Xさんは残業代を請求しようとしたが、ひとつの壁に阻まれた。証拠がないのだ...。

「勤務時間を手書きで記載して会社に渡していました」
「それを会社が裁判所に提出してくれないんです...」
そこでXさんは、手書きの紙の提出を求めて提訴(文書提出命令の申立て)。無事に勝訴し、裁判所は会社に対して「勤務時間が記載された紙を提出せよ」と命じた。(東京高裁 R5.11.14)
今回は勝訴できたが、同様のケースにおいて必ずしも勝てるとは限らない。残業していたことを立証する責任は従業員にあるので、その事実を証拠として残しておくことも大切だ。以下、アドバイスを交えて解説する。

事件の経緯

会社は、東京で高級中華料理店を営んでおり、Xさんはそこに勤めていた従業員だ。
Xさんは、未払い残業代、交通費、立て替えた経費の支払いを求めて提訴した。裁判で立ちはだかったのが「残業代の存在を証明する証拠がない」ということである。この会社はタイムカードを導入しておらず、出勤時、退勤時、休憩開始時、休憩終了時は、従業員らが手書きで記載して会社に提出することで把握していたのだ。
Xさんは会社を相手に、勤務時間などが書かれた手書きの紙を提出するよう求めて提訴した。

裁判所の判断

裁判において会社の社長は「給与計算に用いた手書きの紙は、毎月末締め後に従業員への給与明細書として発行し、その後は破棄していたため、現存しない」と反論した。
しかし、裁判所は一蹴。おおむね以下のとおり述べて「手書きの紙を提出せよ」と命じた。
・労働時間を管理する文書としては、その手書きの紙しかない。
会社は「労働関係に関する重要な書類」(労基法109条)として5年間の保存義務を負っており、違反した場合は罰金の罰則もある(同法120条1号)。このようなことに照らせば、会社がその紙を所持している蓋然性(がいぜんせい:ある事柄が起こる確率や、真実として認められる確実性の度合い)が非常に高い
・具体的な廃棄の方法および状況などが説明されていない上、その廃棄を裏付ける客観的な資料などは一切提出されていない
その他、裁判所は「社長が『廃棄した』と主張するに至った経緯が不自然だ」とも認定している。会社は訴えられた当初「手書きの紙などは税理士が保管している」と説明するだけだったが、その後、時を経て「廃棄した」と主張するに至った。このような変遷を見て裁判所は「手書きの紙の廃棄に係る社長の主張を信用することはできない」と判断した。

他の裁判例

残業代請求を含む労働トラブルでは、会社が証拠を確保していることが多いため、従業員が文書の提出命令を申し立てることが多々ある。以下は、賃金台帳(労基法108条)の提出を命じたケースの一例だ。
・住友生命保険(賃金台帳提出命令)事件(大阪地裁 H11.1.1)
・京ガス(賃金台帳提出命令)事件(大阪高裁 H11.7.12)
・藤沢薬品工業(賃金台帳等文書提出命令)事件(大阪高裁 H17.4.12)

従業員ができる対策は?

中には文書提出命令が認められないケースもあるため、タイムカードのない会社では、労働時間を記載して手元に確保しておくなどの方法も有効だ。下記のように、従業員自身が作成した労働時間の記録などが証拠として採用された判例もある。
■ クロスゲート事件(東京地裁 R4.12.13)
会社はタイムカードなどで労働時間を記録していなかったが、従業員は証拠として【自分が入力した出勤簿】を提出。これに対して会社は「信ぴょう性なし」と主張したものの、裁判所は従業員の主張を全面的に信用した。
〈理由〉
・会社は労働時間をタイムカードなどで機械的に記録していない
・労働時間の把握は【従業員が勤務簿(エクセル)に入力して会社に提出する】という方法だった
・Xさんが提出した出勤簿を見て会社が疑義を述べた形跡がない
■ ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(札幌高裁 H24.10.19)
残業した時間について、裁判所は従業員が書いた報告書を信用した。
■ ブロッズ事件(東京地裁 H24.12.27)
従業員がタイムカードを押したあとも働いていたことを、【PCの履歴】から認定した。裁判所の考え方は「タイムカードがある場合は打刻時間で労働時間を推定する。しかし、タイムカード以上に働いたとの合理的な証拠があれば、そちらを信用する」というもの。

最後に

労働時間の管理が適切に行われていない場合、従業員自身が記録したメモやデータが証拠として認められる可能性がある。メモについては「どんな仕事をしてたか」など、できるだけ具体的に書いておくのがオススメだ。
さらに、メモだけでは弱いので、仕事終わりに誰かにメールを送るなどの対策も併用するといいだろう。証拠は【合わせ技】で強くなる。参考になれば幸いだ。


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