偽装請負とは、形式的には「請負契約」(業務委託)に見えても、実態として「労働者派遣」にあたるもので、違法です。リエさんによると、A社からB社へ業務委託(請負)の名目で「派遣」され、7年近くにわたり最低賃金以下で酷使され、その上、8か月にわたり賃金の未払いに遭いました。また、膨大な残業を強いられたにもかかわらず、契約形態が「請負」のため残業代は無給扱い。しかも過重な労働とクレーム対応により適応障害を患いました。
労働者は法律で手厚く守られているはずなのに、「偽装請負」に代表される労働者の搾取の問題があとを絶ちません。今回は、リエさんの事例を通じ、労働者保護のためにあるはずの制度の問題点を考えます。(行政書士・三木ひとみ)
リエさんの労働環境の想像を絶する過酷さ
リエさんがおかれていた労働環境は、想像を絶する過酷なものでした。私の拙い文章力では表現しきれないので、本人から送られてきたメールの文面の一部を、あえて原文のまま抜粋します。リエさん本人も「自分の事例が広く知られることで、社会が改善され、同じような被害に遭う人がいなくなってくれれば」と公開を承諾してくれました(以下、原文ママ。(※)は筆者補記)。- 社員はだれも英語ができず、電話対応も、お客さん対応も、書類もホームページもつくれないので、英語の仕事は私ひとりで年間150件以上、時間外や休日にも膨大に受けていました。
- 36協定なしで、休憩なしの9時間勤務のシフトもありました。
- 名目上は業務委託契約となっていたものの、シフト制で週30時間を毎日に割り振った勤務時間が定められており、会社(※B社)の指揮命令下で業務を行う、実態は雇用契約。求人サイトを運営する大手企業(※A社)は、労働者に支払われるべき給与から紹介料を毎月22%天引きして支給。そのため、契約では時給700円となっていたものの、システム利用料という名目でピンハネされた後に支払われるのは時給546円、そこからさらに振込み手数料500円が引かれ、月収は6万円ちょっとでした。
- 全て自己責任と、何とか踏ん張ってきましたが、夏の繁忙期前に社員が全員一斉退職。ほかの業務委託のスタッフも次々リタイアし、最終的には遠隔地に住む私ひとり体制での勤務になりました。
- (※B社は)2021年から無人の新築ホテルの2つの運営を始めました。電子キーロックでしたが、人手が足りておらず、暗証番号を変更せず使い回しをしていました。そのため、無人ホテルでフロントスタッフがいない上、暗証番号を覚えていつでも不法侵入ができるので、日に日に被害が増え、知らない人が突然部屋に入ってきた。と警察が年に何度か出動。(こんな危ないホテルが現在も「楽天トラベル、じゃらんで口コミ1位」などとホームページに書いています。)
- 1日かかっても終わらない仕事量。会社が全く機能していないために月300件以上のクレーム対応。激しい暴言と罵倒。動悸と恐怖で勤務時間が近づくだけで倒れそうになり、クレーム対応の緊張が解けず、一睡もできない毎日。
- ここでもう体調もお金も限界で、もう生きられないと思うほどになり、仕事を辞める決意をしました。しかし、報酬金額をアップすると言われ、日本一低い沖縄県の最低賃金になりました。8ヶ月間給料の未払いが続き、業務委託とされているので残業代は1円もありません。
- 7年近く、私はこの違法な労働環境に身を置き、心身が破壊されました。今もなお、私個人のパソコンに民泊業者の顧客の個人情報数万人分が入っている異常事態です。個人情報がこのように扱われていることを、知ってほしいです。労基に調査してほしいと何度も頼み、膨大な書類も提出しました。どうにか、この大きな問題をどこかに調査してほしいとずっと願っています。
リエさんは本来得られるべき収入を得られず、貯蓄も底をつき、心身ともに疲弊しきった状態でした。私は急いでリエさんの生活保護申請をサポートし、保護が決定しました。
偽装請負による不当な労働力の搾取
リエさんの勤務形態は、名目上は「請負」(民法632条)でした。しかし、実態は雇用関係と断じざるを得ないものでした。偽装請負とは、形式的には請負契約に見えても、実態として労働者派遣であるものをいいます。
法律上、使用従属関係が認められ、他人の指揮命令下で使用され、労働の対償として賃金が支払われていれば、労働者に該当し、労働基準法が適用され、労災保険の対象にもなります。
しかし、事業者の中には、厳格な労働法の規制から逃れ、不当に労働力を搾取して利益を上げているところがあります。
偽装請負の被害に遭い、不当な長時間労働などにより心身の健康をおびやかされ、働けなくなって生活保護に至る人がいます。
派遣法の規制逃れにより、業者は利益を得、労働者は不利益を被ります。
偽装請負に対しては法律上、懲役や罰金などの罰則のほか、行政指導、改善命令、勧告、企業名の公表といったペナルティが与えられることになっています。報道されればブランドイメージに与える影響も大きいでしょう。
しかし、それでもなお、法の目をくぐり抜け労働力を不当に搾取する悪徳業者が世にはびこっている現状があります。
「労基署」「自治体」「法テラス」いずれも頼りにならず
リエさんは私の事務所に相談する前に、労働基準監督署、札幌市の生活相談窓口、弁護士、法テラスに相談していました。しかし、労働基準監督署や行政機関に相談してもたらい回しにされ、弁護士に相談しても「割に合わない」と10人以上に断られ、法テラスに相談しても同様の理由で担当してくれる弁護士がおらず、やっと受任してくれた弁護士に着手金20万を支払ったものの、進展がみられないといいます。
労働基準監督署では、リエさんが「労働者」にあたるか否かを判断できないので裁判所に行くように言われ、また、給料未払い・残業代100万円の未払いについて立ち入り調査も依頼したものの、何もしないまま時間が過ぎ、そうこうしている間に会社の事業所が場所を移転してしまったとのことです。
さらに、中小企業相談窓口を案内されたものの、「労働基準監督署で労働者性があったか判断できないと言われたのなら、こちらでは何もできることがない」と言われたそうです。
ここで行政機関が適切な対応をしていれば、受任してくれる弁護士が見つからなくても、リエさんの被害が放置されることはなかったはずです。
リエさんは、窓口担当者から異口同音にかけられた言葉にも傷ついたといいます。
「どこに行っても『しばらく実家に帰って療養されたらどうですか』と毎回毎回言われるのが辛かったです。帰れる実家など私にはないからです。帰れる実家や、頼れる身内、優しい家族がいる人は、体を壊して倒れるまでブラック企業で働かないと思います」
用意されている公的な“相談窓口”がなぜ機能しなかったのか?
