医療や介護に関わる3つの労働団体が共同で9日、今年の春闘で医療・介護分野で働くケア労働者の賃上げが進んでいないとして、診療報酬・介護報酬の引き上げ改定や、賃上げ支援策の実施を厚労省と財務省に対し要請。同日、都内で会見を開いた。

日本医療労働組合連合会(日本医労連)の佐々木悦子中央執行委員長は会見の冒頭、「ケア労働者の賃金は、賃上げどころか、もはや賃下げと言っても過言ではないという状況。医療崩壊、介護崩壊が起きつつある」として、次のようにコメントした。
「今年の春闘の結果、他の産業では賃上げ率が2年連続で5パーセントを超え、34年ぶりの高水準を記録したと報道されています。
しかし、医療・介護業界では、全くと言っていいほど賃金が上がっていません。
昨年冬のボーナスが大幅に引き下げられたところも多く、さらに、今年の夏のボーナスについても、すでに引き下げ回答が相次いでいるという状況です。
この状況によって、ますます他産業との賃金格差が広がり、少なくない医療介護労働者が他の産業に流出し、人手不足が生じています。
地域医療・介護を守るためには、まずは労働者が働き続けられる賃金にすることが喫緊の課題ですので、その点について本日財務省と厚労省に要請書を提出しました」(佐々木氏)

「昨年をさらに下回る深刻な状況」

この日会見を行ったのは「医療三単産共闘会議」に加わる3つの産業別労働組合。
日本医労連に加え、医科系大学職員など国公立大学・高専の職員らからなる「全国大学高専教職員組合」(全大教)と、自治体病院や保育所など公務労働者が加入する「日本自治体労働組合総連合」(自治労連)の担当者らが出席した。
日本医労連の米沢哲書記長は、今年の春闘の状況を「昨年をさらに下回る深刻な状況」と総括した。
「日本医労連では、今年の春闘の状況に関して、現在181の加盟組合から回答が得られています。
昨年の春闘と現在の状況を比較すると、昨年のベースアップ平均額が3511円であったのに対し、現在の平均額が2001円と、約1500円差が生じています。
昨年もベースアップ評価料や新介護加算などの手当がされてなお、物価上昇はおろか、他産業にも賃上げが追いついていないとして、記者会見をして窮状を訴えてきましたが、今年は、その昨年の状況を下回っています。労働組合としては、当然今後これを阻止する戦いをしていかなければなりません」

「国は適切な予算措置を」

また、全大教の病院協議会議長を務める長谷川信氏は国立大学病院の現状について、「臨床・教育・研究に影響が懸念される」と指摘する。
「大学病院は、臨床に加え、教育・研究や高度先進医療も担っています。

しかし、昨今国立大学を取り巻く財務状況は悪化しており、医療機器の価格が高騰する中、古い機器を使用して臨床・研究を行っているという実情もあります。
大学病院の賃金は、事実上、人事院勧告が水準となっていますが、3月時点の調査では、回答のあった50大学のうち、10数大学で、水準を満たしていないということが分かりました。今後、国が適切な予算措置を講じ、賃上げが達成されることを望みます」(長谷川氏)
同様に、自治労連医療部会議長の鮫島彰氏も「『医療収入を超える医療支出があり、賃上げができない』という報告が各病院からあがっている」とした。

「人手不足で浴槽に1分しかつからせられない」

会見には医療・介護の現場で働く労働者も出席。
国立病院で看護師をしているというAさんは「プロとしての誇り、プライドがあるが、人手不足により質の悪いサービスしか提供できない現状を知ってほしい」と訴えた。
Aさんは現在、重度心身障害の患者60人ほどが入院する病棟に勤務している。
「病棟では週に2回、6人から8人のスタッフで、午前中と午後の2回に分けて1日で全員の入浴時間を確保しています。
2時間で、患者30人の着替えや搬送、シーツの交換、洗体洗髪などを済ませなければなりませんから、患者1人あたり、浴槽につかることのできる時間は1分程度です。
プロの看護師として、患者さんには安全安心に、満足に入浴ができる、心のこもったサービスを提供したいと思っており、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
もし、自分が患者さんのご家族だと考えると、現在のようなサービスしか提供できない状況を、『人員が足りていないから』と簡単な言葉で言い表したくありません」
適切な人員配置を実現するには「仕事に見合った賃金内容が重要だ」と語気を強めて、こう続ける。
「1年目や2年目の若い看護師から、『自分たちの仕事は採算性がないから、賃金が低くても仕方がないのでしょうか』と質問されることもあり、回答にすごく苦しみました。
さらに、数年前までは新人や若手の離職率が高かったのですが、最近は中堅以上の離職も多いと聞きます。
実際に私の知り合いにも『看護はもういやだ』と離職した人や、『生活費のために』と別の職業に就いてしまった人もいます。

ケア労働者が疲れ果て、モチベーションさえもなくなり、職場を離れていく現状を国にはなんとかしてほしいと思います」(Aさん)

「悪循環に入りつつある」

医労連の米沢氏も「離職者の年齢や、その後の状況まではなかなか調べ切れていない」としつつ、Aさんの意見に以下のように付け加えた。
「看護の場合は、急性期の病棟からそうではないところへ転職する、といった事例も聞きますし、介護の場合はより賃金が低いため、ほかの産業に移ってしまうことも結構あるようです」(米沢氏)
また、賃金が低いことから採用もままなっていないといい、直近にデータを集計した3つの病院では次のような事象が生じていたという。
「病院①と病院②では24年度の採用者数を離職者数が上回っており、25年度の採用者数ではその分を補填(ほてん)できていません。さらに病院③では25年度の採用予定者数を20人としていたところ、実際に採用できたのは約6割の13人にとどまってしまっています。
ケア労働者の確保が難しくなれば、それは当然収益にも影響しますので、収益減によって賃金が上げられなくなり、さらに退職者が現れ、もっと経営が悪くなるという悪循環に入りつつあります。
こうした状況が続けば国民の命、暮らしに関わります。医療や介護の分野は公定価格で成り立っていますので、そこを引き上げなければ、賃金は上がりません。政府には対策を採ってほしいと強く要望しています」(同前)


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