少子高齢化、いや、いまや高齢多死社会という表現がしっくりするかもしれない。どうせ死ぬなら、元気な高齢者であり続け、ぽっくり逝きたいが、心の準備もなく「まさか」というタイミングで死を迎えるケースも多い。

これまでに5000体以上を検死・解剖してきたのは法医学者の高木徹也氏。その豊富な知見のなかから、今回は「登山で死にかける」場面について、そのリスク要因を具体的に解説する。
※ この記事は法医学者・高木徹也氏の書籍『こんなことで死にたくなかった:法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)より一部抜粋・再構成しています。

登山に潜む、さまざまな危険

雄大な景色を楽しみながら歩き、さらに登頂したときの達成感がたまらない「登山」や「ハイキング」。趣味としてたしなんでいる方も多いでしょう。健康維持に熱心な高齢者にも人気がありますよね。
登山者が増えている一方で、警察庁の統計によると、2023年は過去で最も遭難者が多かった年でもありました。そして、遭難者の49.4%、死亡者・行方不明者の67.2%が60歳以上なのです。
山にはさまざまな危険が潜んでいます。転倒、転落、滑落、熱中症、低体温症、虫による感染症、動物による外傷のほかに、落雷や雪崩、火山の噴火などに巻きこまれる危険性もあります。
1967年、高校生の登山パーティーで、11人が落雷により死亡した西穂高岳落雷遭難事故は有名です。
雷の発生は予測しにくく、標高が高くて天気が変わりやすい山中では特に気をつけなくてはいけません。落雷損傷は感電に加えて打撃的な作用を伴うため、頭蓋骨骨折や脳挫傷が生じることでも知られており、命を落とす危険性が極めて高い災害です。

登山で気を付けたほういい「高山病」のこわさ

そして、もう一つ登山で気をつけてほしいのが「高山病」。
高山病は酸素濃度の低下によって生じる障害で、登山などで高地に行くことで起こる「急性高山病」と、高地で生活している人に起こる「慢性高山病」の二つが知られています。
高山病はその重症度によって、「山酔い」「肺水腫」「脳浮腫」の三つに分類されます。「山酔い」は頭痛、倦怠感、食欲低下、吐き気や嘔吐などの症状がありますが、この時点で山を下りて安静にしていればほぼ問題ありません。
ところが、強い息切れを起こす「肺水腫」、歩行が困難になるほどの「脳浮腫」に至った場合は、緊急対応を行なわないと命を落とす場合があります。持病のある高齢者であれば、なおさら死の危険があるので、すぐに高度の低いところに下り、速やかに医療機関で適切な治療を施さなければなりません。

高い山だけで発生するワケでない点も注意

ちなみに高山病は、何もエベレストなど世界的に高い山だけで起こるものではありません。標高1500メートルを超えると、どこでも発生する可能性があるのです。
ここまでの高さになると、酸素の濃度は85%程度まで低下します。すると、通常であれば96~99%ある血中の酸素飽和度が、92%以下にまで低下してしまいます。これは、高山病の症状が出る可能性が十分にある数値なうえ、高齢者であれば、脳梗塞などの脳血管疾患、心筋梗塞などの虚血性心疾患を発症する危険性もあるのです。
国土地理院によると、日本国内に標高1500メートルを超える山は500座以上もあり、比較的気軽に登れる山もあるとのこと。
景色を楽しみ、達成感を得ることなどを優先しすぎて、十分な計画や準備を怠ったまま、安易な気持ちで登山することのないように心がけてください。

<まとめ>
・しっかりと下調べを行ない、余裕のある計画を立てる。
・登山速度はゆっくりと、グループの場合は最も遅い人のペースに合わせる。
・症状が出たら下山し、重症と思われたら速やかに医療機関を受診する。
高木徹也
法医学者。1967年東京都生まれ。
杏林大学法医学教室准教授を経て、2016年4月から東北医科薬科大学の教授に就任。
高齢者の異状死の特徴、浴槽内死亡事例の病態解明などを研究している。
東京都監察医務院非常勤監察医、宮城県警察医会顧問などを兼任し、不審遺体の解剖数は日本1、2を争う。
法医学・医療監修を行っているドラマや映画は多数。


編集部おすすめ