労働組合「首都圏青年ユニオン」の尾林哲矢執行委員長は、本件について「闇バイトとの類似性がある」と指摘した。「暴行行為や窃盗行為ではなく詐欺行為である、という点では闇バイトとやや違いますが、被害者の多くが経済的に困窮している点で、類似性があるのではないでしょうか。
これまでに原告ら以外からも相談が寄せられており、相談者の多くが声優や俳優、あるいはフリーターから一念発起するなど、もともとの収入が不安定であった人たちです。
『未経験者であっても、相場よりも高い収入が得られる』との求人広告を見て、ほかの業種からSEを目指したいという若者が大量に応募しています。
しかし、スクール代として数十万円を取られてしまい、詐欺であると気づいたとしても、やめられない方も多くいるようです。
そうした方のなかには、本件被告と同様の、詐欺行為を広める立場に回ってしまうケースもあります。
本件のような詐欺行為が横行している背景には、受け入れ側のチェック体制やIT業界の下請け構造の問題などがあると考えられるため、われわれも要請行動の実施など、対策を考えているところです」
また、会見には原告の一人であるBさんも出席。経歴を詐称し現場に入った当時を振り返り「現場に入ってからは後に引けない状態だった」とコメントし、現状について次のように述べた。
「事件が起きてから3年がたちました。
私は会社を辞めたあとも、給料から天引きされていた費用を回収するために各行政機関を回ったり、スクール代について消費者センターに相談しにいったりという日々を過ごしていましたが、現在は何とか転職でき、徐々にですが、普通の生活を送れています。
しかし、ユニオンには現在も、私と同じような被害者の方から、相談が寄せられています。一刻も早く、このような被害をなくすことができるよう、今後も活動していきたいです」