今年2月、札幌市が同市にある「ノースサファリサッポロ」の運営会社サクセス観光に対して、都市計画法に基づく除却命令を検討していることが報道された。一連の報道をきっかけに批判が高まり、同園は今年9月末をもって閉園することが決まった。

報道等によれば、札幌市は「ノースサファリ」開園前の2004年10月にサクセス観光による無許可建設物を確認して以来、20年間で17回にわたって行政指導を行ってきたが、園は再三の指導に応じなかったという。
また同園は、動物の飼育についても多くの問題が指摘されてきた。昨年は施設内にある「アザラシと泊まれるコテージ」に対し、動物虐待に当たるのではないかという苦情が札幌市に約500件寄せられ、保健所の立ち入り検査が行われる事態となった。今年に入ってからも、野生のアザラシ9頭を5年間必要な登録をせずに飼育していたことが明らかとなった。
動物園をめぐっては、これまでにも飼育動物の大量死が明らかになった「たつの市立龍野公園動物園」(兵庫県たつの市)や、ライオンの流血写真で炎上した「めっちゃさわれる動物園」(現在は閉園)など、不適切な施設やずさんな管理を行う施設が度々問題となってきた。
なぜ動物園でこのような問題が続くのか――。『動物園を考える』(東京大学出版会)などの著作を持つ帝京科学大学の佐渡友(さどとも)陽一准教授(アニマルサイエンス学科)に話を聞いた。(タカモトアキ)

法律めぐる問題ではなく「コンプライアンスの問題」

多くの問題が取り沙汰された「ノースサファリサッポロ」がHP上で「法令上の問題を重く受けとめ、閉園することを決定いたしました」と発表しました。この発表について、まずどんなことを感じられましたか?

佐渡友氏:ノースサファリサッポロ(以下、ノースサファリ)は、これまで行政指導を受けるたびに「改善する」と言いながら一向にすることはありませんでした。そういう行為を繰り返してきた運営会社ですから、本当に閉園するのか。また、動物の移送などを完了させて、きちんと閉園できるのか。今後の動きも注意深く見ていく必要があると認識しています。
一方で、閉園に追い込まれたのは、経営者の方にとっては想定外だったはずです。
というのも、札幌市の調整区域には約2000棟の違法建築物があるといいます。その状態では、「みんながやっていることだ」という認識があってもおかしくなかったのではないでしょうか。

たしかに、行政指導を再三無視していたことを考えると、そう認識していたとしても不思議はないですね。

佐渡友氏:さらにノースサファリは、必要な申請をする前にまず建物を作り、その後で法的な手続きを行いました。行政から指導された時にその時点で取れる範囲の手続きは取りますが「もう建ててしまったから」と居直っていた。これでは、故意的にやっていたと捉えられてもおかしくありません。
そういった姿勢に、今回の炎上騒動のタネがあったと思います。つまり、世間は「あれだけの行政指導を受けておきながら従わなかったのは非常に悪質だ」と受け止めました。
また、ノースサファリはこれまで旅行代理店と組んでパッケージツアーを行ったり、移動動物園を開催したりしていましたが、炎上の結果、旅行代理店からもそっぽを向かれてしまった。改善せざるを得ない状況に陥った結果、閉園を発表するに至ったのだと思います。
この経緯からも推察されるように、これは動物園を取り巻く「法律」の問題というよりも、「コンプライアンス」の問題と言えるでしょう。

動物愛護の訴えでは「閉園」しなかった

一方で、ノースサファリに対しては、以前から動物の飼育方法が不適切なのではと「動物愛護法」の違反を指摘する声も多数ありました。

佐渡友氏:そうですね。
立ち入り審査が入るたびに、動物愛護の問題が指摘されていました。しかし、これまで閉園に追い込まれることはなかった。今回との違いは一体なんなのだろうと、真摯に考える必要があると私も感じています。

佐渡友さんはどんな理由があると考えられますか?

佐渡友氏:動物愛護の観点では、今回のように報道が動かなかったというのも重要なポイントだと思います。テレビのバラエティー番組で、同施設を盛り上げるような企画を放送していたこともありましたし、“日本一危険な動物園”というキャッチフレーズも世間にウケました。そのため、経営者は「コンプライアンス的にギリギリだとしても儲かるならやろう」「マスコミも許容している」という考えに至っていたのではないでしょうか。

運営会社であるサクセス観光は「富士花鳥園」(静岡県富士宮市)の経営権を獲得しています。今後、ノースサファリの動物を移送するのではという話もあり、場所を変えただけで同じことの繰り返しになってしまう可能性も感じます。

