このNCNPの中でも、特に重い心身障害を持つ患者らが入院する病棟に勤務する看護師らが、就業規則に定められた「特殊業務手当」(※)の支給を一方的に廃止されたことに対し、廃止の見直しと本来支給されるべき手当全額の支払いを求めていた裁判の控訴審が3月27日、東京高裁(水野有子裁判長)で開かれた。
高裁は、控訴人(原告側)の主張・立証をほぼ全面的に肯定、請求を認容する「逆転勝訴」判決を言い渡した。(榎園哲哉)
※著しい危険や心身の負担、困難を伴う特殊性のある業務を行う労働者に支給される手当
一方的に突然、具体的説明なく廃止される
「勤務している精神科では、時に暴力を受けることもある。(一審で)特殊性がないと言われ腹が立っていた。高裁では特殊性を認められたことがとてもうれしい」原告の一人、看護師の赤城いちよさんは勝訴の喜びを語った。
原告らの働く病棟には、全身の筋力が低下していく難病の筋ジストロフィーの患者、重度の知的障害・肢体不自由が重複する重症心身障害児(者)、統合失調症をはじめとする心神喪失によって他害行為などを犯した患者らが入院している。
24時間、昼夜を問わず目を離せず、コミュニケーションを取ることが難しい患者もいる。
こうした心身への負担の大きい過酷な業務にあたる職員に対し、NCNPは「特殊業務手当」(月額5200円~3万5400円)を支給してきた。
しかし2018年1月、NCNPは突然、職員らが加入する労働組合「全日本国立医療労働組合(全医労)武蔵支部」に対し、就業規則を改定し、この手当を廃止する旨を一方的に通知。同年から毎年20%ずつ段階的に削減し、2022年3月末で全廃となった。
労働組合などが団体交渉を行い、廃止理由の具体的な説明や裏付けとなる資料の提出を求めたが、説明も資料の提出もないまま就業規則の変更が行われた。
職員のうち看護師・保育士計7人は、廃止を内容とする就業規則の一方的な不利益変更は、労働契約法10条が求める「合理的」理由を欠き無効であると主張。支払いを受ける地位を有することの確認、削減・全廃された手当の支払いを求め2019年4月、東京地裁立川支部に提訴した。
しかし、2023年2月に請求棄却判決が行われ、控訴していた。
手当廃止の規則変更は「合理的ではない」高裁
控訴審判決後に原告4人と代理人弁護士3人が出席して開かれた会見で、青龍(せいりゅう)美和子弁護士は、高裁の「逆転勝訴」判決を高く評価した。「私たちの主張、立証をほぼ全面的に肯定し、請求を認容した。特殊業務手当の廃止を内容とする就業規則不利益変更の合理性を否定する画期的な判決だ」
高裁は、原告らが被った不利益について「特殊業務手当の廃止変更により生じる控訴人らの不利益の程度は小さいとは言えない」と認めた上で、労働組合との交渉も「十分なものであったとは認めがたい」と判断した。
一方のNCNP側は、5年間かけて段階的に手当を廃止した経過措置や、地域手当ならびに夜間看護手当を引き上げたことが手当廃止の代償措置になったと訴えていたが、高裁は「代償措置とは言えない」と退けた。
最終的に「特殊業務手当の廃止変更が労働契約法10条にいう合理的なものとは認められない」と結論付け、原告らに旧給与規程のとおりに手当を支給するようセンター側に命じた。
「経営上の必要性」認められない
川口智也弁護士は、原告らの訴えを棄却していた一審の判決について、「就業規則の変更には、『高度の必要性』が求められるという確立した最高裁の判例があるが、その判断枠組みすら無視し、病院の経営が悪化し深刻な状況にあったと認定するなど、極めて問題のある不当判決だった」と改めて強調。NCNPは一審の当初、手当廃止の理由について「(原告らの仕事に)特殊性がなくなった」「支給されていない病棟もあり不公平」「支給していない病院も多い」と理由を挙げていた。さらに、終盤になって「経営悪化」を理由に加え、東京地裁立川支部はこの「経営悪化」との主張を認めた。
しかし、控訴審で行われた尋問から経営上、手当廃止の必要性はなかったことが明らかになった。
判決には“二次的効果”も
国立病院機構(全国140の病院で構成)に所属する他の医療機関では、現在も特殊業務手当が100%支給されており、廃止はNCNPが初めてだった。加部歩人弁護士は「NCNPで強行された特殊業務手当のカットは、全国でも同様のカットを行うための“試金石”だったと思われる。今回の判決が持つ意味は大きい」と指摘。
青龍弁護士も、控訴審判決は「医療機関で従事する労働者の労働条件を簡単に切り下げるなということも伝えている。社会的にも大きな影響力を及ぼす」と判決の“二次的効果”を語った。
「NCNPは本判決を真しに受け止め、直ちに特殊業務手当の復活に向けた就業規則の改訂を行うべきだ。労働組合との団体交渉などで実現していただきたい」(青龍弁護士)
弁護士JPニュース編集部では、NCNPにも判決の受け止めについてコメントを求めている。回答があれば追記する。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。