
女性起業家の半数以上がセクハラ被害を経験
スタートアップユニオンの松阪美穂代表は自身も起業家であり、性差別やセクシュアル・ハラスメント(セクハラ)、性犯罪の被害に遭った経験を持つ。2024年7月に教育機関「アイリーニ・マネジメント・スクール」が行った調査によると、女性起業家の半数以上がセクハラを受けたことがあると回答。
さらに、今年2月に民間企業「アフェアウェイ」が実施した調査では、出資を受ける際などにハラスメント被害を経験した女性経営者の比率は6割に上ることが判明した。
性差別・セクハラや性犯罪が起業家のジェンダーギャップを生み出していることを問題視した松阪代表は、被害者が孤立化しやすい問題や相談しづらい環境の改善を目指し、また被害者の居場所になるのと同時に社会問題を提起するコミュニティを作るため、スタートアップユニオンを発足させた。
「現在進行形で悩み苦しんでいる人もいるため、起業家に対するハラスメントの取り締まりや環境改善は急務です。
労働施策推進法や男女雇用機会均等法の改正など、労働者に限らないハラスメント防止に向けた動きが進んではいるものの、それ以外にも問題は山積しています」(松阪代表)
起業家に対するハラスメント禁止などを要求
今回の要望書では、起業家の環境改善および起業の拡大に向けて、以下の5点が要求されている。(1) ハラスメントの禁止。要望書内では、起業家に特有のハラスメント被害の問題を明示している。
(2) 起業家の権力構造を考慮した対策。第三者機関や契約条項、制裁措置の導入などを要求。
(3) 起業家の育休問題の具体的な解決策。育児支援やVC(ベンチャーキャピタル)合意の義務化などを求める。
(4) 予防策や教育の強化。研修の導入や相談窓口の設置、ストレスチェックの導入などを要求。
(5) 加害者に有利な社会構造の変革。セクハラや性犯罪を隠蔽(いんぺい)する企業の公表や、ハラスメント対策を実施する企業の優遇を求める。
日本にはセクハラを罰する法律がない
現在の日本の法律では、男女雇用機会均等法11条により「職場で雇用関係にある者」へのセクハラが禁じられており、事業主には労働者がセクハラの被害を受けないように措置を講ずることが義務付けられている。また、2020年6月に改正労働施策総合推進法が施行され、同月から大企業に、2022年4月以降は中小企業にもパワー・ハラスメントの防止義務が課された。
2024年11月施行の「フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)」でもフリーランスに対するハラスメント防止が企業に義務付けられている。さらに同年12月、厚生労働省(厚労省)の労働政策審議会が就活生へのセクハラ防止を企業に義務付ける建議をまとめ、法改正に動き出している。
しかしこれらはいずれも企業に対する義務付けであり、ハラスメントに刑事罰を与えるものではない。そして、労働者ではない起業家に対するセクハラは、上記のいずれでも対策できない。
一方、諸外国にはセクハラそのものを禁止する法律があり、違反すると罰金や禁錮刑など刑事罰が科せられている。「日本ではそもそもセクハラが定義されておらず、諸外国から大きく遅れている」とスタートアップユニオンは問題を指摘する。
ハラスメントの刑事罰化も要求
上記の問題を受け、要望書では、包括的なハラスメント防止に向けて以下の3点を要求している。(1)職場内に限定せず包括的にハラスメントを定義し、禁止する。
(2)刑事罰を含めた罰則を制定し、ハラスメントを厳罰化。
(3)ハラスメント被害者の復職など、被害者の救済措置を設ける。
なお、上記の要求は厚労省以外の管轄も含まれるため、スタートアップユニオンは他の省庁にも要望を行っていく予定だ。
要望書には5510人の署名が集まった(3月19日 都内/弁護士JPニュース編集部)
厚労省との協議の結果は…
松阪代表と、共に要望書を提出した株式会社「KawaiiAI(カワイイエーアイ)」のCEOを務める川原梨央奈氏は、提出後に厚労省の担当職員と協議を行った。弁護士JPニュース編集部が松阪代表に取材したところ、厚労省側は「罰則を設けるにしても、慎重に進めていく必要がある」との認識を示したという。
「『ハラスメントは許されるものではない』とは繰り返しおっしゃっていただき、また起業家セクハラに関しても問題意識は感じていただいているものの、厚労省としては(ハラスメント防止は)労働者保護の観点から取り組んでいるため、(起業家に対するハラスメントは)該当しない、とのことでした」(松阪代表)
東京都では今年4月から「カスタマー・ハラスメント防止条例」が施行されるが、同条例でも起業家や投資家は保護の対象とならない。起業家は法律や条例によって保護されていない現状が、改めて浮き彫りになった。
協議の結果、起業家へのセクハラ対策を実現するためには、社会的な機運の高まりや国会議員との協力が必要であることが明らかになったという。
「本件について引き続き問題視していき、今後は議員の方と一緒に取り組んでいきたいと考えております」(松阪代表)