
今年2月に町田市(東京都)で開催された「男女平等」をテーマにしたイベントには抗議・妨害が相次ぎ、講演を行う予定であった太田啓子弁護士はリモートでの登壇に変更を余儀なくされた。
女性弁護士に対する業務妨害の背景にはどのような問題があるのか。以前からX(旧Twitter)上で共同親権に関する問題などについて積極的に発信しており、そのために嫌がらせを多く受けているという、太田弁護士と岡村晴美弁護士に話を聞いた。
抗議が町田市に殺到、通常業務にも支障が
2月1日から2日にかけて、「第25回まちだ男女平等フェスティバル」が開催。憲法学者の木村草太教授(東京都立大学)が基調講演を行い、作家のアルテイシア氏らも登壇した。一方、太田弁護士による「0からわかる共同親権制度 子どもの幸せを守るには」と題した講演が予定されていたことに対して、1月の企画発表当初からX上で批判が巻き起こる。
一部のアカウントは町田市に抗議の電話を入れた旨を、「担当〇〇氏」「担当〇〇女史」などと職員の苗字と共に報告。また、参議院議員が「講座の妥当性について町田市議会で質問することを期待するのが良いかもしれません」と投稿したことも、抗議を加熱させた。
弁護士JPニュース編集部の取材に、町田市の担当者(市民部)は「さまざまな方から、講演会の中止を求める連絡が電話やメールでありました」と明かす。
「イベントに関する情報公開請求が行われたほか、『市政要望』制度を通じての連絡もありました。また、イベントの妨害や暴力を示唆されるケースもありました。
市からイベントの実行委員会(現在は解散)に報告したところ、実行委員会と太田弁護士との間で話し合いがもたれ、リモート開催となりました。イベント当日には、混乱は発生しませんでした。
しかし、多数の問い合わせにより、市職員の通常業務にも支障が生じました。
イベント開催後も2月末まで問い合わせが続き、ようやく通常業務がこなせるようになったのは3月になってからです」(町田市の担当者)
「まちだ男女平等フェスティバル」が開催された「町田市民フォーラム」(3月17日/弁護士JPニュース編集部)
日弁連は「特に女性弁護士の被害が深刻」と声明
「まちだ男女平等フェスティバル」のケースに限らず、太田弁護士はこれまでも数々の業務妨害や、オンラインハラスメント(ネット上の嫌がらせ)を受けてきたという。昨年4月、求人求職サイトを利用した嫌がらせにより業務妨害を受けたとして、太田・岡村両弁護士を含む5名の弁護士がサイトの運営会社に損害賠償を請求する民事訴訟を提起した。
この事件では、第三者が弁護士らの氏名や所属事務所の電話番号・メールアドレスなどを利用して、求人サイト上に掲載された多数の会社の求人広告に応募。応募を受けた各社から面接日を設定するために弁護士らの所属事務所に連絡が行われ、大量の電話やメールの応対に追われることにより、深刻な損害が発生したという。
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冒頭に記した通り、日弁連は昨年12月19日に「弁護士に対する業務妨害、特に離婚・男女問題に関する事件に係る業務妨害に関する会長声明」を発表。
声明内では「離婚・男女問題に関する事件を扱う弁護士や、共同親権等に関する法改正について情報発信を行っている弁護士に対して、各地で街宣活動を行い罵声を浴びせたり、SNS上で誹謗(ひぼう)中傷したりするなどの激しい妨害行為も数多く報告されている」と明言されている。
また、同会の弁護士業務妨害対策委員会が2022年度に実施し、2023年に取りまとめた「離婚・男女関係事件に係る弁護士業務妨害アンケート調査の集計結果」により、特に女性弁護士が深刻な被害を受けている実態が確認されたという。
以前からあった「嫌がらせ」がネットで加速
太田弁護士は日弁連の声明について「まさに私や岡村弁護士が受けているような被害を念頭に置いた声明だと思います」と語る。両弁護士は、共同親権の導入に向けて法制審議会での議論が始まった2021年から、同制度に反対する意見をTwitter(当時)で積極的に発信してきた。
だが、発信に伴い、膨大なオンラインハラスメントを受けるようになった。
特に議員やインフルエンサーなどフォロワー数の多いアカウントに引用された場合には、多数のアカウントから追随して嫌がらせを投稿されるケースが多い。特定の対象への攻撃を示唆し、支持者を扇動する手法には「犬笛」という名前が付けられ、問題視されている。
また、岡村弁護士によると、DVの被害者を弁護したことで加害者側から嫌がらせを受けるケースは以前からあった。
