持病を抱えながら服役していた星野元受刑者は、体調が悪化した後も適切な医療措置を受けられず、外部の医療機関への搬送も遅れた結果、死亡に至った。判決では、刑務所の医療体制に過失があったと認定された。
さらに裁判所は、仮釈放の判断についても言及している。星野元受刑者の病状が悪化していたにもかかわらず、適切な時期に仮釈放の審理が行われなかったことは、医療体制の不備と並んで問題視された。
刑法28条は「懲役または禁錮に処せられた者に改悛(かいしゅん)の状があるときは(中略)無期刑については10年を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放することができる」と定めており、改悛の状のある無期刑受刑者の終身拘禁を想定していない。判決は、無期懲役囚の社会復帰の可能性を考慮せず、適切な医療措置も行わなかった国の対応を厳しく批判している。
賠償金は、国民の税金によって支払われる。「無期刑受刑者の社会復帰」と「国民の負担」は、無関係ではない。(社会学者・廣末登)
激減している無期刑受刑者の仮釈放とマル特通達
2004年の刑法改正前まで、有期刑の最長は20年であった。無期刑受刑者の多くは、服役15年ほどで仮釈放されていた。1975年には、114名の無期刑受刑者が仮釈放されたが、服役20年を超えていた者は、わずか5名であった。1998年6月18日、最高検察庁は「特に犯情悪質等の無期懲役刑確定者に対する刑の執行指揮及びそれらの者の仮出獄に対する検察官の意見をより適正にする方策について」との通達を発出。
この通達は、法律に基づかない非公開通達であった。
※ 無期懲役刑が確定した事件のなかでも、検察庁が「特に犯情悪質」と判断した事件。マル特事件に指定された無期懲役刑確定者の仮釈放審理は極めて慎重に行うよう指定される
2004年の刑法改正で、有期刑の最長は30年となった。この時点で、世論を考慮して厳罰化を先取りした次長検事通達は廃止すべきであったが、そうはならなかった。
30年を経過した無期刑受刑者は仮釈放審議が行われるはずだが…
2007年に制定された更生保護法34条1項では、刑務所長は無期刑受刑者についても「期間が経過し、かつ、法務省令で定める基準に該当すると認めるときは、地方(更生保護)委員会に対し、仮釈放を許すべき旨の申出をしなければならない」と定めている。2009年3月6日の法務省保護局長通達では、無期刑受刑者の仮釈放審理に当たっては、検察官の意見を聴き、かつ、被害者等については面接等調査をすること、無期刑受刑者の仮釈放審理は刑事施設の長からの申出がない場合であっても、刑の執行開始日から30年を経過したときは、経過の日から1年以内に職権による仮釈放審理を行う旨記載している。
「あさま山荘事件」(1972年)などの連合赤軍事件で逮捕・起訴され、83年に無期懲役刑が確定した連合赤軍元幹部の吉野雅邦受刑者は、40年以上服役しているにもかかわらず、職権による仮釈放審理を受けていない。マル特事件に指定された無期刑受刑者である可能性が否めないが、彼にその事実は知らされていない。
マル特事件通達に関する質問主意書への政府答弁
あさま山荘事件が勃発して53年目の今年2月19日、吉野受刑者を支援する古畑恒雄弁護士(元法務省保護局長・最高検公判部長)が、法務委員会に所属する立憲民主党の藤原規眞(のりまさ)衆議院議員を訪ね、マル特通達の正当性可否について議論した。藤原議員は「人権と三権分立が、検察庁の通達一本によって揺るがされている」と問題視。「無期刑受刑者の多くは、仮釈放を認められなくなっていると考える。新規に仮釈放を認められた無期刑受刑者は、2019年の16名から、20年の8名、21年と22年の7名、そして、23年には5名へと激減している。仮釈放を認められた者の平均刑期は、2019年が36年だったのに対して、22年には45年3か月と延びている」として、政府に対して質問主意書を提出した(217国会 質問66)。
質問主意書で問われた要点は、次の通り。
- 刑務所長による仮釈放の申出件数が非常に少ない理由
- 吉野雅邦受刑者を例に、仮釈放の要件を満たしているにもかかわらず、刑務所長が申出を行わない理由、および地方更生保護委員会が職権による審理を行わない理由
- 仮釈放の不許可率が非常に高い理由
- 法律に基づかない非公開通達を廃止できない理由、および同通達による立法権の侵害に対する政府の見解
- 申出件数の少なさや不許可率の高さは、個々の事案に応じて適切に判断された結果である
- 特定の受刑者の事例については、個別具体的な事柄であるため、回答を差し控える
- 次長検事通達は検察官の権限行使に関する運用方針を示したものであり、立法権の侵害にはあたらない。また、同通達を廃止する必要があるとは考えていない
マル特通達の可否は、法務委員会での議論に持ち込まれるか
古畑弁護士は、刑法が一部改正になり、刑罰から懲役と禁錮をなくし、新たに改善更生を目的とする拘禁刑を設けるなど、「懲らしめ」から「立ち直り」に軸足を置いた刑罰の大転換が行われることになったことに触れつつ、政府答弁はゼロ回答に等しいと落胆。「どんな罪を犯した人でも、やがては本人の気づきと周囲の支えによって、変わり得る。私はそう信じて、『寛容と共生』の社会をつくるため、引き続き吉野受刑者に寄り添っていきたいと考えています」と述べる。
「マル特通達」が立法権を侵害するか否かの判断は、法務委員会の議論に持ち込まれる公算が高い。
(追記)
本稿執筆後、古畑弁護士から、「調査の結果、吉野受刑者につき、2021年2月に地方更生保護委員による仮釈放審理のための面接が行われた形跡があるが、その結果(職権不発動)につき、同受刑者には知らされていなかったことが判明した」との情報提供があった。
■ 廣末 登
1970年、福岡市生まれ。社会学者、博士(学術)。専門は犯罪社会学。龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員、法務省・保護司。