そこで気になるのが、昨今、たびたび報じられている「新幹線のトラブルによる運休」である。災害等による事故のほか、鉄道会社側の過失による列車や機器等の故障等もある。
たとえば、JR東日本の企画切符「きゅんパス」のシーズン只中である今年3月6日に東北新幹線はやぶさ・こまちの列車分離事故が発生し、その影響が14日まで及んだ。もし、ゴールデンウィーク期間中に新幹線がそのようなトラブルで運休した場合、せっかくの予定が台無しになる可能性もある。
それによって何らかの損害が発生した場合、利用者は鉄道会社に対し損害賠償を請求できるのか。損害賠償請求事件の経験が豊富な荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。
鉄道会社の約款は「切符の払い戻し等以外、免責」
新幹線がJR側の過失に起因するトラブルで運休になった場合、JRに対し損害賠償を請求することができるか。荒川弁護士:「旅客が鉄道を利用する場合、鉄道会社との間で商法上の『旅客運送契約』を結んでおり、鉄道会社はこの契約に基づき『運送する義務』を負っています。
もし、鉄道会社がこの義務に違反した場合、損害賠償をしなければなりません(商法589条、590条参照)。
ただし、この損害賠償責任は『特約』で免除、または軽減することが認められています。これを受け、JR各社の『運送約款』では列車遅延の場合に責任を軽減する規定を置いています。
たとえば、JR東海運送約款では『その原因が当社(JR東海)の責に帰すべき事由によるものであるか否かにかかわらず』切符の払い戻し等に限って請求できるとしています(JR東海運送約款290条の3-1参照)」
つまり、JR東海に故意・過失があったとしても、旅客は切符の払い戻ししか請求できず、その他の損害の賠償を請求できない。
荒川弁護士は、このような条項の背後に、旅客は鉄道の便益を享受する代わりに相応のリスクを負うべきという考え方があるという。
荒川弁護士:「旅客は、鉄道を利用することによって、比較的安い運賃で気軽に長い距離を迅速に移動できるという大きなメリットを享受します。
その代わりに、鉄道の運行につきまとう事故・トラブル等による遅延のリスクを甘受すべきだということです。
この考え方は一般論としては妥当です。なぜなら、列車が遅延するたびに鉄道会社が損害賠償していたら、そのコストを今の運賃で賄うことはできず、鉄道会社の経営がもたないからです」
鉄道会社に「故意」「重大な過失」があっても免責されるか?
とはいえ、鉄道会社に故意、または故意と同視できる程度の重大な過失があるケースも考えられる。そのような場合にまで鉄道会社の損害賠償義務を免責することは、公序良俗違反(民法90条参照)にあたり無効ではないのか。荒川弁護士は、運送約款の条項が、故意・重過失の場合にまで免責を認めている点については、民法90条の公序良俗違反の問題が生じる余地があると説明する。
荒川弁護士:「鉄道会社に故意・重過失があるというのは、容易には想定しがたい、きわめて例外的なケースだと考えられます。
もし、今後そのようなケースが発生して裁判になった場合、運送約款の当該条項のうち、故意または重過失の場合にまで免責を認めている点については、無効と判断される可能性があります。
実は、民法90条ではなく憲法17条が問題になったケースではありますが、2002年に最高裁が『郵便法違憲判決』で、似たような枠組みの判断を行っています(最高裁平成14年(2002年)9月11日判決)」
最高裁判例の“ロジック”によれば…
この事件は郵便局が民営化される前のもの。当時、郵便法にはJR東海の運送約款と似たような条項がおかれていた。第一に、損害賠償請求できるケースを、書留郵便物や小包郵便物を『亡失、毀損(きそん)』した場合や、代金引換の郵便物で代金を取り立てなかった場合のみに限り、賠償額にも制限を設けていた。
第二に、損害賠償請求できる者の資格も、郵便物の差出人またはその承諾を得た受取人に限定していた。
荒川弁護士:「最高裁は、これらの条項のうち、故意または重過失によって損害が生じた場合に国の損害賠償責任を免除または制限した部分について、憲法17条に違反すると判示しました。
憲法17条は『何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国または公共団体に、その賠償を求めることができる』と定めています」
重要なのはその理由付けだという。
荒川弁護士:「最高裁は、郵便局が限られた人員と費用の制約の中で、日々大量に取り扱う郵便物を迅速に、なるべく安い料金で公平に処理することが要請されていることを指摘しました。
そして、すべてについて損害賠償をしなければならないとすれば、多くの労力と費用を要するので料金の値上がりにつながり、妥当でないとしました。
そのうえで、故意または重大な過失による不法行為はごく例外的な場合であり、そのような場合にまで国の損害賠償責任を免除または制限する合理性は認められないとして、上述の郵便法の条項を憲法17条違反としたのです。
法律・条文こそ異なりますが、同じ理屈は、鉄道の運送約款が公序良俗違反にあたるかという問題についてもあてはまります。なぜなら、運送約款の免責条項は、鉄道会社側に故意や重過失があった場合を想定してはいないと考えられるからです」
郵便法違憲判決のロジックによれば、もし、鉄道会社の故意または重大な過失による事故が発生して電車が遅延し、それが裁判で争われた場合には、運送約款の免責条項が部分的に無効と判断される可能性が考えられることになる。
鉄道会社の運送約款に限らず、約款等の「免責条項」は「公序良俗違反」(民法90条)になってはならないという制約を受ける。また、約款は多くの人に一律に適用されるものであり、納得できない条項があっても契約せざるを得ないこともある。
しかし、場合によっては、郵便法の事例のように、納得のいかない条項の有効性について、訴訟等で争う余地も残されているということを、知っておいて損はないだろう。