精神科病院で「虚偽の死亡診断書」作成か? 元院長ら2名書類送検…“院内での犯罪”を立証する難しさ浮き彫りに
警視庁は19日、東京都内の精神科病院・A病院において、入院患者・甲さん(50代男性)の死亡原因を偽った死亡診断書を作成したとして、同病院の元院長のX医師と甲さんの担当医のY医師を書類送検した。
なお、A病院では2023年、看護師らによる入院患者への暴行事件が発覚し、5名が逮捕・起訴されている。
また、事件後に経営陣が交代し、医療法人名・病院名も変更されている。
今回の書類送検を受けて26日、刑事告発をした相原啓介弁護士が東京都庁で記者会見を行った。相原弁護士は精神保健福祉士としての実務経験があり、上記暴行事件の被害者側の代理人を務めている。

明確な証拠が残っている被疑事実を優先して告発

告発状によれば、被疑事実は、A病院の入院患者であった甲さんが死亡した2022年4月10日、Y医師とX元院長が共謀のうえ、入院中に死亡した甲さんについて、少なくとも急性心筋梗塞と診断すべき所見が一切ないことを知りながら、直接の死因として「急性心筋梗塞」と虚偽の記載をした死亡診断書1通を作成したという、「虚偽死亡証書作成罪」の共同正犯の容疑(刑法160条、60条)。
「傷害致死」や「業務上過失致死」といった、患者の死亡原因やそこに至る過程についてではなく、死亡診断書に虚偽の死因を記載した容疑での告発である。
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甲さんの死亡診断書。直接死因は「急性心筋梗塞」、その原因は「慢性腎不全」と記載されている(甲さんの遺族が相原弁護士に提供)

この点について、相原弁護士は、本件の刑事告発は明確な証拠が残っていた被疑事実について行ったものであると説明した。
相原弁護士:「A病院では、患者に対するずさんな処置や放置、死亡時の診断名について、不適切な処置等が遺族に分からないよう適当な虚偽の診断名をつけて交付すること等が常態化していたことが強く疑われる。
今回、書類送検された事件は、あくまでその全体像を示す一端であり、現時点で明確な証拠を押さえられたものだけを告発した」

「慢性腎不全でいいでしょうね」

告発状には証拠の一つとして、甲さんの死亡が判明した直後、ナースステーションで同病院のスタッフが録音した音声データが添付されていた。以下は、相原弁護士が会見の場で再生した音声データの一部である。
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  • 男「でこれ敗血症としていいのかな。それとも慢性腎不全にしとく」
  • 男「いや敗血症と診断は出てないんですよ」
  • 男「はー」
  • 男「(不明)もしてないので。褥瘡(じょくそう※)もひどくていつも熱がずっとあって」
  • 男「そうですね」
  • 男「そうだね」
  • 男「でも慢性腎不全でいいでしょうね」
  • 男「15時5分でしたっけ先生」
  • 男「15時5分ということでしますね、はい」
※寝たきり等が原因で体のある部位が長時間圧迫されて血流が滞り、組織が損傷し、赤みやただれ、傷ができること。床ずれ。
そこから感染を起こすと敗血症の原因になる。 --------------------
以下のような電話での通話とみられる発言も録音されていた。発言の主は直前に「Y先生」と呼称されておりY医師とみられるという。また、通話相手はX元院長とみられるとのこと。
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  • 男「あっ先生どうも先生お忙しい中申し訳ありません。先生。はいえーと今という話でとりあえず透析でかなりあの発熱が続いていたようですけど。診断名は心筋梗塞? これいつ頃発症でよろしいでしょう? 30分前? そっはい分かりました。はい。はい。はい。慢性腎不全で。
    はい。分かりました。あっ分かりました。あっ分かりました。あっ分かりました」
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相原弁護士:「A病院での看護師らによる暴行事件については、職員が患者を殴ったり、ヤクザまがいの言葉で脅したりしているショッキングな映像や音声が残っていた。それ自体大問題だが、それ以前に、患者たちに対し、もはや病院と呼ぶことができないような扱いをしていたことが疑われる。
必要な検査をせず適当な診断名をつけ、診療報酬を機械的に請求する。患者はいわば経済動物のような形で扱われて亡くなっていく。一連の事件の本質はそこにある」

院内での「事件」を立証する難しさ

相原弁護士は、相当程度の時間がかかったとしても、最終的に業務上過失致死、保護責任者遺棄致死といった容疑での刑事責任の追及を行う意向を表明した。
相原弁護士:「医療的な調査には非常に年月がかかる。
たとえば、業務上過失致死や傷害致死といった容疑については、カルテの分析が絶対に欠かせない。
それでもなお、『実はカルテには記載してないけれども、こういうことをやっていた』『カルテの記載は誤りだった』などと主張されてしまう可能性もある。

そのような場合まで見越して、必要な証拠を集めなければならない。法が定める犯罪の構成要件に事実を一つずつあてはめながら、どこが問題になりそうか、どのような証拠がどの程度必要なのか検討する。そしてその上で、当時の職員に確認したり、他の医師に意見書を書いてもらったりといったことを積み重ね、ほぼ確実に被疑事実を立証できる状況まで持っていく必要がある」
2023年に5人が逮捕・起訴されたA病院の入院患者への暴行事件では、事件発生から発覚、被疑者の逮捕まで時間を要し、その間に死亡した被害者もいた。
病院の内部で起きていることは、外部から伺い知ることが非常に難しい。患者に対する虐待、ずさんな治療や処置、あるいは放置といった問題が起きてもなかなか発覚せず、被害を受けた患者は声を上げにくい。また、外部の家族や弁護士等に助けを求めても、事実の把握と立証が困難だという問題がある。同様の問題は、病院だけでなく、高齢者施設等でも起こり得る。
医療の担い手不足が問題とされ、今後、高齢化が加速していくことが避けられないわが国において、本件のような事件が私たちに投げかける課題はあまりにも重い。


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