3連敗からの・・・逆転勝訴。息子(Xさん)の無念が晴れた。

長時間残業等でうつ病に罹患(りかん)した息子が自死に追い込まれ、遺族が労災を求めた事件である。労働基準監督署の審理では3連敗したが、裁判所は「労災を認める」と判断した。(福岡地裁 R6.7.5)
以下、事件の詳細だ。

自死に至るまでの経緯

会社は、一​​戸建て住宅などの建築請負・販売などを業としている。Xさんは新入社員で、営業職として住宅販売業務に携わっていた。
平成27年4月。Xさんはある部署に配属されたが、上司の指導が厳しかったようだ。営業日報には「1日最低10件以上」「(営業件数が)少ない」とコメントを付けられていた(後述するが、裁判所は上司の指導を「Xさんの自尊心を損なわせて無抵抗な状態に追い込むものであった」と認定している)。
9月。Xさんは母親に電話して「飲み会で上司から『ネットの性格診断でキミはアスペルガー症候群だった』と言われた」と愚痴をこぼした。母親は「ムカつくね!」「労基署に行って『障害者に仕立てられた』と言うから」と返答した。
このころ、Xさんの残業時間は約90~100時間にもおよんでいた。もう限界がきたのであろう...。

11月17日の深夜1時。Xさんは母親に電話して「オレ死ぬけん。死んだらみんなに連絡して」と告げた。この衝動は一時のもので、最悪の結果になることは免れた。
年の瀬も迫った12月28日、Xさんは学生時代の友人と飲み会を開き、みんなと愚痴を述べあうなどして深夜まで飲んでいた。が、事態はここから一変する。
翌29日、Xさんが実家に帰省。母親はXさんの言動に明らかな異変があることを感じとる(異変の詳細は判決文からは不明)。
翌30日、Xさんは自死を決意。行為に用いる練炭を準備した。しかし母親に見つかり、いさめられる。
ところが、その数日後...。
Xさんは自死に至る。祖父母宅の車庫内に止めていた車の中で練炭を燃焼させ、一酸化炭素中毒により死亡した(享年24歳)。

労災申請

約1年半後、遺族は労災申請するも、労働基準監督署は棄却。遺族は、審査請求・再審査請求もしたがいずれも棄却。3連敗となった。そこで、裁判所に提訴したのである。

裁判所の判断

冒頭で述べたとおり、遺族が逆転勝訴し、労災が認められた。
理由は、Xさんの受けた心理的負荷が「強」と判断されたからである(厚生労働省が令和5年9月1日付で都道府県労働局長宛てに出した通達により、精神障害による労災認定を受けるためには心理的負荷が「強」と認定される必要がある)。
今回、この判断に至った背景は、おおむね以下のとおりだ。
■ 残業時間
裁判所は、Xさんが、死亡する約1か月半前には「うつ病エピソード」に罹患していたと認定。「残業時間がストレスとなったのか」については、罹患前の約6か月間の業務負荷が評価対象となる。Xさんの残業時間は次のようになっていた。
  • 1か月前 91時間55分
  • 2か月前 104時間38分
  • 4か月前 93時間54分
厚労省の基準では「1か月に80時間以上の時間外労働を行ったかどうか」が指標となるので、Xさんの場合は大幅にオーバーしている。このような労働状況をみて裁判所は「心理的負荷が“中”に該当することは明らかで、“強”と評価する余地もある」と判断している。

■ 上司の不適切指導
裁判所が認定した事実はおおむね以下のとおり。
  • Xさんが新入社員で研修期間中であるにもかかわらず、営業活動の量を増やすことや相応の結果を出すことを求めるプレッシャーを与えるようなコメントを営業日報に付けていた
  • 9月以降、Xさんの残業が増えていたことに留意しないまま、営業日報に、誤字脱字の指摘や否定的なコメントばかり記入していた
  • Xさんのことを「オマエ」「X」と呼び捨てにしていた
  • 同僚の前で叱責していた
  • 「気合が足りない」などと前時代的な体育会系の指導をしていた
これらの事実を認めた上で、裁判所は「上司の指導は、新人の営業職だったXさんを萎縮させていき、自尊心を損なわせて無抵抗な状態に追い込み、自死という最悪の結果につながりかねない、不相当かつ適切性を欠くものであったといわざるを得ない」と判断している。そして「Xさんの受けた心理的負荷は“中”」に該当するとした。
■ 恋人との別れが原因?
会社は「Xさんが交際女性と別れたことがストレスを増大させていた」という旨の反論をした。正式用語は「個体側要因」である。しかし裁判所は「交際女性との別れが心理的負荷を与えた可能性はあるが、それが主因とは認められない」旨判断した。
■ 総合評価は“強”
「心理的負荷がどれほどか」は、総合考慮である。裁判所は「長時間労働と上司の不適切指導は、うつ病エピソードの発病ないし増悪と時間的に近接しており、相互に関連するひとつの出来事として評価した場合の心理的負荷は“強”に該当する」と結論付けた。

他の裁判例

労働基準監督署段階で敗訴になったとしても、裁判所で逆転勝訴するケースがよく見受けられる。たとえば、次の事件でも逆転勝訴している。
自動車整備工場でパワハラ被害、うつ病を発症も「労災申請」棄却…従業員が提訴した結果、裁判所で認められたワケ
ご参考になれば幸いだ。


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