一般社会から断絶された“塀の中”で何が起きているのか――。
刑務所問題をライフワークとする記者が、全国各地の“塀の中”に入り、そこで見た受刑者の暮らしや、彼らと向き合う刑務官の心情をレポートする。

刑期の長さや犯罪傾向などによって収容刑務所が分類される男性受刑者に対して、女性受刑者は基本的に短期から無期懲役まで、初犯も再犯も一緒に服役することになる。女性用の刑事施設が限られていることが理由だが、それゆえトラブルも発生しやすく、刑務官の負担も男子刑務所に比べて重たいとされる。
第6回は、女性受刑者の過剰収容対策のため、全国で11番目の女子刑務所として2017年に誕生した名古屋刑務所「豊橋刑務支所」の1日を紹介する。
※ この記事は、テレビ朝日報道局デスク・清田浩司氏の著作『塀の中の事情 刑務所で何が起きているか』(平凡社新書、2020年)より一部抜粋・構成しています。

人気のメニュー“黄な粉ご飯”

豊橋刑務支所の1日は午前6時40分に始まる。定員が6人の共同室と呼ばれる部屋には4人の受刑者が収容されていた。受刑者は、東京・名古屋・大阪エリアから徐々に集められ、定員266人のところ取材時(2017年)には約80人が収容されていた。
朝の点呼が終わると、朝食の時間だが、ここで珍しいメニューに遭遇する。麦ごはんに豆腐の味噌汁、そしておかずが黄な粉とふりかけなのだ。黄な粉がおかずになるのか。私は不思議に思い、ある受刑者の食べ方を注視したのだが、それは驚くべきものだった。黄な粉にお茶を入れて丁寧に溶いてペースト状にし、それをご飯にかけ食べ始めたのだ。
「おいしい……」
小さな声で彼女は呟いた。
黄な粉の中には砂糖が入っており、黄な粉ご飯はさながらおはぎだ。実は甘いものをとることが少ない刑務所生活において人気のおかずなのだという。さらに、味噌汁にふりかけを入れて食べる者もいた。食べ方は人それぞれだ。
食事が終わると、身支度をして刑務作業を行う工場へと向かう。
立ち上げ当時、刑務所内で唯一稼働している生産工場では部品の組み立てや紙袋の製作、箸に巻紙を付ける作業などが行われていた。この日は30人が刑務作業を行っていたが開始から1時間後、新入りの受刑者4人がやってきた。2週間ほど前に刑が確定し拘置所から移送されてきたという。到着早々、工場担当の刑務官から厳しい“洗礼”が……。
「今日から、ここ3工場で生活、作業をしてもらいます。作業をしてもらうのはもちろんのことですが、ここは友達の集まりでも学校でもありません! 真剣に作業に取り組んでください! 生活面においても規則違反を起こしたり、職員に指導や注意を受けることが無いようにしっかりと生活するようにしてください、いいですか?」
「はい!」
担当刑務官の顔を恐る恐る見ながら4人は返事をした。新設の女子刑務所には、毎週のように、いわゆる“新入り”がやってくる。
さっそく工場担当の刑務官が右も左もわからない受刑者を指導する。
「この席に座って、帽子をかぶって準備してください」
60代後半の“新入り”受刑者が行っていたのは箸に巻紙を付ける作業だった。それほど難しい作業ではない。班長と呼ばれる30代の先輩受刑者がつきっきりで作業指導を行うのだが、初めての場所で緊張しているのか一向にうまくいかない。
「箸を持ち上げ、右側をまっすぐに……」
と班長が指導するがうまく仕上げることができず、ずっと同じ作業を繰り返している。手先がおぼつかず、薄い紙を箸に巻くというそれだけのことが困難なのだ。動揺しているのか新入り受刑者は口をぱくぱくさせている。
「右側に合わせてテープを……ええ!?」
先輩受刑者もなんでできないの、という感じでちょっと呆れた表情を見せる。そうこうしていると担当刑務官の掛け声がかかる。
「休憩!」

休憩後も作業がはかどらず…

新入り受刑者もようやく一息、ちょっとだけ表情も緩む。すると、女子刑務所らしい一幕を見ることができた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「もううまくいかない! あがっちゃって、うまくいかなくて、もうねえ……」
「先生(工場担当の刑務官)は厳しく言われるからしょうがないですよ……。
まあ、頑張ってくださいね」
やはり初めての場所で緊張していたのだ。そして休憩後もやはり作業がはかどらない。結局、午前中に彼女が作った箸はわずか20膳だった。工場担当の刑務官に聞く。
「初めの印象が大事なんです。最初にまず工場はこういうところだということを頭に叩き込みます。作業をするのは当たり前なんですけど、指示されたことを確実にするように注意します。拝命した時は自分の母親のような人に注意するのは抵抗があったんですが、勤務するうちに今は抵抗なくやっています」
こうした毅然とした態度が受刑者を統率するには肝要なのだろう。
「作業終了!」の刑務官の声が響く。工場では正午になると、昼食の時間となる。工場内の食堂で、受刑者たちは一斉に食事をとる。
「姿勢を正して、喫食開始!」
「いただきます!」
昼食の献立はカレーに麦ご飯、サラダ、ゆで卵。
この刑務所では、朝食以外は、工場の一角で食事をすることになっている。理由は職員の負担軽減と受刑者同士のトラブルを防ぐためだ。ちなみに、この日の夕食は麦ごはんに肉じゃが、蒟蒻(こんにゃく)のおかか和えに、桜漬だった。
刑務作業を終えた受刑者たちにとって一番の楽しみが部屋に戻っての余暇時間だ。部屋では作業着から室内着と言われる服に着替える。取材したのは11月だったが、まだ半袖姿だった。
部屋での過ごし方を見てみる。自分が使いやすいように何百枚ものチリ紙を折る者、受け取った薬を整理する者、そして本を読む者……その過ごし方はさまざまだ。それは就寝時間の午後9時前まで続いた。


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