「人事権」という名のもとに、不当な処遇を受けているすべての方へ。
今回紹介するのは、5階級の降格を命じられ、月額10万円の手当が剥奪された事件だ。

裁判所は「会社は人事権を濫用している」として、社員に軍配をあげた。(大阪地裁 R6.8.30)

事件の経緯

会社は、遊技場の経営、レストランおよび喫茶店の経営などを行っている。降格を告げられたXさんは総務部の次長で、当時の月給は50万円だった(うち10万円は役職手当)。総務部には部長職がおらず、Xさんが実質的なトップであった。
また降格については、Xさんの直属の上司である専務から告げられた。
■ 定時で帰ることがあった
空手の有段者だったXさんは道場で講師をしており、指導日には定時退社することがあった。
■ 定時退社で起きたトラブル
Xさんが入社して約4年目に、ある店舗(K店)の空調設備が故障した。Xさんは修理業者に連絡し、それ以後は定時で帰宅して店長に現場を任せた。ところが、専務から「現場がてんやわんやになっていたのに帰宅した」と指摘されたのだ。
■ 口頭注意
約1週間後、専務がXさんに口頭で注意・指導を行った。その内容は、おおむね以下のとおりだ。
「Xさんには次長の職は務まらないと思う」
「次長を解任することも考えている。理由はいろいろあるが現場の従業員からXさんに対する不満が出ている」
「直近で言うと、K店の空調が故障した件で、現場がてんやわんやになっているにもかかわらず、午後4時半から午後5時くらいに現場を離れて帰宅した。
次長であれば、普通は現場が処理されるまで残るはずなのに、Xさんは帰った上、電話もつながらなかったと聞いている。管理職として、一緒に仕事をしていくのは無理だ」
「仕事も遅いし抜けがある。私への報告がない。会社幹部としての基準を満たしていない。Xさんに改善するつもりがあって頑張るのであれば、年内までは期間を与える。それで改善されたら次長を続けてくれてよいが、今の状態ではまず無理である」
「休み明けに、自分で何か改善計画、改善報告のようなものを考えて作って報告するように」
■ Xさんが「決意書」を提出
その後、Xさんは「決意書」を提出した。その書面には「週1回、店舗責任者と電話で話し、現場の声を聞き、状況を把握する」「専務への報告・連絡・相談を今以上にしていく」などと記載されていた。
専務はXさんに対して「業務週報を作成すること」「退勤時には声掛けすること」と指示を出した。しかし、しばらくすると、Xさんはこれらを行わなくなった。
■ 家賃回収業務を怠る
約3年後、Xさんは、ある家賃回収業務を怠ってしまう。ついに専務の堪忍袋の緒がキレたのであろう。
■ 降格(5階級)
約半年後、Xさんは降格処分を言い渡された。
次長を辞めさせられ、5階級下の一般職として営業管理部への異動を命じられたのである。専務がXさんに話した内容はおおむね以下のとおりだ。
  • 日報を書いて報告をしていたが、いつの間にか送ってこなくなった
  • 退勤時の声掛けもしなくなった
  • 家賃回収業務を怠った件もあり、Xさんと一緒にやっていくのは難しい
  • この件は、家賃回収業務を担う経理部にも問題があるかもしれないが、やり取りをずっとやってきたのはXさんなので、専務へ報告しなかったことは致命傷
  • Xさんに対する現場からの不満が多数あがっている
  • 仕事をさぼっているとか、直帰して早く帰宅するために、終業時間間際は自宅に近い店舗へ行っているといううわさがある
  • 「Xさんのプライベートな事情によって仕事に支障が出る、他の従業員にしわ寄せがいっている」と聞いている。そのような不満がほかの従業員からあがってくるのは本社でXさん以外にはいない
■ 手当の剥奪
降格にともない、役職手当の月10万円も剥奪された。ちなみに会社が支給していた手当は以下のとおりだ。一般職に降格すれば、いずれの手当も支給されないことになる。
  • 部長10万3000円
  • 次長10万円
  • 課長5万円
  • 課長代理4万5000円
  • 係長4万円
  • 主任3万円
■ 提訴
Xさんは、「次長から一般職に降格されたことは人事権の濫用であり無効だ。役職手当月額10万円の剥奪も無効だ」として提訴した。

裁判所の判断

Xさんの勝訴だ。裁判所は「降格および賃金減額は、人事権の裁量を逸脱したものであって、人事権の濫用にあたり無効」と判断した。
人事権の濫用にあたると結論づけた理由は以下のとおり。
  • 次長職から一般職へ5階級もの降格である
  • 賃金の減額幅(10万円)はXさんの給与月額の20%に相当するものであり、Xさんの被る降格幅および賃金減が極端に大きいと言わざるを得ず、客観的に合理的な根拠があるとは認め難い

他の裁判例

降格にともなって賃金が減額されるケースは少なくない。下記もその一例だ。

立て続けに2度の降格…なぜ? サラリーマンが会社を訴え「慰謝料」勝ち取る、裁判所が指摘した「人事権の濫用」とは
この事件は、会社が「売上目標に達していない」などの理由により2連続で降格を命じ、役職手当7万円をゼロとしたケースだ。裁判所は「人事権の濫用であり無効」と判断している。
裁量の範囲内かどうかは裁判所の判断に委ねるほかないが、少しでも理不尽と感じたのであれば労働組合や弁護士に相談することをオススメする。


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