生活困窮にあえぐ人たちを救う生活保護。その基準額の引き下げが憲法違反であることを問う「いのちとりで裁判」。
今後行われる最高裁での上告審を前に、全国的支援団体「いのちのとりで裁判全国アクション」は4月3日、都内で決起大集会を開き“セーフティーネット”のあるべき姿を求めた。(榎園哲哉)

「バッシングには事実誤認、無理解があった」

参議院議員会館(東京・永田町)講堂を原告、支援者約200人が埋めた。会場の様子は全国へオンライン中継もされ、約300人が参加した。
「いのちのとりで裁判全国アクション」の共同代表で路上生活者の支援も行なってきた稲葉剛氏は集会の冒頭、生活保護バッシングとの戦いを振り返った。
まず、自治体等の窓口で生活保護申請をさせない「水際作戦」が厳しくなっていた1990年代半ばから2000年代はじめには、「(路上生活者が)路上で飢え死に、凍死せざるを得ない状況も目の当たりにしてきた」という。
2010年代になると、「生活保護利用者が過去最多となった」「生活保護(総額)3兆円の衝撃」「芸能人の親族が不適切な利用をしている」といった生活保護受給者へのバッシングを助長するような報道も相次いだが、「そうした報道の大半は事実誤認や制度への無理解があった」(稲葉氏)。
さらに、2012年12月の衆議院議員総選挙の際、自民党が公約として「生活保護給付水準の10%引き下げ」を掲げた。稲葉共同代表はこの公約についても「(利用者への)敵視政策だった」と断じる。

東京地裁の判決を機に「裁判の流れ」変わる

しかし、この自民党公約を受け、2013年8月から2015年4月にかけて3度にわたって、生活保護のうちの食費など生活に直結する「生活扶助費」の基準額が引き下げられた。
この引き下げによって、たとえば母子世帯(40代母・小中学生)の場合、支給額は2012年時点で月額21万2720円だったのが、2020年時点で月額19万490円へ2万2230円(10.5%)減額された。
こうした引き下げに対し、全国およそ1000人の生活保護受給者と支援する弁護士らが「引き下げは国民の『生存権』を定めた憲法25条(※)に違反している」として、2014年2月の佐賀地裁を皮切りに全国29の地方裁判所で訴訟を提起した。
※憲法25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」
裁判は当初、原告の敗訴が続いたが、11件目となる2022年6月の東京地裁(清水知恵子裁判長)判決で大きく流れが変わったという。
「説得力のある隙のない判決で、その後の勝訴判決の骨格になっていった」(「いのちのとりで裁判全国アクション」事務局長・小久保哲郎弁護士)
今年3月末までに40件で判決が行われ、さらに6月末までに広島、福岡、名古屋各高裁での判決などが続く。
ここまで、地裁判決では原告側の19勝11敗、高裁では3月の大阪高裁、さらに東京高裁(東京訴訟、さいたま訴訟)で勝訴判決が続き、6勝4敗と勝ち越している。

「(影響力のある)大阪、東京高裁での勝利の意義は非常に大きい。最高裁判決を前に一連の訴訟全体の流れは確定したと言える」(小久保弁護士)

最高裁も注目する国の主張の「変遷」

これまでの裁判で大きな争点となってきたのが、国が生活保護費引き下げの根拠とした「デフレ調整」だ。
国は2008~2011年の3年間に物価が下がっていることを理由として、一律4.78%の減額を行ったが、算出の起点とした2008年は原油高で一時的に物価が高騰。以降は物価が下がる率が高くなるこの年を起点としたことなどに対し、原告らは「物価偽装」と訴えた。
小久保弁護士によると、国は「デフレ調整」の根拠を変遷させているという。
国は当初、「デフレにより可処分所得(手取り収入)が実質的に4.78%増加したからその分、生活扶助費を減らした」と主張。しかしその後、「生活水準が低下していた一般国民との不均衡を是正するため」などと主張を変えた。
原告勝訴が続いた‟後半戦”での主な高裁判決は、①個別論点については国の主張に「一定の合理性」を認めつつ、②生活保護世帯と消費構造が大きく異なる一般世帯のデータを用いたことを理由に違法と判断している。
裁判において国が主張を変遷させていることには「最高裁も注目している」という。
「最高裁からは、国は現時点での主張を、原告側はそれに対する反論を特に説明せよと指示が届いている」(小久保弁護士)

「当事者の被害の実態を訴えなければならない」

200万人にも上る生活保護の被保護実人員数(保護を受けた人員と保護停止中の人員合算)。しかし、その捕捉率(対象者のうち実際に利用している割合)は2割ほどとされ、潜在的貧困者は200万人を上回ると考えられている。
働きたくても働けない人たち、働いても十分な収入が得られない人たち、そうした人たちの“セーフティーネット”としてあるべき生活保護制度を守るために――。
集会の最後にあいさつに立った「いのちのとりで裁判全国アクション」共同代表の尾藤廣喜弁護士は、「(引き下げが)当事者にもたらした被害の実態、そして、いかに国の行政がでたらめであったかを強く訴えなければならない」と改めて声を上げた。

「そのためにも、最高裁判所には、私たち(原告)の立場に立って判決を書いていただきたい」(尾藤弁護士)
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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