広末涼子さんに対する「警察の捜査」に“違法”の疑いは? “逮捕・家宅捜索”の正当性はどこまで認められるか【弁護士解説】
映画「鉄道員(ぽっぽや)」やヒット曲「MajiでKoiする5秒前」等で知られる俳優の広末涼子さんが7日、高速道路で乗用車を運転し追突事故を起こした後に看護師に対する「傷害罪」の容疑で逮捕され、10日に自宅が「危険運転致傷」の容疑で捜索された。広末さんは17日に釈放されている。

この事件につき、SNSなどで、被疑事実が逮捕と家宅捜索とで異なることなども含め、憶測をもまじえたセンセーショナルな情報発信が飛び交ったが、警察の捜査のあり方は適正だったのか。
刑事訴訟の経験が豊富で刑事手続きのルールに詳しい岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。

「危険運転致傷」とはどんな犯罪か

まず、家宅捜索の容疑である「危険運転致傷罪」は、「自動車運転死傷行為処罰法」に規定されており、本件では以下の2つのいずれかが問題になるとみられる。
  • アルコールまたは薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為によって人を負傷させた(2条1号。15年以下の懲役)
  • アルコールまたは薬物の影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコールまたは薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を負傷させた(3条1項。12年以下の懲役)
なお、いずれも成立しない場合には、過失犯である過失運転致傷罪(5条)の成否が判断されることになる。
岡本弁護士:「危険運転致死傷罪の2つの行為類型の違いは、程度問題です。
まず、2条1号は、事故を起こした時点で、『自身が正常な運転が困難な状況で自動車を走行』させていることを自覚していた場合です。
これに対し、3条1項は『正常な運転ができないおそれがある』と認識して運転すれば、後で事故を起こしたとき、自身が『正常な運転ができない状況にあること』の認識がなくても、犯罪が成立します。
報道によれば、事件直後の簡易な検査ではアルコールも薬物も検出されなかったとのことなので、3条1項の、事故発生前の時点で『正常な運転ができないおそれ』を認識していたことを立証するほうが容易だろうと考えられます」

家宅捜索をする必要性はあったか

逮捕容疑が「傷害罪」であったのに対し、「危険運転致傷罪」の容疑で家宅捜索が行われた点はどう考えるべきか。
被疑者の住居への捜索は、「必要があるとき」に裁判官が発付する令状を得て行うことができる(刑事訴訟法218条1項前段)。
本件の場合、捜索の必要性があったか。岡本弁護士は「詳細な状況が分からないので断定はできない」としつつも、捜索が行われるのは決して異例ではないと説明する。
岡本弁護士:「被疑者にアルコールまたは薬物の影響があるかのようなおかしな言動があったとすれば、その理由・原因を調べる必要があります。

本件の場合、簡易な検査ではアルコールも薬物も検出されませんでした。もし、詳細な検査を行う場合、たとえば、服用すると眠くなる薬物、精神的に不安定になる可能性がある薬物などは何種類もありますし、検出方法も原因物質ごとに異なりますから、尿や血液から原因物質を特定するのには時間がかかります。
そうであれば、自宅を捜索して、正常な運転に支障を生じさせる原因物質があるか確認する必要性があるといえます」
あるいは、広末さん自身が原因について供述を行った可能性も考えられるという。
岡本弁護士:「その場合、逮捕されている状況下では、自宅等に保管されている薬物について任意提出を求めることができません。
マネージャー等から、広末さんの自宅から持参したものとして任意に提出を受けたとしても、本当に広末さんの自宅から持参された物かどうかについて疑義が残ります。したがって、令状を得て捜索するのが最も正確だということになります」
いずれにしても、傷害罪による逮捕が正当だったのであれば、家宅捜索はやむを得なかった可能性がある。

「傷害罪での逮捕」は正当だったか

では、本件で、警察が広末さんを傷害罪で逮捕(現行犯逮捕)したことは正当だったといえるのか。
被疑者を逮捕するには『被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由』と、『罪証隠滅・逃亡のおそれ』が必要とされる(刑事訴訟法199条1項本文・2項参照)。また、犯情の重さ(※)等も考慮される。
※犯罪の経緯に関する事情(行為の態様、被害の程度など)
岡本弁護士は、本件で傷害の被疑事実について『罪証隠滅・逃亡のおそれ』があったかは、慎重に考える必要があると説明する。
岡本弁護士:「傷害事件の詳細が分からないのですが、蹴って暴れたくらいでは被害者が大けがを負ったとは考えにくく、示談がすぐまとまったことからも、実際に大けがではなかったと推察されます。
犯情からみて逮捕に値するほどだったか、考える余地があります。
次に、『罪証隠滅のおそれ』については、病院の職員と口裏を合わせたり病院に圧力をかけたりするおそれがあったかなどが問題になります。

また、『逃亡のおそれ』については、広末さんが行方をくらますことがありうるのかを考慮する必要があります。同行していたマネージャーや、あるいは信頼できるスタッフや親族等に委ねて帰すという選択肢も考えられます」
とはいえ、本件では、広末さんが奇妙な言動を見せていたことが報じられている。
身柄拘束をしなければ何かしら危険な行為をするかもしれないという点を理由に、逮捕の必要性ありとはいえないか。
岡本弁護士:「単に『このまま帰したら何か危険なことをしそうだ』という抽象的な理由では、逮捕は認められません。
あくまでも『罪証隠滅・逃亡のおそれ』との関係での危険が認められなければなりません。たとえば、逮捕しなければ現場の病院へ戻って証拠隠滅しようとするおそれがある、どこへ行くか分からない、などの事情が必要です。
家族など信頼できる人が、身柄引受人として監督を誓約している場合には、一時的に混乱状態にあったとしても、逃亡のおそれは低減され、逮捕しないという判断もあり得ます」
本件では逮捕に関する詳しい事情は報じられていないが、逮捕の正当性については、これらの事情を考慮して慎重に吟味する必要があるという。
一般的な感覚とは異なるかもしれないが、岡本弁護士は「不当な身柄拘束、冤罪を抑止するには必要な視点です」と指摘する。

「芸能人だから」は考えにくい

SNS等、一部で「芸能人だから見せしめにされたのでは?」との憶測が発信されていた。しかし、岡本弁護士は、「今回の件では考えにくい」と否定する。
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岡本裕明弁護士

岡本弁護士:「高速道路で、危険な走行をして事故を起こし、事故直後に奇妙な行動を見せていたならば、アルコールまたは薬物が関係する危険運転致傷罪の疑いがあると判断することには合理性があるといえます。
そのような疑いがある場合、簡易検査で薬物もアルコールも検出されなかったのであれば、簡易検査では検査できなかった他の物質が影響している可能性を確認するために、捜索を行う必要性は認められます。
その点は、一般人であれ有名人であれ、変わらないと考えられます」
最後に、岡本弁護士は、刑事手続きという人身の自由の侵害のリスクが問題となる場面での、憶測や思い込みの危険性を指摘した。
岡本弁護士:「本件においては、危険運転致傷罪では逮捕されていないため、薬物等の影響がどれほど強く窺われたのか分かりません。
また、上述したとおり、傷害罪を被疑事実とする逮捕が正当であったのかも、はっきり分かりません。
あくまでも、仮に傷害罪での逮捕が正当であり、かつ、薬物等の影響が強く窺われたと考えられるという前提の下では、危険運転致傷罪での家宅捜索は正当だったと考えられるということです」


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