「裁判官は機械ではなく人間だ」国を訴えた“敏腕裁判長”竹内浩史判事が退官…次に仕掛ける“一手”は?
津地方裁判所民事部の部総括(裁判長のトップ)を務めていた竹内浩史判事(62)が3月31日をもって依願退官した。
竹内氏はもともと弁護士。
40歳のときに実績を買われて弁護士会の推薦により裁判官に任官し、かつ、自らブログで積極的に意見を発信する異色の裁判官だった。
「近鉄・オリックス球団合併」事件(2004年)で主任裁判官を務めるなど、数々の重要事件にかかわり「敏腕裁判官」として知られた。昨年4月に裁判官を罷免された岡口基一元判事の弾劾裁判では、現職の裁判官のなかで唯一、弁護側証人として証言を行った。
そして昨年7月、裁判官の給与が転勤の際に国家公務員の「地域手当」の制度によって減額されるしくみになっていることが憲法80条2項などに違反すると主張し、国を被告として「違憲訴訟」を提起し、話題になった。
今後は上記訴訟を続けるとともに、4月1日付けで立命館大学法科大学院(ロースクール)の教授に就任し、下旬からは弁護士としての活動も行う予定。
退官から一夜明けた1日、竹内氏は愛知県名古屋市で記者会見を開いた。22年にわたる裁判官生活を振り返るとともに、今後の活動についても説明し、強い意欲を示した。

退任理由は「世の中を良くする役に立ちたい」

竹内氏は、今年3月をもって裁判官を退任した理由について次のように語った。
竹内氏:「もともと、私が弁護士、裁判官になったのは、社会的に意義のある法律家という仕事を通じ、世の中を良くする役に立ちたいと思ったからだ。
立命館大学ロースクールからは2年ほど前から誘われていたが、62歳になり人生の残りの時間で何ができるか考えたとき、心が動いた。
裁判官を定年(65歳)まで続けることよりも、前途があり志の高い学生たちを、世の中を変えるような法律家として育て、世に出すことに力を尽くすほうが効率が良いと考えた。
また、私が原告として国を訴えている『公務員の地域手当』の訴訟について、きっちり準備に時間を割いて取り組みたい。やはり裁判官の仕事をしながら自身が原告として訴訟を追行することは大変だ。
弁護団の皆さんに任せるだけでなく自分でもいろいろ調べて、本を書けるくらい研究して法廷に臨み、地域手当の制度を撤廃させたい」
自身の訴訟以外に、社会課題の解決を目指す「公共訴訟」を支援する活動にも意欲を示す。
竹内氏:「『Call4』という公共訴訟のためのクラウドファンディングのウェブプラットフォームがある。ここにエントリーしている事件では、たとえば、同性婚訴訟や、警察が訴訟の原告の個人情報を被告企業に提供していた事件など、最近、毎週のように原告勝訴の判決が出ており、目覚ましい成果を上げている。
私の訴訟でも弁護団が『Call4』を利用し裁判資金のクラウドファンディングに協力してもらっているが、自分が利用するだけでは申し訳ない。弁護士登録をしたらここにエントリーしている他の裁判の支援をしたい」
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竹内浩史元判事(左)と、訴訟弁護団事務局長の北村栄弁護士(右)(1日 愛知県名古屋市/「裁判官の独立と良心を守る訴訟」弁護団提供)

去年2月「生活保護裁判」の「原告勝訴判決」で注目

竹内氏は、裁判官在任中に関わった裁判で「やりがいのあった事件」として、「近鉄・オリックス球団合併」事件(2004年)などと並んで、「生存権を守るための行政処分取消請求事件」を挙げた(津地裁令和6年(2024年)2月22日判決)。
この事件は、生活保護受給者らが2013年~2015年に施行された「生活保護基準額の引き下げ」の取り消しと国家賠償を求めて全国で提起した訴訟のうち(いのちのとりで裁判)、津地裁に提起されたものである。
竹内氏は、津地裁に提起された訴訟で裁判長を務め、引き下げ処分を違法とし取り消す判決を下した。判決文のなかで以下の通り、違法な引き下げが行われた要因として自民党の選挙公約への「忖度」があったと明言し、話題を呼んだ。
「平成24年(2012年)の衆議院議員総選挙で政権復帰が想定されていた自由民主党が発表していた生活保護費を10%削減するとの方針ないし選挙公約に忖度し、当時会合が重ねられていた基準部会における議論とは全く無関係に、早い時期から生活扶助基準を大幅に引き下げるべく内々に検討をし、(中略)本件改定を公表したものである」
それに加え、裁判所が行政裁量の違法性を審査する手法として定着しているいわゆる「判断過程審査」(※)を用いて、選挙公約や生活保護バッシングなどの「生活保護自体に対する否定的な国民感情」は、「本来的には考慮すべき事項ではない。したがって、厚生労働大臣は考慮すべきではない事項を考慮したものというほかない」とし、裁量権の逸脱、濫用があったと判示した。
※行政裁量の逸脱濫用(行政事件訴訟法30条参照)の有無を判断するため、判断の過程で「重大な事実誤認がないか」「考慮すべきことを考慮したか」「考慮すべきでないことを考慮していないか」等を審査する手法(東京高裁昭和48年(1973年)7月13日判決等参照)
竹内氏:「私が担当した事件のなかで最も目立った事件であり、やりがいのある事件だった。裁判官として、憲法・法律に照らし非常に問題があると思った。
(当事者から提出された)証拠を吟味していても、社会保障分野の学者等の専門家等による『おかしい』という検証が山ほど出てくる。

