日本の旅館業法では、チェックインに関して以下のような規定がある。
「宿泊者名簿を備え、これに宿泊者の氏名、住所、連絡先その他の厚生労働省令で定める事項を記載し、都道府県知事の要求があつたときは、これを提出しなければならない」(6条1項)
「宿泊者は、営業者から請求があったときは、前項に規定する事項を告げなければならない」(6条2項)
また、同法の施行規則では、前述の「厚生労働省令で定める事項」について「宿泊者が日本国内に住所を有しない外国人であるときは、その国籍及び旅券番号」「その他都道府県知事が必要と認める事項」(4条の3)と定めている。
つまり、「日本国内に住所を有しない外国人」が旅館やホテルを訪れる場合には、宿泊者名簿への記入に加え、パスポートの提示が必要となる一方、「日本国内に住所を有する外国人」の場合はパスポートや在留カード等の提示に関して、法的義務は存在しない。
しかし、実際には、民団の要望書にもあるように「日本国内に住所を有する外国人」であっても、旅館やホテルのチェックイン時に、身分証の提示や、コピーを求められることがあるのだという。
厚労省のFAQには「法令上には根拠はございません」の文言
たしかに、いくつかの国内ホテル(いずれも別の企業が運営)がHP上で記載してるFAQや利用に関する案内には「必要に応じて在留カードの確認及びコピーを取らせていただく場合がございます」「テロ対策、犯罪抑制のため、ご協力よろしくお願いいたします」といった注意書きがなされており、中には「警察からの依頼を受け確認している」と説明しているホテルも見受けられた。また、厚労省が公開している「旅館業法に関するFAQ」でも、「国内に住所をもつ外国人宿泊者に対して、本人確認のため在留カードの提示やコピーを求めても良いでしょうか」という質問に対し、以下の回答を掲載している。
「必要に応じ自治体等の判断で求めることは差し支えございませんが、法令上には根拠はございませんので、宿泊者が提示やコピーを拒否する場合は強制することはできません」
「義務でないと知って驚いた」
幼少期から日本に住むアメリカ人のAさん(30代)は弁護士JPニュース編集部の取材に対し、次のように話した。「これまで、ホテルや旅館のチェックイン時には、基本的に毎回、在留カードかパスポートの提示とコピーを求められてきました。
それは、日本人である妻と旅行した場合や、未成年のとき家族と旅行した場合も例外ではありません。
私は日本語が流ちょうなこともあってか、チェックインの際にホテルの受付の方が忘れているときもありますが、その場合も、結局はチェックアウトの際に『忘れていて申し訳ございません、お手数をおかけしますが……』と提示とコピーを求められます」
「これまでに提示を断ったことはない」というAさん。しかし、実は法的根拠がなかったと知った際には驚いたという。
「『義務でもないのに、毎回求められていたのか』とも思いました。まあ、どのみち大した負担ではないので、別にいいのですが…」(Aさん)
「“お願い”すること自体は法的問題にはならないが…」
ホテルや旅館の従業員の立場からすれば、警察や自治体の指導があれば、従わざるを得ないだろうし、身分証などの提示がなければ「日本国内に住所を有する」かどうかを判断するのも容易ではないかもしれない。では「日本国内に住所を有する外国人」に対して在留カード等の提示やコピーを求めるという行為は、法的に問題がないと言えるのだろうか。
この点について、国際法務など、外国人の法的問題に精通している福原啓介弁護士は次のように話す。
「前提として、旅館業法など現在の法律においては、『日本国内に住所を有する外国人』に対して、在留カード等の提示やコピーを強制することはできません。
ですが、保安上の要因や、テロ防止などの関係で、ホテルや旅館側がお願いをすること自体は法的な問題にはならない可能性が高いと考えられます」
ただ、この“お願い”のラインを越えてしまわないよう、注意が必要だという。
「不合理な差別的取り扱いをホテルや旅館側が行った場合にはそれを受けた外国人側からその行為が不法行為(民法709条)に該当するとして慰謝料を請求される可能性があると考えられます。
たとえば従業員側が『執拗(しつよう)に在留カード等の提示やコピーを求めたうえで、応じなかったら宿泊を拒否する』といった態度を示したり、『外国人は出ていけ』といった差別的な表現をした場合には請求が認められやすい傾向があると考えられます」(福原弁護士)
レピュテーションリスクを避けるためには…
法的な問題に発展しなかったとしても、下手にトラブルを起こしてしまっては、ネット上で宿泊施設の悪い評価が広まるなど、レピュテーションリスク(※)につながるおそれもある。※ 企業や組織の評判(レピュテーション)が損なわれることで、その価値や信頼が低下する可能性
そこで、福原弁護士は次のようなアドバイスを送る。
「ホテルや旅館も、やはり安全性の担保など、ある種の責任を負っていると思います。
ですから、チェックイン時の手順を社内で整備し、在留カード等の提示やコピーを求める場合には、どのような理由で実施しているのかなどを、きちんと従業員が説明できるよう、指導を徹底すると良いでしょう」
具体的な手順や、取るべき対応の詳細についてはこう続けた。
「まず、日本国内に住所を有する方でない場合は、住所を記載してもらった時点で、判別が可能かと思います。
一方、日本国内の住所の記載があり、なおかつ外国人と思われる方の場合には、ある意味、注意が必要です。
ホテルの方針や提示を求める理由についてしっかり説明、一度、運転免許証などで本人確認や、住所の確認を実施したうえで、在留カード等についても提示・コピーを求めるといった手順を踏むと円滑に業務を進められるのではないでしょうか」
日本国内に住所を有していたとしても、相手は日本語が堪能とは限らず、思わぬすれ違いが生じる可能性がある。
「日本語が得意ではない方に対しては、もちろん丁寧にやさしい日本語を使うよう心がけたり、あるいはその方々の母国語で案内ができたりすると良いでしょう。
最近ではインバウンド需要も拡大していますし、そういった意味でも、コストはかかってしまいますが、通訳の方や、多言語に対応できるスタッフを常駐させることは、法的トラブルを回避する面でも、ホテル・旅館経営の観点でも役に立つかと思います」(福原弁護士)