さっきまで女性が座っていたベンチを、男性がペロリとなめて去っていった――。
これは、弁護士JPニュース編集部に寄せられた現実の出来事だ。
発生場所は、新幹線ホームの待合室だったという。
たとえ直接的な被害を受けていなくても、目の前でこうした行為を見せつけられれば、誰しも強烈な嫌悪感を覚えるだろう。公共物であるベンチをなめることは、法的にどのような問題があるのだろうか。

「器物損壊罪に該当し得る」

冒頭の、思わず悲鳴を上げたくなるような場面に遭遇したA子さんは、次のように振り返る。
「その日は帰省からの帰路で、待合室のベンチに座って新幹線を待っていました。しばらくすると、向かいに座っていた女性が立ち上がって待合室から出て行ったのですが、直後、どこからともなく現れた男性がそのベンチに近づき、座面を突然なめたのです。
あまりに変態的な行為に衝撃を受け、目の前で何が起きたのか、一瞬理解が追いつきませんでした。ふと隣を見ると、外国人観光客の方も露骨に嫌悪感をあらわにしていて…。あ然としているうちに男性は立ち去り、何も知らないサラリーマンがやってきて、そのままベンチに座ってしまいました」
今回、弁護士JPニュース編集部に話を聞かせてくれたA子さんのような、不快な行為に遭遇するケースはもとより、後から来たサラリーマンのように、他人が意図的に唾液をつけたベンチに気づかず座ってしまうことは、誰の身にも起きているかもしれない。
駅の待合室など「公共の場所」にあるベンチをなめる行為について、痴漢や盗撮などの性犯罪を中心とした刑事事件にも注力する安達里美弁護士は「器物損壊罪(刑法261条)に該当し得る」と指摘する。
「『損壊』とは、『物質的に器物そのものの形状を変更または滅失させる場合のみならず、事実上もしくは感情上そのものを再び本来の目的の用に供することができない状態に至らしめた場合をも包含するものとする』とされています(大審院明治42年(1909年)4月16日判決)。
上記は、飲食店の食器に放尿したことが器物損壊罪に該当するか否かで争われた事件に対する判決です。たしかに皿を割るなどはしていませんが、たとえ洗ったとしても、通常は感情的に再使用したくありません。
そのため、ここでの『損壊』は、物の物理的損壊のみならず、その効用を害する一切の行為をいうと考えられており、放尿した行為も『損壊』に該当すると判断されました。
これに照らすと、唾液がベンチの座面につくと座れなくなり、ベンチが本来持つ『座る』という効用を害することになるので、『ベンチをなめる行為』は器物損壊罪にあたると考えることが可能です。
ただ、食器とは異なり、ベンチは洗剤などを使ってきれいに洗浄すれば感情上も再び座ることができるという価値判断の下、ベンチをなめて唾液をつけても『損壊ではない』という判断もあり得るかもしれません」(安達弁護士)
なお、器物損壊罪の被害者はあくまでもベンチの所有者である鉄道会社だ。また、同罪は親告罪であり、被害者である鉄道会社の告訴がなければ公訴を提起できない(刑法264条)。

「迷惑防止条例違反」で取り締まることはできるか

近年は、身体に直接触れないものの、髪の毛のにおいをかぐなどして周囲の人に不快感を与える“触らない痴漢”も顕在化してきている。
「ベンチをなめる行為を他人に見せつけること」も、ある意味で性的な嫌がらせのように捉えられるが、各都道府県が定める迷惑防止条例違反などとして取り締まる余地はあるのだろうか。東京都の迷惑防止条例(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例)を例に、安達弁護士が解説する。
「同条例の5条を参照すると、『何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、または人に不安を覚えさせるような行為であって、次に掲げるものをしてはならない』とあり、その3号には『人に対し、公共の場所または公共の乗物において、卑わいな言動をすること』と記載されています。
調べた限り、ベンチをなめる行為に関する判例などはまだないようです。しかし、立証の問題はさておき、たとえば『男性の前ではベンチをなめないが、女性が来るとベンチをなめながらその女性を凝視する』などの事情があれば、3号が定める『卑わいな言動』と認定されるかもしれません。
しかし、ベンチをなめただけでは、器物損壊罪には該当する可能性はあっても、3号の違反を問うことは難しそうです」
なお民事責任の観点では、ベンチの所有者(今回のケースでは鉄道会社)がその弁償金として損害賠償請求をすることは可能だが、駅のベンチをなめる行為が直ちに見せつけられた人に対する違法性のある行為だと判断するのは難しく、見せつけられた人による「気分を害された」という理由での損害賠償請求も現実的ではないそうだ。

目撃者になってしまったときの対処法は?

今回、弁護士JPニュース編集部に話を聞かせてくれたA子さんは、「あのときどうすればよかったのか」と吐露した。その対処法について、安達弁護士は次のようにアドバイスする。

「ベンチの所有者は鉄道会社です。よって、駅員に知らせるというのが正解だと思います。それにより、唾液のついたベンチに座ってしまう被害者を減らせます。
また危ない目に合わないための自衛策は、その場を速やかに離れることです。ベンチをなめる行為を目撃したことにより気分がよくないのは明らかですが、まさに『君子危うきに近寄らず』。何でもそうですが、自衛のためにスルーする力は、自分の心身の健康を守るためにも重要です。“逃げるが勝ち”で乗り切りましょう」


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