近年、日本では大麻による検挙者数が増加傾向にある。
警察庁の統計によると、2024年中に、大麻により検挙された人数は6078人に上り、2015年の2101人から約3倍近く増加している。

大麻に関する議論を巡っては、「非犯罪化し、刑事施設外での自主的な治療に専念すべき」といった意見や“合法化”を求める一部の声がある一方、芸能人や有名大学の学生による大麻事件が発生すると“センセーショナル”な報道も目立つ。
そうしたなか、佛教大学准教授の山本奈生氏は文化社会学と犯罪社会学の観点から大麻について調査・研究をしている。
本連載では「大麻とは何か」や「日本国内での大麻を取り巻く環境」について解説。第1回は、大麻の歴史や、特性について紹介する。(全6回)
※ この記事は山本奈生氏の書籍『大麻の社会学』(青弓社)より一部抜粋・構成。

4つに分類、形態や味に細かい差

大麻は二十世紀の歴史のなかで、アメリカ白人からはマリファナと呼ばれ、カリブ海諸国やストリート・スラングではガンジャやウィード、ポット、ティー、ハーブなどと呼称されてきた。
一般的に英語圏の呼称で法学や薬学として正確にいうなら「カナビス(Cannabis)」と表記され、通俗的な表現としては「マリファナ(Marijuana)」と書かれる。
大麻は、近代植物学の基礎を築いたカール・フォン・リンネによる分類名では「カナビス・サティバ・エル」である。
これは1980年代のアーサー・クロンキストの植物学以後、アサ科アサ属にあり小分類としてはサティバ種、インディカ種、ルデラリス種、アフガニカ種の4つに形態学的に分類するが、同じ属だから、タイ米もインド米も日本の米もイネ科イネ属のいわゆる米であるのと同様に、形態や味が細かく異なっていることに似ている。
日本では「麻薬」とされる大麻も、繊維として用いられる大麻草から取れるヘンプも、呼称や含有成分は異なるが大分類としては同じ植物である。

大麻はどう世界に広がったのか?

大麻が作物として用いられてきた歴史は古代にさかのぼり、繊維としては六千年前から、そして実際にたいた痕跡を考証した事例は2500年前の中央アジア、タジキスタンと中国奥部の国境線界隈で認められている。
パミール高原(編注:タジキスタンを中心に、アフガニスタンや新疆ウイグル自治区などにまたがる山岳地帯。「世界の屋根」と称される)での発掘は最近「サイエンス」誌の姉妹版に掲載されて話題になった。
中央アジアを原産とする大麻はその後、インドから東へは東南アジアから中国と日本、西へは中近東を経て北アフリカに至り、大航海時代に南米に到達した。

そして近代帝国主義時代に、植民地の労働者を中心にしてカリブ海と中南米に喫煙文化が広まって、20世紀に全米へと拡散した。
欧州では19世紀に広まり、ボードレールが代表的な事例だといえるが、パリでは文豪が集う「ハシッシ・クラブ」が設立された。
ムガル帝国時代のインドやトルコ帝国に大麻喫煙は大衆的な風俗として広がり、現代でもインドでは一部のサドゥー(宗教的行者)に連綿と受け継がれている。

品種改良進み、精神に作用するTHC含有量も操作…

精神的に作用する主なカンナビノイド成分はテトラヒドロカンナビノール/THCで、ほかのカンナビノイドは数百もあるが主成分としてはTHCがあり、CBD(カンナビジオール。精神活性作用はない)などのカンナビノイドも重要である。
THC含有量はそれぞれ生育された地域の種によって異なっていて、歴史的にいえばインドや中近東、中南米で栽培されてきた大麻は相対的に多くのTHCを含有する品種だったから、ドラッグとしてしばしば「インド大麻草」などと呼称されてきた。
現代では品種の掛け合わせやハイブリッド栽培の研究が進み、チューリップの掛け合わせのような品種改良によって含有量が操作的に栽培されている。

「実質的には致死量なし」も…

大麻は一般的に樹脂を含んだ花弁を乾燥させてタバコと同じように喫煙するか、樹脂をオイルのように固めて「ハシッシ」として喫煙使用する。
タバコと似て、収穫した大麻の花弁を乾燥させればそれだけで「ジョイント」として喫煙できるわけで、酒造や精製に手間がかかるほかのドラッグと比べるとずっと容易で、古くから民俗風習として用いてきた地域もある。
薬学的には身体的依存性はほとんどみられず、いわゆる致死量も実質的にはないが精神的な依存性は形成され、イギリスの公的諮問機関は「大麻はクラスCドラッグであるベンゼドリン錠のように依存性がみられることは明らかである。しかしながらその依存のあり方は、モルヒネやコカイン、覚醒剤やバルビツールのように重く激烈なものではない」とした。
タバコと異なって大麻にニコチンはほぼ含有されないが、タールは含まれるため、食道がんや肺がんとの相関関係がどの程度あるのかは薬学論争の対象にされてきた。また精神疾患との関係性が懸念され、とりわけ若年者の継続使用でどの程度のリスクがあるのかが議論されてきた。
一方で、医療目的での使用として食欲増進や抗がん剤副作用の軽減、てんかん発作の軽減、抗炎症作用などが認められることも指摘されてきた。

このように大麻は薬学的にみて使用者への利点もあれば(医療目的での使用)、疾患リスクを伴う可能性もあるため、特にヘビーユーザーや未成年者使用をどのようにコントロールすべきかが政策上の議題とされてきた。

嗜好品としての大麻使用の「効果と害」

嗜好品としての大麻の効果は、五感と気分に影響し、LSDのような幻覚は生じないが色彩や食物の味わいを変化させて感じさせる効果がある。
ストリートでの喫煙者が過去の経験として想起するのは、まず多くの場合に食欲が増し(スラングでは「マンチー〔munchies〕」)、視覚と味覚の解像度が上がったような感覚が得られるとされる。
そして喫煙者は使用環境にも左右されるが、外向的になれば快活になって冗談を言いはじめ、内向的になれば「ストーン」状態になって沈思黙考する。
しかし不安もまた増幅されうるため、いわゆる「バッドトリップ」はアルコールの悪酔いと似て短期的な吐き気や混乱を伴う場合もある。こうした現象は医学的に「急性の大麻精神病」とされる。
ニクソンとレーガン政権の政策的キャンペーンでは、大麻はほかのハードドラッグに移行する「ゲートウェイ/踏み石」だと指弾されてきたことは事実だ。
だが、その疫学的な根拠についてはいまも論争が続いていて、「社会的なゲートウェイ(大麻が規制されて不良文化とされる地域では、大麻喫煙がより強いドラッグへの入り口になるとする説)」と「薬理効果としてのゲートウェイ(大麻自体の薬効に、強いドラッグへの誘因性があるとする説)」のそれぞれについて簡単に断定することは困難である。


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