警察庁の統計によれば、2024年に寄せられた相談のうち、近隣トラブルを含む「家庭・職場・近隣関係」の相談件数は28万8803件だった。前年より1万5674件減少したものの、ここ数年は増加傾向にあり、決して少ない数値ではない。
近隣トラブルの中でも特に、ストーカーのように狙い撃ちした執拗な嫌がらせはやっかいだ。こうした行為は、なぜ起きてしまうのだろうか。
近隣住民の“ストーカー”行為、法的問題は?
今年1月、母親が一人暮らしを始める娘に無断で、近隣住民に「女一人なので何かあったら助けてやって下さい」とあいさつしたというSNS投稿が話題を呼び、「信じられない」「これは恐怖」など不安の声が相次いだ。このように、近隣住民に対して警戒心を抱いたり、実際に身の危険を感じているというエピソードは、SNSやネットの掲示板に散見される。多く見られるのは、「玄関やベランダに出るタイミングが不自然に被る」「帰る頃合いを見計らって待ち伏せしている」「壁などをドンドンたたいてくる」「郵便受けを荒らされる」などだ。
これらの法的問題について、近隣トラブルに詳しい石毛孝一弁護士は以下のように説明する。
「まず、玄関やベランダに出るタイミングが不自然に重なるケースについては、恋愛感情などが背景にある場合、ストーカー規制法に抵触する『行動を監視していると通常人が認識し得る状態』(同法2条2号)となる可能性があります。
恨みなどの悪意による同様の行為は、各都道府県の迷惑防止条例に違反する『行動を監視していると通常人が認識し得る状態』(同法5条の2第2号)に該当し得るでしょう」
また、帰宅時間に合わせて待ち伏せする行為については「前述の監視行為と同様に、相手に『見張られている』という不安感を与える点で法的責任が生じる余地がある」(同前)として、こう続ける。
「単に監視していると認識されるだけでなく、実際に待ち伏せという形で相手の行動を直接的に制限し、心理的な圧迫感を与える度合いが強いため、『つきまとい』行為として、より明白かつ深刻な問題と扱われることも考えられます」(同前)
壁や玄関をたたく行為も、「著しく粗野または乱暴な言動」として各都道府県の迷惑防止条例に抵触し得る。加えて、その態様や頻度によっては脅迫罪などの刑事犯罪に発展する可能性も否定できないという。
郵便受けを荒らす行為については、同一の建物に居住しているかどうかで適用される法律が異なる。
「たとえ同一建物に居住していたとしても、郵便受けを荒らす行為は、先に触れたような相手の行動を監視していると一般的に認識される行為と同様に、状況によっては各都道府県の迷惑防止条例などに触れる可能性も否定できません」
嫌がらせの応酬でトラブルが悪化した「Aさん」
警察や弁護士への相談に至る“手前”の段階におけるトラブルの実態とはどのようなものか。隣人トラブルの仲裁サービスや引っ越し前の隣人調査などを手掛ける「株式会社トナリスク」の西俊介氏は、近隣住民からの“ストーカー行為”に関する相談はかなりあると話す。
「中には、もちろん相手方による深刻な迷惑行為に関する被害相談もあります。ただし、よくよく話を聞いてみると、実際には被害を訴えている側が日常生活におけるささいな出来事を過敏に捉え、『自分への嫌がらせだ』と思い込んでいるケースも少なくありません」
具体的な事例は、次のようなものだ。
「たとえば相談者Aさんは、近隣に住む相手方が頻繁にカーテンを開け閉めして自宅内をのぞいてきているように感じたため、直接注意しました。すると、その後、相手方は嫌がらせのように、洗濯物を干したり玄関掃除をしたりと、何かと理由をつけてたびたびAさんの自宅が見える屋外に出てくるようになったといいます。
そこで、Aさんが証拠としてスマートフォンで相手方の行動を撮影し始めると、相手方が屋外に出てくることはなくなったものの、今度はAさんがお風呂に入ったり台所で作業をしている時間帯に、外出もしないのにわざわざ車に乗り込み、クラクションを鳴らしたり、ハザードランプを点滅させて嫌がらせをしてくるようになったそうです」(西氏)
このように、当初は相手に非があったものの、“被害者”側によるその後の過剰な反応によって関係が悪化するケースも少なくないという。
「体感として、トラブルの半数は被害者の思い込みに起因します。仮に相手に非があったとしても、相手が相応の配慮を見せているにもかかわらず一方的な主張を続けると、かえってクレーマーとして扱われ、解決が遠のく可能性もあるため、注意が必要です」(西氏)
トラブル予防にもっとも重要なこと
近隣トラブルが発生する背景について、西氏は「お互いのことをよく知らないという状況下で、相手の不可解な行動に対し、一方的に『悪い人だ』と決めつけてしまう心理がある」と分析する。実際には、迷惑行為が無自覚に行われている(あるいは自身が無自覚に行っている)ケースも多く、友好的なコミュニケーションによって解決できることも少なくない。
対策としてもっとも重要なのは、顔を合わせた際に「おはようございます」「こんにちは」といった基本的なあいさつをするなど、日ごろからの穏やかな関係づくりだそうだ。相手を「敵」と見なし、強硬な態度で臨むことは、事態を悪化させる可能性が高い。
西氏は「迷惑行為に対してもいったんは悪意がないと仮定し、困っている状況を冷静に伝えて理解を求める姿勢が、トラブルの予防と解決につながる」と強調する。
近隣住民間の不安や不信感を解消するためには、早期の相談に加え、冷静かつ友好的な対話が不可欠と言えるだろう。
すでにトラブルを抱えている場合は…
ただ、現にトラブルを抱えている人は、相手方とコミュニケーションをとることがかえってリスクになる可能性もある。ネット上には、管理会社に相談したところ、引っ越し費用を全額負担してもらい、すぐに転居したという事例も見受けられる。これは、法的に保障された権利なのだろうか。
前出の石毛弁護士は、「法律上、管理会社やオーナーにトラブルの原因となるような特別な事情がない限り、引っ越し費用の補償義務はない」と説明する。
したがって、上記のケースはあくまで「厚意」によるものであり、一般的には、隣人とのトラブルで引っ越しを余儀なくされたとしても、自費で引っ越すことになる場合が多いと考えられる。
それを踏まえて、石毛弁護士は「隣人の行為が悪質である場合は、警察に通報したり弁護士に相談したりすることで、隣人の法的責任を追及できる可能性はあります」と付言した。