一般社会から断絶された“塀の中”で何が起きているのか――。
刑務所問題をライフワークとする記者が、全国各地の“塀の中”に入り、そこで見た受刑者の暮らしや、彼らと向き合う刑務官の心情をレポートする。

第8回は、「医療刑務所」について。ここには、通常の刑務所では治療が困難な重い病気や、対応が難しい精神疾患を抱えた受刑者たちが送られてくる。
なお受刑者らには、刑事収容施設法(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律)56条(※)に基づき、社会一般と同水準の医療を受けることが保証されている。
※ 刑事収容施設法56条〈刑事施設においては、被収容者の心身の状況を把握することに努め、被収容者の健康及び刑事施設内の衛生を保持するため、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとする〉
※ この記事は、テレビ朝日報道局デスク・清田浩司氏の著作『塀の中の事情 刑務所で何が起きているか』(平凡社新書、2020年)より一部抜粋・構成しています。

鉄格子のある病院

医療刑務所はこれまで取材してきた刑務所とは全く異なっていた。まず入り口でマスクを着用し手を消毒してからでないと施設の中へは入れない。取材当時は真冬でインフルエンザが流行していたこともある。取材に立ち合う刑務官が、
「こちらが管理棟です」
と案内した先には「外来」と「内科、外科、眼科」など8つの診療科の表示板がある。
一見すると、まるで総合病院だなと思っていると、
「ここは刑務所でありながら厚生労働省の許可を得た病院となっております」
と説明を受け、なるほどと腑に落ちる。診療科目が書かれた表示板には「処遇部」という部署も書かれ、他の刑務所同様、刑務官が詰めていることがわかる。
しばらく進むと外来用の待合室があった。一般の病院と違うのは鉄格子があることだ。刑務官に聞く。

――こちらの待合室に鉄格子があるのは?
「ここはあくまでも受刑者専用の診療を行うところだからです。他の刑務所からも検査や診察のため、こちらに来る受刑者がいます。そうした者のために、この待合室は使われています」
待合室の隣が医務室だ。男性受刑者が自分の称呼番号を言って入ってくる。医師が、
「最初に体重を量ってみようか」
と声をかけると受刑者は体重計にのった。
「79キロか、はい、いいよ。順調に体重減っているね。ご飯の量は大丈夫?」
「ちょっと少ないです」
「理想体重は64キロだから、もうちょっと頑張ろうか」
医師が受刑者を励ますと、受刑者が「はい」と答え医務室を後にする。いったい彼はどんな病気なのか。
「今、診察した人は肥満と高血圧です。受刑者は刑務所に入る前、滅茶苦茶な生活をしていて、いわゆる生活習慣病の人たちが本当に多いんです。刑務所で出されるだけ食べて、朝ちゃんと起きて刑務作業をしていると体重も減り、血糖値も落ち着いて生活習慣病もよくなるんです。
先ほどの受刑者もかなりの肥満で血圧も高かったのですが、現在、食事療法だけで順調に回復していますよ」

受刑者たちの医療費は“タダ”

そもそも受刑者と接することに対して、医師は恐怖感や不安を抱かないのだろうか。
――こちらで働いていて怖いと思ったことはないですか?
「意外と怖くなかったのもそうなんですが、刑務官のほうがいつもついていてくれるので逆に安心かなと思いました。一般の病院の方が危険なこともありますから」
確かに医師や看護師が患者から逆恨みされ、病院が舞台となる事件がある。
――こちらの患者すべて受刑者です。気をつけていることは?
「ここの決まりなんですけど、いい意味でも悪い意味でも“お礼”をされないように名前を絶対に明かさないことになっています。家族の受け入れがなく本人の承諾だけでやることが多いので、その説得に難渋することもありますね」
ここでも治療をめぐり、どこでどう逆恨みされるかわからないということなのだろう。どういう病気の受刑者が多いのだろうか。
「いろんな種類の病気が見られますが、最近は悪性腫瘍が非常に多いです。受刑者独特の問題としては感染症が非常に多いんです。B型肝炎、C型肝炎、それによる肝硬変とか肝がんなどが多いですね。結核も結構多いと思います」
こうした感染症の場合、歯科治療では特に神経を尖らせるという。受刑者の治療にあたる歯科医師は言う。

「所内の受刑者の約3割がB型肝炎、C型肝炎といった感染症を持っています。歯科診療の場合は歯を削る時にかなり飛散します。ですからウイルスのリスクとか感染症に対するケアは患者さん自身に必要ですし、われわれ医療従事者にとっても大切です。一般社会でもそうなんですが、ここではより気をつけなくてはいけません」
受刑者たちには医療費の自己負担がない、つまりタダであるので、服役すると、ここぞとばかりに歯の治療をする者も多いと聞く。歯科医師も、
「確かにそういうけしからんやつもいるんですよ」
と少々あきれ顔で答える。
「ただ実際どこまで治療して、どこまで治療しないかというのは多分に歯科医師の裁量に任されています。税金で治療しているわけですから最低限の節度というのは持たなくてはいけません。私自身は、ここまでは治療するけど、ここからは社会に戻ってからやってくださいと受刑者には言っています。これは私自身が決めているラインです」
なかには薬物中毒で歯がボロボロの受刑者もいると聞く。
「歯がボロボロの受刑者もいれば、逆にすごいお金をかけて治療している人もいます。どんな犯罪をしたのかと見てみると詐欺師とか、金まわりのいい職業の人とかですね。受刑者は口の中も違うなと思いますよ。
でも今ここで多いのは薬物犯であるとか窃盗犯であるとか社会的にみて恵まれていない、所得が少ない人たちの方が多いですね。そういう人たちの口の中というのは、やはりあまり褒められたものではないですね」
受刑者の口の中からも「社会の縮図」が見えてくるということだろうか。


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