佐渡友氏:はい。札幌市の時と同様、たとえば先に動物受け入れ用の建築物を建てて既成事実を作られてしまえば、同じことが繰り返されるかもしれません。だからこそ、この問題が終息を迎えるまでモニタリングしていくことが重要になります。私個人としては、動物を飼育するのであれば、良好な状態であるべきだと考えますから、ノースサファリの経営陣が動物を所有している状況自体に危惧を覚えます。
こうした問題が起きると、西洋では、「ちゃんと面倒が見られないのであれば責任を持って安楽死させることが動物のためだ」という議論が出てきてもおかしくありません。
ですが、日本でそんな意見を聞いたことはないですよね?
日本における動物愛護法の精神は“動物は命あるもの”がベースにあります。だから、飼い主は責任をもって最後まで飼うべきだと考えられています。日本人は動物を殺すことに対する忌避感が非常に強い。ですが、「生かしておくのであれば良好な状態でなければいけない」という意識は希薄なんです。
本当は、動物愛護法の基本原則に、そのことも記されているんですけどね。

動物園の「ブランド力」に人もメディアも引き寄せられる

良好な状態が保たれないにも関わらず、動物を飼育する施設があとを絶たないのは、どんな理由があるのでしょうか。

佐渡友氏:「動物園という言葉にブランド力がある」ということが理由の一つです。動物を扱う番組にも「動物園」という名前を冠したものが多いですよね。
このブランド力に誘われるように、自分で動物園を作ろうとする人が現れます。こういった人たちの問題点は「個人」で動物園を作ろうとすることです。いわゆるアニマルホーダー(※ペットの多頭飼育を行う人)に近い状態になり、結果として健全ではない飼育状況を作ってしまうんです。
また、こうした「良好な状態で動物を飼育していない施設」でも動物園として取り上げ、話題にするメディアも、問題を助長させてしまっていると言えます。

メディアによって、動物の飼育環境が悪化した、あるいは悪化を助長させたような事例はありますか?

佐渡友氏:たとえば、現在チンパンジーのショーを行っている施設は日本に存在しませんが、少し前まで世間はチンパンジーのショー自体に好意的な印象もありました。それは阿蘇カドリー・ドミニオンで飼育され、ショーを行っていたチンパンジーのパンくんやプリンちゃんが『天才!志村どうぶつ園』に出演し、人気を博していたためだと思います。

実際は当時から、世界的にチンパンジーのショーは動物愛護の観点から望ましくないとされていて、大型類人猿の研究を行う非営利団体SAGAも、「チンパンジーの子どもを母親から引き離すべきではない」と訴えていました。
JAZA(日本動物園水族館協会)も、加盟園だったカドリー・ドミニオンに対し厳しく改善の勧告を出していましたが、カドリー・ドミニオンは要請を聞かずにJAZAを退会してしまったんです。この後も、番組放送、そして園でのショーは続きました。

専門家が改善すべきと声を上げても、メディアが人を集めれば、園側も「見たい人がいるから」とショーを続けてしまうということですね。

佐渡友氏:はい。結果的に、2023年にプリンちゃんがショーを引退したことで、日本からチンパンジーのショーはなくなりました。
チンパンジーのショーを辞める動物園は1970年くらいからあったのですが、日本から全てなくなるまで50年かかったことになります。この事例を考えれば、動物園や動物を取り巻く問題のすべてが今すぐに解消されることはないでしょう。
ただ、私の専門でもある「動物園をよりよくするにはどうするのか」という議論のレベルは、時代によって段々と上がっている実感もあります。一つひとつ問題を丁寧になくしていく。時間がかかることですが、それでもやっていかなければならないと考えています。

メディアも視聴者も大切なのは“考える”こと

メディアが意識を変えれば、変化の速度が上がる可能性もあるように思いました。

佐渡友氏:そうですね。
ノースサファリの件も、特に北海道のメディアが中心になって、違法建築の問題だけでなく、国道沿いに無断で看板を設置していたことや、キャンプ場の一部や看板・恐竜のオブジェが札幌市の敷地である河川敷にはみ出していたことなども明らかにしました。こうした報道が、世間に与えた影響は大きかったと思います。
マーケティングの理論の一つに「イノベーター理論」というものがあります。それによれば、人口の2~3%の人は良いことから悪いことまであらゆることをやってみる「イノベーター」です。
その次に、それが良いことなのか悪いことなのかを見極める「アーリーアダプター」と呼ばれる人たちが10%くらいいます。メディア・マスコミや、インフルエンサー。今回でいえばツアーを組む旅行代理店もここに当てはまります。
この「アーリーアダプター」が、イノベーターがやったことを良いものとして紹介するか、悪いものとして紹介するかで、世間への普及度は大きく変わります。だからこそ、「アーリーアダプター」に属する人たちは、まずは「これはどうなんだろう?」と疑問をもって考えてから発信してほしいですね。
そして、メディアやインフルエンサーの情報を受け取る私たちもまた、良いものと紹介されたから良いものとして受け止めるのではなく、「どうなんだろう?」とブレーキをかけられるようにしておくことも大事だと思います。
(取材・文=タカモトアキ)


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