「案件取らぬ者は給料泥棒」
これらは、上司が部下のXさんに投げつけた言葉だ。この上司はXさんに「自爆営業」も要求した。
Xさんは上司のパワハラに耐えきれず、自ら命を絶つ。
その後、Xさんの父は労災申請をしたが、不支給の決定がなされた。そこで提訴したものの、地裁にも棄却された。
しかし控訴したところ、逆転勝訴。高裁は「労災認定すべき事案」と判断した。(名古屋高裁 R6.9.12)(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
会社は金融機関である。Xさんはある支店の得意先係として勤務していた。Xさんを追い詰めていったのが支店長だ。支店長は、職員から「パワハラ支店長」「恐怖で人を縛るタイプ」と呼ばれており、支店長室は「説教部屋」と呼ばれていた。以下、支店長がXさんを追い詰めていった状況を判決文から抜粋する。
■ 叱責
支店長は、残業をしているXさんに対して次の言葉を投げつけた。
「仕事ができないからそこまで残っているんだろう」
「仕事もできないくせにこんな時間まで何やっているんだ」
「無駄に仕事してるふりしてるなら客を取ってこい」
「案件取らぬ者は給料泥棒」
「バカじゃないか? お前なんか給料もらう資格もない」
案件が取れた場合でも「こんな案件にどれだけ時間かけてんだ」「お前の段取りが悪すぎるからじゃないのか」という言葉を投げつけた。
■ 自爆営業
支店長がXさんに対して「お前の家、金持ちなんだから親に頼んでどうにかなるだろう」「仕事を引っ張ってこい」と自爆営業を要求。
■ 責任の押し付け
ある住宅ローン案件についてである。Xさんはこの案件に慎重に取り組んでいたが、【支店長の指示によって】実現しなくなってしまった。詳細は割愛するが、支店長が不適切な指示をしたのだ。それにもかかわらず、支店長は自分のミスを棚上げして、全ての責任をXさんに押し付けた。しかも、叱責もしている(裁判所は「激烈」な叱責であったと認定)。
■ 支店長の送迎
さらにXさんは、休日も含め、支店長のゴルフや飲み会の送迎をさせられていた。
■ 体調の悪化
Xさんは徐々に食欲がなくなっていき、食べる量が半分くらいになった。夜はなかなか寝付けず、リビングで過ごすこともあった。
■ 妹の証言
Xさんは妹と仲が良く、仕事のことも相談していた。妹によると、自死の1~2か月前には、Xさんは目がうつろで死んでいるような顔になっていた。
妹はXさんに「今すぐ辞めたほうがいい、仕事なんて代わりはいくらでもあるから辞めたほうがいい」とアドバイスし、父にも「絶対転職させるべきだ」と話した。
■ 自死
しかし、Xさんは自死に追い込まれてしまった。前日、Xさんは妻に「むちゃくちゃ言われるので会社に行きたくない」と話し、食事に手を付けなかった。そして深夜にかけて「眠れない」と言って外出を繰り返した。その間、自死しようとしたが果たせず、翌日の朝、自ら命を絶った。
■ 遺書
Xさんの遺書には以下の言葉が書き残されていた。(判決文より抜粋)
- 自分が弱いせいです。申し訳ございません
- ただただ、案件が中々取れない辛さ、期待に応えられない辛さが原因です
- ダメな旦那を許して下さい
- 素晴らしい両親から、こんなダメ息子が生まれてしまって、申し訳ない
- 僕が弱いせいです。生きていくのが、ホントに辛くなりました
- ヘリウム自殺失敗、もう飛び降りるしかない
- 自分のわがままです。弱い自分を許して下さい
- 全て、私の弱さが招いた事です。会社や、お客様には一切、関わりのない事です
Xさんが亡くなったあと、職員の中には「Xさんが亡くなった原因は、支店長の怒鳴るような叱責などが積み重なって、大きなストレスになった」と明言する者がいた。
しかも、Xさんの自死のショックが大きく、しばらく仕事に出てくることができなかった職員もおり、顧客がXさんを訪ねてきたり、顧客からXさん宛ての電話がかかってきたりすると、女性職員が泣きだしてしまうといった状況が長く続いた。
■ 労災申請
Xさんの父は労災申請をしたが、不支給となった。
そこでXさんの父は提訴した。
裁判所の判断
地裁は、Xさんの父の敗訴となった。しかし、控訴したところ、逆転勝訴。理由は、Xさんの受けた心理的負荷が「強」と判断されたからだ(※)。
※ 厚生労働省が令和5年9月1日付で都道府県労働局長宛てに出した通達により、精神障害による労災認定を受けるためには心理的負荷が「強」と認定される必要がある
裁判所は、▼上司による日常的指導▼達成困難なノルマ設定▼住宅ローン案件についての支店長の叱責などを個別具体的に検討し、総合判断として心理的負荷が「強」であったと認定した。
したがって、裁判所は「Xさんは転職という合理的判断などできない状況になっていた」旨、判決文に記載している。転職したほうがいいという妹のアドバイスを受けたが、支店長のパワハラで心が崩壊しており、もはや冷静に考えられる状況にはなかったのであろう...。
責任感が強い人ほど追い詰められる傾向にあるため、限界がくる前に友人や家族など、周囲の人に相談することをおすすめする。
なお、労災で棄却されたとしても裁判所で勝訴するケースが近年、多く見受けられる。次の記事も参考になれば幸いだ。
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