令和5(2023)年の特殊詐欺の認知件数は1万9038件、被害総額は452.6億円に上る(警察庁まとめ)。膨大な件数と金額だが、その一件一件に被害者がいて、加害者がいる。そして、加害者のなかには「少年」もいる。
少年たちは検挙されると、まず家庭裁判所に送致される。彼らに対し、なぜ自分が特殊詐欺という犯罪に加担してしまったのか、何が誤りだったのか、今後どうすべきか、などについて自分で考え、語らせるべく、粘り強く接するのが、家裁調査官である。
家裁調査官はどのように、少年たちの心の「闇」に迫っていくのか。現役の家裁調査官・高島聡子氏(京都家庭裁判所・次席家裁調査官)が自身の実務経験をもとに語る。
※本記事は家裁調査官・高島聡子氏の著書「家裁調査官、こころの森を歩く」(日本評論社)より一部抜粋・再編集したものです。なお、記事中の具体的な事実関係はモデルとなった実際の事件とは異なるものに設定しています。
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末端の少年は「トカゲの尻尾」なのか?
家裁に送致されてくる少年の多くが末端の実行役、いわゆる「受け子(被害者からキャッシュカードなどを受け取る役)」や「出し子(そのカードでATMから現金を引き出す役)」だが、近年の特殊詐欺は恐ろしく分業化されていて、実行役である少年たちへの指示は時間が経てば消えてしまうメッセージアプリを介して行われ、黒幕が逮捕されることは少ない。この手の事件で、付添人弁護士からよく主張されるのが、次のような「トカゲの尻尾」理論である。
「本件詐欺の被害額は確かに高額であり、被害者も多数いる。しかし、真に罰すべきは少年に指図をした主犯であって、単なる受け子でしかない少年に長期間の身柄拘束を伴う厳罰を与えるのは、いわゆる『トカゲの尻尾切り』であって意味はない」
いかにも現場で切り捨てられてジタバタしている感じだが、一方で少年が何も考えていないようなニュアンスもあって、私は「本当にそうかな?」とも思う。
特殊詐欺の「受け子」をした少年との“対話”の始まり
少年鑑別所の面接室で私の目の前にいる17歳の少年。受け子として複数の被害者から金銭をだまし取り、被害額は600万円を超える。身長のわりに胸板が薄く、ヒョロリとバランスの悪い体格だが、垢抜けなさが新入社員ぽく見えなくもない。少年との面接は、送致された事件について間違いがないかを確かめる認否確認から始まる。
ただ、送致された非行事実を「氏名不詳者と共謀し、詐取した」などとそのまま読み上げても伝わらないから、内容をかみ砕きつつ、事案の要点は変わらないようすべての事実を読み上げる。
地名だけでは少年自身どの件か区別がついていないようだったが、「ほら、犬に吠えられた家だよ」などと手がかりを与えると、ようやく一件一件の区別がついたようで、少年はぶっきらぼうに「そのとおりっすね」とうなずいた。
次は、私がどんな役割の人間で、なぜ少年と面接を行うかの説明だ。
「この内容に間違いがなければ、あなたのしたことは、人をだましてお金を取る、『詐欺』という犯罪です。二度と同じことをやってはいけません。
家庭裁判所では、あなたや保護者から、事件のことだけでなく、事件の背景になったあなたの普段の生活や家庭のこと、いろいろな話を聞きます。
その中で、あなたがどうしてこういう犯罪をやったのか、二度と罪を犯さないためにどうすればいいか、あなたと一緒に考えていくのが、調査という手続です。
そのために、私はこれから何度か、鑑別所にあなたに会いに来ます。
あなたがどうしても話したくないことは、無理に話す必要はないけれど、私があなたに会うのは今言ったような目的のためだから、話したくない理由は教えてもらえるといい」
事案内容や少年の考えによっては最終的な処分として少年院や検察官送致もあると伝えると、少年はようやく表情を改める。
「じゃあ、どういうことでこの事件に関わることになったのか、教えてくれるかな」という最初の質問に、どの辺りから遡り、どの程度要領を得た話をするかで、少年の能力や成熟度をはかる。
そして、事件の経過を追いながら、「その時にどう思った?「どんな気持ちだった?」「それでどうなると思っていた?」と、繰り返し少年自身の認識や感情を聞いていく。
「#即日即金 #高収入」に釣られて
先輩のバイクを借りて運転したら転んで、車体に傷をつけた。先輩から「下手金」として20万円を要求されたけど、余裕のなさそうな親には言えなかった。高校を中退してからアルバイトは長続きせず、始めたばかりの現場仕事のバイトも、日当は安いし、キツいし暑い。使い慣れたSNSで「高額バイト 日払い」と検索したら、スマホの画面いっぱいに募集が表示された。札束の写真と一緒に「絶対安全!」「1日15万」「未成年可」と謳っているアカウントに、試しにDM(ダイレクトメッセージ)を送ると、丁寧な口調の返信があり、本人確認のために免許証を持った自撮りの写真を送れと言われた。