リエさんのような人にこそ、行政機関による公的なサポートが必要なはずです。しかし、それが機能しませんでした。本来、働く人のための相談窓口は、全国にあります。労働基準監督署は、賃金、労働時間、安全衛生などについての監督、指導、労働基準関係法令に基づく事務を行っています。
各都道府県労働局は、職場での性差別やセクシュアルハラスメント、妊娠出産を理由とする不利益取扱いや、パートタイム労働者の均等・均衡待遇や正社員転換などの相談を無料で受けています。
公益・労働者・使用者を代表する委員からなる三者構成の労使委員会は、当事者からの申立てを受けて、不当労働行為があったときに救済命令を発したり、あっせん、調停、仲裁の三者の調整を行ったりしています。労働者個人と会社の間での労働条件など労働問題に関する争いを解決するための、個別労働紛争のあっせんもしてくれます。
各都道府県が設置している労政事務所や労働相談窓口でも、労働相談を受け付けています。
問題は、こういった行政機関が連携をとって対処するしくみが十分に機能していないことにあります。
リエさんは、生活保護を受給しながら、今も、着手金を支払った弁護士が動いてくれるのを待っています。「大きな組織相手の難しい事案で、断られ続けたにもかかわらず1人だけ受任してくれた弁護士さんだから」とのことです。
リエさんから頼まれて、私からその弁護士さんに電話連絡をしたところ、「大きな難しい案件なので進めるのが大変だ」と話していました。
弁護士は公的な職業ではありますが、あくまでも民間の一事業者です。志ある弁護士の「使命感」や「手弁当」に頼るのには限界があるといわざるを得ません。まずは労働者の権利を守るしくみが機能することが何より重要なはずです。
偽装請負の被害者が救済されずに生活保護まで追いつめられた事実を、広く社会に知ってもらうことで、こうした被害者放置の問題に風穴が開くことを願います。
法律・しくみがあるのに機能しないという“現実”
リエさんの件に限らず、法律やしくみがあるのに機能せず、被害者が信じがたい現実に苦しみ、心身を病んで生活保護に至るケースを行政書士としてたくさん見てきました。今ある法制度は、人が人らしく、個々の能力を活かして社会でいきいきと働き活躍できるように、個人の尊厳が守られ権利が侵害されないようにするためのものです。労働者の権利もその一環として憲法で保障されています。それを受け、劣悪な労働条件のもと、低賃金や長時間労働で健康を害することのないよう、正社員だけでなく、派遣社員やパートタイム労働者、アルバイトにも適用される労働者を保護するための労働法が整備されているはずです。
ところが、こうした法律の抜け穴をくぐり、行政が十分に機能しない状況に乗じて、不当に労働力を搾取して利益を上げる悪徳業者も存在します。被害に遭って経済的にも心身にもダメージを受けた個人が組織と闘うことは、容易ではありません。
私は行政書士として、働きたいけれども働けなくなってしまった、真面目な人をたくさん見てきました。パワハラ、セクハラ、過酷な労働環境、家庭環境で、ぎりぎりまで無理をした結果、心身が破壊され、最後のセーフティーネットである生活保護に頼らざるを得なくなった方を数えきれないほど見てきました。
法令が整備されていても、実際に被害に遭ったとき、行政機関にたらい回しにされる、受任してくれる弁護士が見つからない、費用を工面できない…。こうした事態は、いつ、誰の身に起きるとも限りません。
「みんな悩みを抱えて苦しくても生活のため、がんばって働いているのに、一部の人は生活保護を受けて楽をしている」
SNS等でこのような投稿を多く見かけます。しかし、これは社会の現実を踏まえない、的外れかつ心ない誹謗中傷と断じざるを得ません。
「弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく」時折巻き起こる昨今の「生活保護バッシング」を見るにつけ、ザ・ブルーハーツの名曲「TRAIN-TRAIN」の歌詞の一節が思い浮かび、心が痛みます。
明日は我が身。改善されるべきは、働く意欲ある若い人が健康を脅かされてしまう社会、生活保護を受ける人に対し冷たい社会そのものではないかと思います。
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三木ひとみ
(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)
官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に「わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)」(ペンコム)がある。