学校法人大西学園(神奈川県川崎市)で10年以上住み込みで働いている用務員2人が、同法人に対し未払いの賃金を請求したところ、用務員室からの立ち退きを求められ、ガスや電気、水道を止められたとして4日、都内で会見を開いた。
会見には労働組合の担当者と代理人、そして用務員のAさんが出席。
もう1人の用務員Bさんは、「2人ともが家(用務員室)を出てしまうと、学園側から鍵を付け替えられ、追い出されかねない」として用務員室から電話で会見に参加した。

住み込みで勤務、月給は約16万円

大西学園は幼稚園、小学校、中学校、高校を運営する学校法人。JR武蔵小杉駅近くにそれぞれの施設があり、大西学園中学校・高等学校は90年以上の歴史を持つ中高一貫校で、かつては女子校であったが2004年に共学化している。
AさんとBさんは2014年11月、同法人と期間の定めのない契約を締結。住み込みの用務員として勤務することになった。
2人の主な業務は正門と裏門の開閉やトイレの清掃、庭掃除などで、月給は一人当たり約16万円だという。
しかし、神奈川県の最低賃金と差があることから、2人は労働組合「プレカリアートユニオン」に加入し、未払い賃金を求めることに。
2024年10月に組合を通じて団体交渉を申し入れたところ、学園側は当初、最低賃金を下回る給料であることを事実上認めるなど、話し合いに応じていたが、学園側が当時の代理人を辞任させるなどし、その後、交渉は平行線をたどったという。
交渉の難航を受け、AさんとBさんが組合での街宣活動などを展開。学園側は2025年3月14日、Aさんに停職120日、Bさんに停職90日(いずれも労働日数ベース)の懲戒処分を言い渡し、用務員室からの立ち退きを求めた。

ライフライン停止「こんな行為は殺人と一緒」

処分を受け、2人は3月24日付で大西学園に対し、約1152万円の未払い賃金を請求する「未払い割増賃金等請求訴訟」を横浜地方裁判所川崎支部に提起。
さらに、3月31日には「懲戒処分を受けていない契約上の地位にあることを仮に定めること」「用務員室の占有使用を妨害しないこと」などを求める仮処分を同支部に申し立てた。
一方、学園側は用務員室の電気などを止める旨の張り紙を掲示。4月1日にガスが止められると、3日には水道と電気も停止したという。

会見に用務員室から電話で参加したBさんは現状について次のように訴える。
「用務員室の中は寒くて暗く、温かいものを食べることもお風呂に入ることもできず、生活もままなりません。こんな行為は殺人と一緒であり、平気で人権侵害を起こす学園に抗議したい」

「労働契約は継続中、住む権利あるはず」

代理人の佐々木亮弁護士は学園側の停職処分の問題点について、こう解説する。
「今回、仮処分を申し立てた目的は、何よりもまず賃金の仮払いを求めるためです。
2人は、最低賃金の差額を求めて裁判を起こしたぐらいですから、停職処分によって、さらに給料が出なくなれば、たちまち生活に困るだろうということで、できるだけ早く解決するため仮処分を申し立てました。
また、今回の懲戒処分は停職処分なので、2人の労働契約は継続しています。
2人は労働契約書なども特にないまま働き続けてきましたが、勤務を開始した当時の求人票には住み込みで家賃・光熱費が発生しない仕事だと書かれており、現に10年間その状態が続いています。
つまり、労働契約が続く限り、2人には無償で用務員室に住み、電気やガス、水道を使う権利があるはずです」

今後の争点は?

学園側は2人に共通する停職処分の理由として、「プレカリアートユニオンが労働組合ではないのに、労働組合的な街宣活動等を実施したこと」を挙げている。
佐々木弁護士はこの主張に対し、次のように反論する。
「学園側の主張は、過去にプレカリアートユニオンが被告となった裁判での、『同組合の委員長の選任手続きが不存在であった』という高裁判決を受けてのものですが、現在この裁判は上告されており、判決は確定していません。
そもそも、労働組合の役員の選任手続きがどうだったかという問題と、団体そのものの存在は別の問題であり、対外的にプレカリアートユニオンが存在していることには間違いがありません。
労働組合員であることを理由とした不利益取り扱いは、労働組合法7条1号で禁止されており、学園側の主張には無理があるのと思います」
また、学園が行ったAさんに対する処分の理由には、「YouTubeやXの投稿・拡散によって法人の名誉・信用が毀損されたこと」が挙げられている。
プレカリアートユニオンは2月に「大西学園の歌」と題した楽曲をYouTube上に投稿。同曲には理事長の名前とともに「最低賃金違反」「金払え」「異常な校則」などの歌詞が含まれていた。

Aさんも匿名のXアカウントで、この楽曲を拡散。歌詞と同様の内容も投稿していた。
「この点については今後、争点にはなるかと思います。しかし、Xの投稿については、どの投稿の、どの部分が名誉毀損になるのかという具体的な適示はありません。
また、動画は組合が作成したものであり、Aさんは動画を紹介しただけで、作成・投稿はしておらず、われわれとしては名誉毀損にあたらないだろうと考えています。もし仮に名誉毀損に当たると判断されても、そのことを理由として120日の停職処分は重すぎると主張することになるかと思います」(佐々木弁護士)
学園側はほかにも、2人に共通する処分理由として、「街宣活動などによって、生徒・児童が登校を怖がったり、入学を辞めるなど学園への被害が生じた」ことを挙げているが、佐々木弁護士は「これも具体的な事実の適示がなく、現時点では認否のしようがない」と述べた。

学園側「裁判の中で主張を明らかにする」

なお、弁護士JPニュース編集部で大西学園側にコメントを求めたところ、学園側の代理人弁護士が取材に応じ(2025年4月8日)、「裁判の中で主張を明らかにする」としつつ、以下のようにコメントした。
(労働時間について)
「用務員2人との雇用契約書を作成していなかったことについては、こちらの落ち度もあったと認めざるをえないが、労働時間について、双方の認識にズレがあると考える。
労働者側は『1日8時間』と主張しているが、われわれは『1日6時間半』と認識しており、それを立証できる証拠もある。現時点で最低賃金違反と断定される覚えはない」
(プレカリアートユニオンとの団体交渉に応じていない点について)
「団体交渉を拒否しているのではなく、代表権に疑義があるため交渉を留保しているだけであり、その点がクリアになればいつでも団体交渉に応じる用意がある」
(用務員室の使用について)
「雇用契約とは別個の使用貸借契約と考えている。使用貸借契約は賃貸借契約と異なり、無償である代わりに、期間や使用・収益の目的を定めなかった場合には賃貸人からいつでも契約の解除ができるので、解除して用務員室を退去するよう求めたものだ」
(街宣活動やビラ配り、X投稿等について)
「学園周辺や最寄り駅での街宣行為については、学園側が実施した保護者アンケート調査によって、原告側によるXの投稿や街宣を怖いと感じている生徒がいることが確認されている。
理事長自宅マンションやその家主の自宅マンションへのビラ配りといった組合側の行動については、正当な組合活動ではなく嫌がらせを目的としたものであり、社会的相当性を逸脱しており違法だ」
(ライフラインの停止について)
「退去を要求しても、このような常軌を逸した抗議活動が続けられ、保護者らが恐怖におびえていることから、やむなく実施したものだ。
また、弁護士等の指導により行き過ぎと判断し速やかに解除した」
(法的措置について)
「組合側の行動により、転校した生徒や入学を取りやめた生徒がおり、学園に明確な損害が発生している。用務員とプレカリアートユニオンを被告として損害賠償請求訴訟を提起する予定だ」


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