「殺すぞ、お前、本当に」
「オマエ頭おかしいな本当に」
「オマエ人間なのか」
これは、従業員Xさんが他の従業員に吐き捨てた言葉である。さらに顔面も1回叩いている。

他にも粗暴な言動が多かったため、会社がXさんを解雇したところ、Xさんは「解雇は無効である」として提訴。
裁判所は「ただちに労働契約を終了させるほかない状況に至っていたとまでは認められない」として、Xさんの主張どおり「解雇は無効」と判断した。(東京地裁 R6.10.22)
このような粗暴な従業員がいたら会社としては規律を保てないだろうが、解雇がOKになるハードルは非常に高いことを示す一例である。(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

会社は、土木建築およびその他建設工事全般の請負などを行っており、Xさんは正社員(課長)だ。
会社は粗暴な言動の多いXさんに対して訓告し、2回にわたって支店を異動させたのち、Xさんを解雇した。粗暴な言動は多岐にわたるが、以下、一部を抜粋する。
■ 大声で怒鳴る
他の従業員に対して、大声で「地球が自分中心に回っていると思うな」「俺は忙しいんだ」と怒鳴る。
■ 殴る
Xさんが立替支出した経費の承認行為を巡って、他の従業員と対立した。その際、Xさんは「やれよ、早く」「仕事しろよ」「殺すぞ、お前、本当に」「暴れるぞ、お前」と怒鳴り、従業員の顔面を左手で1回叩き、肩をつかむなどの暴行を加えた。
他にも「オマエ人間なのか」「オマエ頭おかしいな本当に」「バカじゃねぇかお前」という言葉を投げつけた。
■ 女性従業員に対しても…
電話またはメールで、「今から行って、お前を叩きのめしてやるから待ってろ」「覚えてろよ。一生、苦しめてやる」「オマエ一体、何様? 売られたケンカはとことん買うぜ。笑」との言葉を投げつけた。

■ 派遣従業員に対しても…
他の従業員がいる前で「バカヤロー!」と怒鳴った。

裁判所の判断

Xさんの勝訴である。
裁判所はXさんの粗暴性について「相当根深いものがある」と非難したが、以下の理由などから「ただちに労働契約を終了させるほかない状況に至っていたとまでは認められない」と判断した。
  • 過去にも別の社員が他の社員に対して暴行を働いた事案があったが、厳重注意に止まっており、訓告や懲戒処分が行われなかった
  • 暴行については傷害等の結果は生じていないので、悪質性が高いとは言えない
  • 女性従業員に対する暴言は、恐怖心を与えるものであり、悪質性が高いと言わざるを得ないが、5日間という短期間にされた以外に、従前から同様の粗暴な言動を継続的に行っていたなどの事情は認められない
  • 訓告を受けた後は女性従業員に対する暴言をやめている
  • 派遣従業員に対する「バカヤロー!」発言については、グループ長から注意を受けた後に反省している
  • Xさんが一定の期間内に複数回にわたって粗暴な言動をしているが、それぞれの行為が継続的に行われたといった事情までは認められない
  • 訓告や注意等がされた後は、相当の期間にわたって粗暴な言動がやんでいたことからすれば、注意等の効果が全く見られないと評価することはできない
  • Xさんは過去に会社から懲戒処分を受けたことがない
  • 訓告によって懲戒処分がされたと見ることはできない(筆者注:解雇前に何らかの懲戒処分を経るべきであった)
  • 2度の異動の際、課長の地位は保たれたままであり、人事上の降格などによって自己の行為の重大性を反省させるなどの措置も採られていないこと...etc
上記を踏まえて、裁判所は「解雇が労働者にもたらす結果の重大性に鑑みると、本件に現れた事情では、ただちに労働契約の継続を期待することができないほどの重大な事情があるとまでは認められない」として「解雇は無効」と結論付けた。

他の裁判例

口の悪い社員のケースとしては、過去に「私に喧嘩を売るという事、理解していただかないと」「私を敵にしてくれたので、お礼するまでです」などとチャットで送り、しかも、他人の意見を聞かない、協調性に欠けるというものがあった。
会社が社員を解雇したところ、裁判所は「解雇はOK」と判断している。(東京地裁 R6.6.13)
「やりとりがストレス」同僚からクレーム“ワガママ社員”が解雇…裁判所に「組織不適合」の烙印を押された“横暴すぎる態度”とは

最後に

本件は、たとえ粗暴な言動があったとしても、それが即座に「解雇」に結び付くとは限らないことを示す事例である。
解雇がOKとなるには、行為の継続性や懲戒手続きの適正さ、改善の見込みの有無など、さまざまな要素が総合的に判断される。会社は、段階的な懲戒処分などを丁寧に行っていくことが必要であろう。


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