あの事案の見方は判決に書いた通り。『当時は野党だった保守政党の公約に忖度して大幅な切り下げをした』というのは、判決文中に明記するかしないかは別として、常識的な事実認定だと思う。
それなのに原告を負かせた裁判官は、分かっていながら敢えてそうしたと考えている。
高裁では10件で原告の6勝4敗。同じ事実関係であるにもかかわらず、原告を勝たせた合議体と負かせた合議体がある。
その違いを緻密に検討すれば、勝ち負けが分かれるのは、合議体を構成する裁判官の経歴・考え方に大きく関係していると考える。生活保護の裁判は良い研究素材だ。今後は学者として研究して分析を加えたい」
今年7月にも言い渡されるといわれる最高裁判決にも期待を示した。
竹内氏:「地裁も高裁も原告優勢(4月1日時点で地裁19勝11敗、高裁6勝4敗)。最高裁が国民の基本的人権を守ってくれる最後の砦として、最低限の信用に足りる国家機関なのか否か。最高裁判決で明確にわかるはずだ」

裁判官も人間…国民による「裁判批判」も大切

竹内氏は、「裁判官にもいろいろいる」ということを強調したうえで、裁判官が法務省に出向し検察官を一定期間務めるなどのいわゆる「判検交流」の問題点も指摘した。
竹内氏:「裁判官は機械ではなく人間だ。みんながみんな同じ思考をすることなど実際にはないし、政治的な主義主張や支持政党もバラバラなはず。

裁判官の経歴も、間違いなくその判断に影響を与える。たとえば裁判官が(国が当事者となった訴訟で国側の代理人を務める)法務省の訟務検事として訟務局長などを務め、戻ってきて高裁の裁判長等に就任したら、その人が、国が被告となった訴訟で公正な判断ができるだろうか。私は疑問を持っている。
例として、原発裁判など国策にかかわる重要な裁判で、担当の裁判長・裁判官が異動により交代した場合には、何らかの意図がないか、監視しなければならない。現にそのようなことは過去に何度も起こっている。
私はそういう監視の役割の一翼を担いたい。裁判所の内情が分かる人間でなければできないことだ」
また、「裁判官の独立」の意味が正しくとらえられるべきであり、国民による裁判批判はもっと行われてよいと指摘した。
竹内氏:「『裁判官の独立』の意味については、裁判官も含め、間違えてとらえている人が多い。
過去に最高裁長官を務めた田中耕太郎判事(在任1950年~1960年。元貴族院議員参議院議員・文部大臣)が、『松川事件』(※)の裁判について作家の広津和郎氏が批判したのに対し、『裁判官の独立』を理由として『世間の雑音に耳を傾けるな』と述べたことがあるが、これは明らかな誤りだ。
裁判官の独立はあくまでも、国会や内閣等の外部の国家機関から独立しているということと、裁判所内部で圧力を受けずに独立して職権を行使するという意味だ(憲法76条3項)。
『裁判官の独立のために国民が裁判批判を控えなければならない』などということはない」
竹内氏は今後、「裁判官の独立」という本を書く予定だという。

※1948年8月に東北本線で線路のレールが何者かによって外され、列車乗務員3人が死亡した列車往来妨害事件。労働組合の幹部など20人が逮捕・起訴され一審で死刑も含む有罪判決を受けたが、捜査機関による証拠隠し等が明らかになり、事件から14年後に全員の無罪が確定した。
さらに、国を相手取って訴訟を行う原告の弁護団や、マスコミに対しても注文を付けた。
竹内氏:「弁護士には意識改革が必要だ。
公共訴訟で原告側弁護団の弁護士が、裁判長の名前を知らないというケースがある。自分の裁判をどんな裁判官が担当するか分かっていなければ、勝てるものも勝てなくなってしまう。
マスコミも、重要な訴訟について裁判官の経歴を調べて、『本当にこの裁判を任せて良いのか』という報道をしてもいいはずだ」

民事裁判・行政裁判の“広報役”になりたい

最後に竹内氏は、裁判官を経験した立場として「民事裁判や行政裁判の広報役」を担いたいとも述べた。
「裁判官は機械ではなく人間だ」国を訴えた“敏腕裁判長”竹内浩史判事が退官…次に仕掛ける“一手”は?

「辛口民事裁判評論家として活動したい」(1日 愛知県名古屋市/「裁判官の独立と良心を守る訴訟」弁護団提供)

竹内氏:「民事裁判や行政裁判は、刑事裁判に負けないくらい面白い。それなのに、民事裁判が分かりにくいのは傍聴人がいないからだ。これはPRしない裁判所にも責任がある。
良い裁判は結論が妥当なだけでなく、法廷が分かりやすい。私は民事裁判・行政裁判の広報役になりたい」
また、「辛口民事裁判評論家」としても活動したいと語る。

竹内氏:「司法記者でさえ重要な事件を見落としていることは山ほどある。報道してくれれば世の中が変わるのに、と思うこともある。そういった事件を取り上げ、分かりやすく解説したい。
マスコミは、刑事裁判で面白いものはしょっちゅう特集を組むなどして報道するが、民事裁判や行政裁判についてはきわめて消極的だ。しかも、的確なコメントができるコメンテーターはいない。
とんでもない裁判が行われた時に『これはけしからん』と批判できる民事裁判官出身者が必要だ。テレビ等でなくても、今はYouTubeなどでも情報発信できるので、その役割を担いたい」


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