クマによる人身被害が深刻化するなか、政府は2月21日、一定の条件付きながら自治体判断により、市街地での銃猟を可能にする鳥獣保護管理法の改正案を閣議決定した。
「ようやく」との声もある改正案は日常の生活圏における「危険鳥獣」出没リスクにどこまで有効といえるのか。
そのポイントや野生動物と人の共生の在り方などについて、動物の法律に詳しく、「もふもふ弁護士」としてYouTubeなどでも情報発信している荒木謙人弁護士に聞いた。

住宅密集地でも条件を満たせば銃猟可能に

今回の鳥獣保護管理法改正案で「市街地でのクマ銃猟」が可能になるとのことです。改正のポイントについて教えてください。

荒木弁護士: 一番大きなポイントは、「危険鳥獣」を新たに定義し、市街地など住宅密集地でも一定の条件を満たせば銃猟が可能になる点です。
具体的には、市町村長が以下の4つの要件を満たしていると判断した場合に「緊急銃猟」が認められます。
(1)危険鳥獣が住宅地など人の日常生活圏に侵入し、またはそのおそれが大きい
(2)危害防止のため緊急に対応する必要がある
(3)銃猟以外では的確かつ迅速な捕獲等が困難
(4)住民や第三者に生命または身体に危害を及ぼすおそれがない
危険鳥獣として想定されているのは、ヒグマ、ツキノワグマ、イノシシの3種です。
これまで市街地での銃猟は、原則として警察官の発砲指示が必要でしたが、改正によって市町村が主体的にハンターや職員に委託できるようになることが大きな変更点です。

人的被害は数年前から増加も…「いまになってようやく」改正されたワケ

クマによる人的被害は以前から深刻化しており、2023年度の人的被害者は219人と過去最多でした。それだけに、「いまになってようやく」という声もあります。このタイミングをどう評価しますか?

荒木弁護士: 確かに、クマ被害が増えている実態は数年前から指摘されており、早期の対応が求められていた面は否めません。
一方で、銃の使用を伴うので、誤射などの二次被害を防ぐため、厳密な要件設定や運用ルールの整備が不可欠です。
そのため、少なくとも人的被害の拡大を食い止める緊急策としては評価できる面があると思います。

警察や自衛隊ではダメなのか

なぜクマの対応は警察や自衛隊ではなく、ハンター(猟友会など)に委託するのでしょうか?

荒木弁護士: 大きく以下の3つの理由があると考えられます。
(1)専門性
ハンターは猟銃の扱いや大型動物の捕獲に長(た)けており、地形や出没動向に精通しています。警察官や自衛隊員が必ずしもこうした専門知識・技術を持っているわけではありません。

(2)法律上の役割
警察は公共の安全・秩序維持が主たる職務であり、クマ出没に対する緊急発砲は、警察官職務執行法による命令や刑法の緊急避難などにより、「現場判断」で行う形でした。
また、自衛隊の場合は、災害派遣や防衛出動など法的要件が厳しく、クマの出没による出動は難しいのが実情です。
(3)実績と地元密着
これまでも有害鳥獣駆除を担ってきたのは、地域の猟友会などのハンターでした。その土地の地理や住民との連携を踏まえて、より柔軟に対応できる点が評価されています。

人と野生動物共生の「理想形」とは

クマによる人的被害の拡大が背景にあり、条件付きではあるものの、今回の法改正で、市街地での銃猟が可能になります。人間と動物の“共生”という観点からは、どうあるべきだとお考えですか?

荒木弁護士: 理想は、野生動物が本来の生息域で暮らし、人間の生活圏と明確に分離できる状態を作り出すことです。
近年、山林の食糧不足や森林破壊などの影響でクマが里山に下りてくるケースが増えていますので、以下の点が重要だと考えられます。
・生息環境の保全:森林再生や餌場の確保、適正な個体数管理
・人里での予防策:ゴミの管理徹底、クマが寄り付く要因を取り除く工夫
・新技術の活用:ドローンや麻酔銃、捕獲器などを組み合わせ、銃での捕獲だけに頼らない仕組みづくり
「人間社会の安全確保」と「動物の生存環境維持」を両立するには、自治体・住民・ハンター・専門家が一体となって取り組むことが求められます。法改正だけではなく、長期的かつ総合的な“共生管理”の視点が不可欠です。

今後の課題や、注意すべき点があれば教えてください。

荒木弁護士: まずは安全管理と責任問題が大きいと考えられます。
市街地での発砲は、誤射などのリスクが常にあります。万が一、人に被害が及べば、ハンターや委託した自治体に法的な責任が発生する可能性もあります。
そのため、しっかりとしたガイドラインやマニュアルの整備、住民への周知徹底が欠かせません。
次に、ハンター不足も深刻な課題です。高齢化が進む中で、今回の改正でハンターの負担が増えれば、担い手確保がさらに難しくなる可能性があります。今後はハンターの育成支援や、新しい捕獲技術の導入などが必要になるでしょう。
最終的には、クマを含む大型野生動物が人間の生活圏へ出没しなくても済むような環境整備がなされることが望ましいです。
緊急銃猟はあくまでも“最終手段”として位置付けられるべきであり、今後も被害抑止のためのあらゆる手だてを模索していくことが重要だと考えます。


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