元タレントの中居正広氏の女性トラブルに端を発したフジテレビの問題は、3月31日に外部弁護士による第三者委員会が調査報告書を公表し、ひとまず区切りがついた。次の山場は6月の株主総会だが、「経営のプロ」は報告書をどう読み解いたのか。

多くの企業の不祥事を見聞し、解決の道筋を示してきたリスクコンサルタントで、アクアナレッジファクトリ代表の角渕渉氏に話を聞いた。

経営判断への厳しい指摘は「90点以上」

報告書公表後、専門家を含む多くの人々は、「ここまで踏み込んだのか」と、性加害トラブルに関する赤裸々な調査内容に驚いた。守秘義務のため、当たり障りのない調査になるだろうという事前の予測を大きく覆したからだ。
そうしたなか、角渕氏が高く評価したのは、「経営判断の体をなしていない」と経営陣の経営判断を厳しく批判した文言だった。
「会社としての危機管理について、専門弁護士をそろえただけあって的確な分析が行われており、あるべき対処についても重要な指摘がなされています。
また、経営陣による経営判断についても『経営判断の体をなしていない』とまで厳しい指摘がされています。経営陣の経営姿勢に踏み込んだ分析が行われているという意味で、100点満点で90点以上という評価が妥当だと考えます。
ただし、あくまで当事者の協力のもとで任意に実施された調査であり、裁判の判決のように絶対視するのは危険である点を十分に認識しておく必要があります」

報告書から読み解けるフジテレビの3つの問題点

そのうえで角渕氏は、今回の報告書から読み取れるフジテレビの問題点を3つ挙げ、次のように解説した。
(1)人権意識の低さと同質化の危険性
(2)危機管理の失敗
(3)経営陣の資質
「(1)について、フジテレビには、取引先との会食で、自社の女性社員をあたかもコンパニオンのように利用するという風習が色濃く残っており、特に番組制作部門では女性アナウンサーという格好の人材が多く在籍していることから、この傾向が強かったと思われます。
このような職場環境で長年過ごすうちに、それが常識であると錯覚してしまい、世間の感覚と著しいずれが生じていたと指摘できます。
(2)は『危機意識の低い組織である』ということです。過去に自分たちが(メディアとして)袋だたきにしてきた会社のことを思い起こせば、『同じ状況に陥ったらどうなるのか』という想像力が働くはず。
ところが、一連の対応をみると、危機管理体制自体が存在していなかったのではないかとさえ感じられます。おそらく現代企業ですので、危機管理マニュアルなどが一切なかったとは考えにくいですが、機能させられる状況ではなかったのではないでしょうか。

(3)の問題は、幹部社員や経営者が制作現場のオペレーションの達人たちであり、その判断も自分たちの限られた経験のみに基づいたものとなり、社会全体を見据えた大局的な経営判断ができなかったことにあると言えます。
最近ではわが国にも『プロの経営者』が登場していますが、まだまだ少数派。さらには大手企業であっても、その子会社では社長のポジションがサラリーマンの出世ゴールであることも多く、今回と同じような失態を演じる可能性は否定できないと思います」

株主総会は「謝罪に終始する」

危機管理のプロの目に映ったフジテレビ社内の実状。それは第三者委員会の報告書に対する評価とは真逆の最低レベルの経営体制だったということになる。そうなれば、次に控える山場、6月の株主総会ではより大きな荒波に打ちひしがれることになりそうだが…。
「次の株主総会は経営陣にとって厳しいものとなるでしょう。現行の経営陣はその対策に躍起になっていると思われますが、株主総会は問題解決機関ではありません。ここでは通り一遍の企業再生策が披露され、あとは謝罪に終始するものと思われます。
大切なのはそこで公表された施策をどのように実現するかという点。当面の施策としては人権尊重に向けた企業風土改革といった話になると思います。それも決して実現が容易なものではありませんが、それだけでは真の問題解決にはつながらないでしょう。
そもそも、いまやテレビという媒体が歴史的使命を終えつつある存在であるとも捉えられています。その現実を厳しく踏まえ、未来を見据えたビジネスモデルを描き、新たな成長戦略が描けなければ、厳しさを増す経営環境の中で、また別の形で問題は噴き出してくるのではないでしょうか。

突き放した言い方になってしまいますが、現在の延長線上で未来を描いている限りは、今回の問題の解決は不可能だと思います」(角渕氏)
報告書によって、同社に内包する問題点はある程度あぶりだされた。だが、どれだけすぐれた改革案が描かれようとも、その体制にわずかでも過去をひきずる遺伝子が残るようでは、いつ“再発”してもおかしくない。そもそも、一度離れたクライアントを納得させることは難しいだろう。
フジテレビと親会社のフジ・メディア・ホールディングス両社の取締役相談役であった日枝久氏が退任し、水面下では株主による新取締役選定の動きもみられる。第三者委員会によって丸裸になったフジテレビは、真の再生へ向け、さらに重く、大きな決断を迫られている。

フジの報告書は「良い教材」

角渕氏は最後に、改めて報告書の内容を評価し、他の企業へ向けてもメッセージを送る。
「今回の報告書は非常に優れたものであったと感じます。社内調査と事実認定の考え方について学ぶには良い教材であると思います。
もちろん、他の事件の報告書の中にも優良なものはあると思いますが、今回はテレビ局という多くの人にとって理解しやすい企業で起き、セクハラ(または不同意性交)という誰にとっても身近な問題に関わるものでした。
事件そのものは痛ましく、決して許容することはできませんが、コンプライアンス部門の社内勉強会の教材として活用し、より確かなコンプライアンス経営の確立に広く役立ててはいかがでしょうか」
【角渕渉】
経営コンサルタント・産業カウンセラー/アクアナレッジファクトリ株式会社代表
ソフトウェアハウス、国内系コンサル会社を経て、大手監査法人グループのKPMG あずさビジネススクールで講師をつとめる。2007 年にアクアナレッジファクトリを設立。「確かな基礎力に裏打ちされた『変化に柔軟に適応できる人材』の育成」をテーマに、各種ビジネススキル教育、マネジメント教育の研修講師として活躍中。



編集部おすすめ