これは、社長が従業員に吐き捨てた言葉である。もしかすると、今日も全国の職場で飛び交っているかもしれない。
この事件においては、従業員が会社を提訴した結果、裁判所は会社に対して「慰謝料5万円」の支払いを命じた。(東京地裁 R6.6.18)
以下、詳細だ。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
会社の主な業務内容は、生菓子の製造や販売など(代表者Y)。Xさんは正社員で、和菓子の製造に携わっていた。■ バカじゃないの
Xさんが入社して約2年たったころである。
Xさんはシールの作成に関わるようになったが、発注先などが分からなかったので、代表者Yや他の従業員のアドバイスを受け、シールの作成を業者に発注した。
その際、Xさんは、見積価格についても代表者Yに相談し、許可を受けていた。にもかかわらず、代表者Yがブチギレたのだ。
代表者YはXさんに対し、他の従業員の前で「これらのシールを発注することは聞いてない!」などと叱責。さらに本件シールの費用が70万円掛かることについて「高すぎる!」とも叱責した。
(…いやいや、あんたが許可を出したからXさんは発注したのである)
叱責する時に代表者Yは、Xさんに対し「バカじゃないの」などと吐き捨て、さらには「解雇する」旨の発言もした。
■ 解雇
その約1年後。Xさんは解雇扱いとされた。
Xさんは有給休暇を取得するため、「明日から有給を取得する」旨の届け出をした(その日を最後にXさんは出勤していない)。
約1か月後、Xさんは、年金事務所から届いた書面を見て、キョーガク。健康保険の被保険者資格を喪失していたのである。
これについて会社に問い合わせたところ、会社はなんと「10月21日に解雇している」と回答。その理由として会社が裁判で主張した内容は、おおむね以下の3点だ。
- Xさんは休暇願を提出して、会社が忙しくなる時期に出勤しなくなった。工場長らがXさんに連絡をしたが、Xさんはすべて無視した
- Xさんは、パソコンに打ち込んだデータ(得意先売上データ・商品プライス表・ポップ等)をすべて消去した
- Xさんは、商品レシピ、タイムカード、給与明細表、仕入先の連絡表などを盗んだ
Xさんは「解雇は無効」「代表者Yからパワハラを受けたので損害賠償を求める」などと主張し提訴した。
裁判所の判断
Xさんの勝訴である。■ 「バカじゃないの」発言について
裁判において代表者Yは、Xさんを叱責したほか辞めるよう伝えたことは認めたものの「Xさんが私に無断でシールを発注し、会社に70万円の損害を与えた。Xさんに問題がある」と反論した。
しかし裁判所は「代表者Yの供述は信用できない」と一蹴。具体的には「Xさんが代表者Yに無断でシールの発注をする動機がまったく存在しない。
そして裁判所は「代表者Yは、シール発注に至る経緯を無視してXさんを一方的に叱責したものであり、その言動は極めて不合理なものであること、その叱責の内容も『バカじゃないの』と侮辱するような発言や『解雇する』旨の威迫発言を行っており、これは社会通念上不相当なものとして不法行為にあたる」と判示。会社に対して慰謝料5万円の支払いを命じた。
■ 「ほかにもパワハラがあった」と主張したが...
Xさんはほかにも「代表者YがXさんに対して、腐っていることが明らかな団子を食べるよう強要した」「工場の冷蔵庫のスイッチを切ったのはXさんであると犯人扱いして怒鳴った」など主張したが、残念ながら裁判所は「Xさんの主張する事実を認めるに足りる証拠はない」と結論付けた。
■ 解雇無効
解雇について、裁判所は「無効」と判断した。▼Xさんが工場長からの連絡を無視したことは「有給を取得する」旨の届け出をしているのだから就業規則に違反してない、▼データ消去、商品レシピを盗んだなどの会社の言い分については「裏付ける証拠がない」と認定されたことが裏付けとなっている。
■ 未払い残業代(約128万円)
裁判所は会社に対して、未払い残業代約128万円の支払いも命じた。さらにプラスで“お仕置き”として約128万円の支払いも命じている。
“お仕置き”とは「付加金」と呼ばれるもので、裁判所のサジ加減で金額が決められる。今回のような倍返し(残業代と同額の付加金を命じること)は珍しい。裁判所は「残業代を支払わなかったことについて正当な理由が認められない」とお怒りであった。