子を連れて離婚した母親の弁護を担当した弁護士らのことを「実子誘拐ビジネス」や「連れ去りビジネス」と批判する言説は2010年代から存在しており、法テラスを通じた利益目的ではない案件を担当していた岡村弁護士に対しても「ビジネスだ」との言葉が投げかけられていたという。
太田弁護士もDV事件の加害者側から殺害予告を受けた経験があり、離婚事件はそもそも相手方から業務妨害を受けやすい「危険」な事件である。
そのうえで「ネットやSNSは集団心理による暴走を生み出しています」と、岡村弁護士は語る。
「以前から存在していた『ビジネス』言説は、Xによって急速に広まりました。
DV加害者は、ネット上の共同親権運動や『ビジネス』言説によって自分の行為が正当化されるように認識して、嫌がらせを悪化させているように思います。
また、共同親権運動に直接関わっていなくても、共同親権運動が広めている『ビジネス』言説を利用して嫌がらせをする人がたくさんいます」(岡村弁護士)
業務妨害を恐れ発信できない弁護士も多数
DV事件を受任した経験のある弁護士を中心に、共同親権制度に反対している弁護士は多くいる。だが、XなどSNSで発信する弁護士の数は限られている。特に地方の小さな市や町においては弁護士事務所の数自体が少ないため、離婚・男女問題に関する女性からの依頼が特定の女性弁護士に集中する、というケースもある。そして小さな町の事務所の前に男性が集中してデモなどを行うと、業務妨害の影響は多大なものになる。そのため、実名を出して発信することができない女性弁護士は多くいるという。
結果として、数少ない発信者である太田・岡村両弁護士に嫌がらせが集まりやすく、その様子を見た人は「あのような嫌がらせは、自分には耐えられない」と考えて発信を控える構図になる。
「私たちに対する嫌がらせというにとどまらず、見ている他の人たちに与える萎縮効果も無視できません。
衆人環視のなかで嫌がらせを受けているのに誰も助けにもこないようなイメージを持たれ、萎縮せずに発信を続けているだけでも、第三者からは『極端な主張をする弁護士』と見えてしまいます」(太田弁護士)
そもそもSNSに興味がないため、X上で起こっている事態を知らない弁護士も多い。そのような人に嫌がらせの実態を一から説明すること自体が大変な負担になる、と太田弁護士は語る。
業務妨害のリスクがある問題について弁護士が発信すること自体、所属する事務所の理解が必要になる。脅迫的なコメントには、家族が嫌がらせの標的になる恐れを感じさせるものもあるため、小さな子どもがいる場合などには発信のリスクがとりわけ大きくなる。
他方で、岡村弁護士が女性法曹の集まりに出席した際には「がんばっているね」「何もしてあげられなくてごめんね」などの声をかけられたという。
太田弁護士のもとにも、困難な離婚を経験した当事者や紛争の渦中にいる当事者から「いつも矢面に立って下さってありがとうございます」「応援しています」などの言葉が寄せられている。
弁護士という職業は、依頼者が受ける攻撃の「盾」になる仕事でもある。両弁護士とも「嫌がらせをうけると辛い気持ちにもなりますが、『屈するわけにはいかない』という思いも強くします」と語った。

太田啓子弁護士
日弁連は「ジェンダー差別」を問題視するが…
そんな状況のなか、前述したアンケート調査の結果もきっかけとなり、日弁連が声明を発表した。「会長が女性になったことは、このテーマで日弁連が積極的な発信をする姿勢を見せた背景にあると感じます」(太田弁護士)
日弁連の声明では、女性弁護士の被害が深刻である点について「ジェンダー差別の表れともいい得るもの」と表現している。
一方、前述した昨年4月の訴訟では、原告の弁護士らには男性も含まれている。だが、それらの弁護士が嫌がらせの対象になった理由は「女性差別に反対する」と公言しているためである、と岡村弁護士は指摘する。
両弁護士が経験したのは、同様の内容を発信していても、女性の方が男性よりも批判や攻撃を受けやすいという問題だ。
「男性と同じような投稿をしても、女性の場合には『言葉づかいが悪い』『攻撃的だ』と言われてしまいます」(岡村弁護士)
「女性であるために被害を受けやすい、という体感はあります。
『ものを言う女性を黙らせたい』という、ミソジニー(女性嫌悪)を感じます」(太田弁護士)
そして、女性弁護士の被害を問題視する日弁連の声明は、必ずしも全ての弁護士の意見を反映しているわけではない。
「X上にも、露骨に性差別を発信する弁護士らがいます。弁護士は憲法を含む法律の専門家ですが、性差別の問題に関して理解しているとは限りません。(理解している人とそうでない人の割合は)せいぜい、一般社会と同じ程度です」(太田弁護士)