スーツを着てカードの入った封筒を受け取る仕事だと言われた時には、さすがになんかヤバいんじゃないかとは思ったが、それでも「絶対安全」と書いてあるんだから捕まることはないだろうと思った。
指示役からの指示は図解まで入ってわかりやすく、カードのすり替えも、書いてあるとおりやれば相手に怪しまれることもなかった。
1件目はちょっと緊張したが、最初の報酬として10万円がもらえると、2件目からは楽になった。
指示役の「年寄りはズルをしてため込んだ金の使い道に困ってます。死んだら国に取られる金を、困ってる私たちにちょっと回してもらうだけ。金は世間の回りもの」とのメッセージに、そんなものかと納得した。
先輩に返す金と、あとちょっとだけ遊ぶ金を稼いで逃げればいいと思っていたが、最初の報酬をもらったあとは、次の件をやったらまとめて支払うと後回しにされた。
「都合が悪くなった」と言ってみたら、指示役の口調は「免許証でおまえの家はわかってるんだ」と一変して怖くなり、張り込んでいた警察官に逮捕されるまで、事件は続いた。
自身を「トカゲの尻尾」と表現する少年に
少年は不満げな顔で言う。「オレって『トカゲの尻尾』なんやろ?」
「どういう意味なんだろうね?」
「弁護士さんが言ってた。指示したヤツがもっと悪いんやって。被害額600万って何度も言われるけど、これ全部オレが取ったことになるん? 『絶対安全』って書いてあったのに捕まったんだから、オレもだまされたってことにはならんの?」
取ってつけたような弁解も、「そんなわけあるか!」と突っ込みたくなる言い分も、まず聞く。
少年の口は調子よくペラペラと回るが、その話からは、少年の情報の取り入れが自分に都合よく断片的で、情報を組み立てられないことによる見通しの甘さ、犯罪に対する警戒心の乏しさが浮かび上がってくる。
鑑別技官に聞いたテスト結果も見ながら生育史をたどれば、知的能力は低いが支援の対象になるほどではなく、活動性の高さと表面的な口のうまさゆえに、親からも教師からも不適応を見過ごされてきたことがわかる。
自分で深く考えることの苦手な少年にとって、この犯行マニュアルはいかにも楽だっただろう。
鑑別所の少年の日記には、親が面会に来てくれないことの泣き言ばかりで、被害者のことは一言も出てこない。
次に面接に行くと、少年は不安そうに「オレ、少年院なんかな?」と聞いてくる。
「どうしてそう思うの?」
「弁護士さんが謝りに行ったけど、相手の人、すげえ怒ってたって。あの犬の家の人も、オレの取った金、おばあちゃんの手術のためのお金だったからめっちゃ困ってるって。
「あなたは前回、自分もだまされたみたいなものだと言ってたね? 最初に検索した時にどんな仕事だと思ってたんだろう?」「ヤバいんじゃないかと思ったけれど、でも捕まらないだろうと思ったのはどうしてだろう?」「あなたの連絡先は指示役にバレてるよね。また実行役をやれと連絡が来たらどうする?」
どこまでも問う。問う。問う。少年が、自分の考えをたどり、自分の中の甘さや、ずるさや、弱さがどう事件につながったのか、考え始めるまで。
あなたはトカゲの尻尾じゃない。ここにいることも、すべてあなた自身の選択の結果だ。
試験観察処分開始…少年がした「最初の約束」
観護措置期間中、親が駆け回ってわずかながらでも被害弁償の意思を見せ、無断欠勤の状態になっていた少年のアルバイトも、もう一度雇ってもらえる目処がついた。審判では裁判官からの質問に、少年は緊張で声を上ずらせながら、時に考え込みながら答えていた。
少年は在宅試験観察(一定期間生活の様子を見守ったのちに最終的な処分が決まる中間処分)となった。裁判官は少年に対し、次のように告げた。
「君が、鑑別所で自分のしたことの責任や、自分自身の問題を、いろいろと考えたことはわかった。
試験観察のスタートに、親と付添人弁護士も同席のうえで、期間中の約束について少年と話し合う。一冊のノートの最初のページに、これは裁判所からの指示、と「二度と犯罪に関わらない」と書いて少年に渡し、「あなたが裁判官に約束したことを書いて」と伝える。
「え、ちょっと待って」と審判の緊張から解放されたばかりの少年は慌てている。
助け舟を出したそうな付添人弁護士を目で制し、少年の言葉を皆で黙って待つ。少年が小さな小さな文字で書いたのは、「仕事をがんばる」「ひがいしゃの人にあやまる」の二つ。
まずは自分の頭で考えること。あなたはトカゲの尻尾じゃない。
高島 聡子
京都家庭裁判所次席家裁調査官。1969年生まれ。大阪大学法学部法学科卒業。名古屋家裁、福岡家裁小倉支部、大阪家裁、東京家裁、神戸家裁伊丹支部、広島家裁、神戸家裁姫路支部などの勤務を経て2025年から現職。