在留資格をもって日本で働く外国人労働者の数は、2015年に約91万人だったのが2024年には2倍超の約230万人に達した。日本政府も深刻化する「人手不足」に対応することを主眼として、2010年代半ば以降、外国人労働者の受け入れを拡大してきている。

もはや外国人労働者なしでは社会が成り立たなくなっている。それに伴い、外国人労働者の労働環境の整備や社会保障の拡充が急務となっている。
そんななか、外国人の労働事件を数多く手がけてきた指宿(いぶすき)昭一弁護士は、外国人労働者に対する人権侵害を日本の社会、特に企業社会が容認してしまっている状況があると警告する。本記事では、指宿弁護士が、外国人労働者が不安定な地位に置かれがちな実態とその背景となる事情、およびその下で実際に起きた事件について解説する。
※本記事は指宿昭一弁護士の著書「使い捨て外国人—人権なき移民国家、日本」(朝陽会)より一部抜粋し、再構成したものです。(連載第2回/全5回)
※【第1回】外国人労働者「死亡しても会社の責任を問わない」“誓約書”を提出させたケースも…使用者による「労災隠し」の実態【弁護士解説】

ネックは「在留資格」と有期雇用契約

外国人労働者の多くは有期雇用契約をしており、雇用は不安定である。日系人の二世や三世の工場労働者も、語学学校講師や大学非常勤講師も有期労働契約である。公立小・中・高等学校で児童・生徒に英語の発音を教えたり、異文化理解の向上を図ったりする外国語指導助手(Assistant Language Teacher:ALT)の場合、1年契約の有期雇用が多いが、5月から翌年2月までの10か月契約とされ、3月及び4月は収入が全くないということもある。
有期雇用契約が多いのは、在留資格の期限とも関係がある。「永住」と「高度専門職二号」以外の在留資格には期限がある。例えば、最も典型的な就労のための在留資格である「技術・人文知識・国際業務」の場合、3月、1年、3年、5年のいずれかの期限がある。調理人などの在留資格である「技能」の場合も同じである。
日系二世、三世の在留資格である「定住者」(特別な理由が考慮されて、5年未満の期間で認められる在留資格)の場合の期限は、6月、1年、3年、5年または法務大臣が個々に指定する期間(5年を超えない範囲)とされている。
「日本人の配偶者等」(特別養子と日本人の子として出生した者(日本国籍を有していない者)を含む)の場合も、6月、1年、3年、5年である。
最初の入国の時には1年間の期限の在留資格を得ることが多く、何度か期限を更新しているうちに3年になり、10年間就労を続けるか、3年間日本人の配偶者であり続ければ、永住申請が認められる。
つまり、外国人労働者の場合、最初は1年間の期限のある在留資格で入国しているので、これに対応して、雇用契約も1年以内の有期労働契約であることが多いのである。もっとも、在留資格の期限が1年であっても、1年超の期間や無期の雇用契約ができないわけではない。法律的な制約があるわけではないのに、外国人労働者の雇用を不安定にする有期雇用契約を結ぶのは、企業にとって、外国人労働者はいつでも辞めてもらえる便利な労働者という位置づけにあるからだろう。

