
ヘイトスピーチが広がっている背景として、クルド人に「出稼ぎ」目的などでの「偽装難民」がいるなど真偽不明の言説が流布していることが挙げられる。
難民認定に関する実務はどうなっているのか。また、クルド人の「偽装難民」が問題とされる背景はどのようなものか。外国人の入管業務に詳しい福原啓介弁護士(舟渡国際法律事務所)に聞いた。
「クルド人だから…」は危険
クルド人の「偽装難民」の問題は「出稼ぎ目的」などの疑いと結び付けて語られがちである。しかし、福原弁護士は、「クルド人だから」と一くくりに扱うことの危険性を指摘する。2023年11月に「ヘイトデモ」禁止の決定を行ったさいたま地裁(MORIKAZU/PIXTA)
福原弁護士:「出入国管理法及び難民認定法の法的要件にあたるのかという観点から、個別具体的に判断すべきです。
本当に『そのクルド人』が迫害を受けているのか、個別の事情を吟味したうえで、難民にあたるのか判断する必要があります」
クルド人の実態については、2004年に法務省入国管理局(当時)が、日本に在留するクルド人の出身地などでの現地調査を行い、複数人が日本へ行く目的について「お金を稼ぐ」と証言したとされ、産経新聞などが大きく報じ、国会でも一部の議員が取り上げている。
また、駐日トルコ大使が産経新聞のインタビューを受け、トルコ南部のクルド人の生活実態は難民認定に該当するような状況にないという趣旨を述べている。
しかし、福原弁護士は、そういった情報を基に一概に判断することはできないと指摘する。
福原弁護士:「まず、法務省の調査は20年以上前のものであり、現状を反映したものかは判断できません。また、日本で難民認定申請をしている人の個人情報を当局に伝えたことは、国連難民高等弁務官が禁じた行為であり、人権侵害の問題で日弁連から警告を受けるなど社会的非難を浴びたものです。さらに、調査には治安当局が同行しており、証言内容の任意性・真実性に疑問をさしはさむ余地があります。
それら以前に、そもそも『同じような地域の出身だから、同じような扱いを受けていただろう』という推測には無理があり、適正ではありません。
次に、駐日トルコ大使の発言については、トルコ国内のクルド人の問題が複雑な歴史的経緯をたどっていること、立場によって見方や発言が変わることを考慮する必要があります。
法律のしくみからみても、ごく一般的な常識からみても、あくまで難民認定申請をした個人の具体的な事情を判断しなければならないということです」
「不法滞在」が容易にできてしまう問題
ただし、在留資格認定・難民認定の制度をかいくぐり、日本に不法に滞在し続けることが比較的容易にできてしまう状態は実際に存在するという。福原弁護士:「日本とトルコとの間ではビザが免除されているので、日本に短期滞在(旅行、商談等)で入国してきて難民認定申請を繰り返せば、日本に居続けることができてしまうのは事実です。
本来、『出稼ぎ』の目的で日本に来るのであれば、正規の申請をすべきです。90日を越えて日本で生活、就労、留学したいなら、別の在留資格に変更しなければなりません。
正規の在留資格を申請しようとした人が、書類や資料の不備、あるいは申請しても条件をみたさないなどの理由で不許可になり、難民申請しているケースも考えられます。
本当に難民として助けてほしいのであれば、何をさしおいても最初に『難民認定申請』をするはずです。
また、何回も難民申請できているということは、誰かがお金を出して生活を支えているのか、あるいは不法に就労している可能性も考えられます。そのような方々については、本当に難民として助けてほしいのか、それとも単に出稼ぎ目的で来日しているのか、その目的等をしっかりと見極めなければなりません。
ただし、だからといって、『クルド人だからダメ』『クルド人だから不法入国・出稼ぎ』という決めつけは無理があり好ましくありません。あくまでも、個別の申請者が難民にあたるかどうかを吟味する必要があるということです」
「迫害を受けるおそれ」があるかの立証が困難
現状、日本で難民申請したトルコ国籍のクルド人が難民認定されたのは1例だけである(札幌高裁、2022年)。しかし、福原弁護士は、この事実のみをもって「偽装難民」が多いとするのは早計であり、そもそも日本の難民の認定数が他国に比べ少ないという現状があると指摘する。福原弁護士:「結局のところ、難民認定の審査を行う際は、難民条約の『難民』の定義に当たるのかどうか、つまり難民申請をしている人が法的な観点から『迫害を受けるおそれがあるか』が主な争点になります。
クルド人の問題に限らず、一般論として、日本の難民の認定数は、他の国に比べ極めて少なくなっています(※)。日本は難民条約加盟国としての責任を果たさなければならないはずですが、かなり厳格に判断し、あまり難民を認定していない傾向にあります。
本当に困っている人、迫害を受けるおそれがある人が難民申請しても、なかなか認定が下りないのが実情です」
※2023年の難民認定申請者数1万3823人のうち、認定されたのは303人、その他に在留を認めた「補完的保護対象者」が2人、「人道的な配慮を理由に在留を認めた人」が1005人(出典:法務省「令和5年における難民認定者数等について」)
日本において難民認定のハードルが高い背景はどのようなものか。
福原弁護士:「大きく2つの問題があります。
第一に、行政段階で『迫害』の定義について『通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって、生命または身体の自由の侵害または抑圧』という定義を厳格に適用する傾向があります。なお、この点については、『出入国管理』と『難民認定』を同じ行政庁に担当させることが政策的に妥当なのかという問題もあります。
第二に、難民認定についての立証責任が申請者に課されていることの限界が考えられます。認定の判断にあたって最も重要な証拠は本人の供述ですが、その内容が本当なのかを判断するのに、どれだけの労力が割かれているのかという問題があります。
しかも、法律家でも出入国管理及び難民認定法のしくみを理解することは難しいと言われています。法律の素人、しかも外国人にとって、難民認定のハードルが高くなっていることは間違いありません」