ある中国人労働者への「退職強要」事件

2009年に私が担当した事件を紹介しよう。
ある産業廃棄物処理工場で中国人労働者が20人ほど働いていた。彼ら、彼女らの在留資格は「永住」、「定住」、「日本人の配偶者等」、「永住者の配偶者等」と様々だった。彼ら、彼女らは5年から10年程度働いていたが、雇用契約ではなく「業務請負契約」とされていた。
実際には、会社から業務上の指揮命令を受けており、実態は請負ではなく、雇用であった。おそらく、労働法の適用を免れたり、社会保険料の支払義務を免れたりするために、このようなことをやっていたのであろう。いわゆる「偽装請負」である。
ところが、なぜか会社は、4月1日から契約を雇用契約に切り替えることにし、最初の3か月間が試用期間とされた。
そして、さらに不思議なことに、5月15日に、9人の労働者に対して「退職届」に署名し拇印を押すように迫ったのである。
1人は署名だけして捺印を拒否したが、上司が彼の手を取って、拇印を無理やり押させた。他の労働者は、納得していなかったが拒否できない状況の中で、仕方なく署名し、拇印を押してしまった。
退職を強要された労働者のうち七人は納得せず、労働組合を結成して、会社に団体交渉を申し入れた。団体交渉で会社は、労働者たちは退職届に署名し拇印を押したのだから、退職合意は成立していると主張した。
私は、7人の代理人として雇用契約上の地位を確認する仮処分を申し立て、「労働者たちは長年にわたり会社の指揮命令を受けて働いていたのだから、請負契約ではなく雇用契約が成立していた」とみるべきことを前提に、「退職届への署名及び拇印の押印は、本人たちの真意に基づくものではないから退職合意は成立していない」と主張した。
裁判所も、これを認める方向での心証を示したため、会社は希望する4人の職場復帰を認め、残りの3人には解決金を支払って、改めて合意退職とする和解が成立した。
業務請負は、きわめて不安定な働き方であり、会社がいつでも契約を解除することができるものである。
くだんの会社は、いつでも契約を解除できると思っていたが、これが「偽装請負」とされ雇用契約と認定されれば、簡単に契約解除ができないと知ったのだろう。そこで雇用契約に切り替えて試用期間満了時に解雇しようと考えたのだと思われる。
ところが、試用期間満了時の解雇も簡単には認められない。これに気づいた会社は、退職届に無理やり署名させ、拇印を押させるという暴挙に出たのである。

外国人労働者はいつでも辞めさせられる、という会社の考え方がにじみ出ている事件であった。

大学による英語講師「雇い止め」事件

たくさんの外国人が大学の語学講師として働いている。その多くは非常勤講師で1年間の有期雇用契約である。
2013年、ある大学で、英語を母語とする外国人の非常勤講師7人が、安定した雇用を求めて労働組合を結成した。組合は、大学に組合員を無期雇用とすることを要求したが、大学が認めないため、何度かストライキを行った。
これに対して大学は、2015年3月末で7人の組合員の雇用を打ち切り、4月以降も働きたければ改めて採用を求めて応募せよといってきた。その理由として、「大学は新たなカリキュラムに変更し、新カリキュラムでの英語の授業は日本語で行うことが求められるが、組合員たちの日本語の能力が足りない」という説明を行った。
この大学は、グローバル人材の養成に力を入れており、教員に占める外国人の割合を高め、外国語の授業科目数・割合の拡大を目指していた。そんな中での7人の雇い止めは、無期雇用を求めた組合への対抗措置であり、外国人非常勤講師の安定雇用を実現したくないというのが理由だろう。
7人の組合員の雇い止め後、組合は労働委員会に不当労働行為救済申し立てを行った。雇い止めは、労働組合活動に対する不利益取扱いであるとして、これを撤回することを求めたのである。私は組合の代理人に就いた。

その後、フランス語講師が8目の組合員として組合に加盟し、7人の復職と自らの無期雇用を要求してストライキを行った。これに対して大学は、この講師の授業を受講する学生に単位が修得できないことが予想されると告知して、他の授業へ移ることを推奨し、実際に受講生は激減した。
結局この事件は、労働委員会で組合と大学の間で和解が成立して解決した。和解協定の内容は第三者に口外しない約束になっているので、ここには書けない。結果として7人は大学を辞め、1人は働き続けている。
この事件は、外国人労働者の雇用が不安定であり、雇用の安定を求める労働者の要求に対して、使用者はこれを受け入れず、厳しい態度をとることを示している。
もちろん、大学の非常勤講師は、国籍にかかわらず同じような状況に置かれているから、これは外国人労働者特有の問題ではないといえるかもしれない。しかし、多くの外国人労働者がこのような不安定な状況に置かれていることは事実である。


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