大阪・西成で、今も旧遊郭の名残りをとどめる「飛田新地」。
大正7年（1918）に開業したこの歓楽街は、戦後に赤線として遊郭の機能を引き継ぎ、昭和33年（1958）に売春防止法が施行されると“料亭街”に姿を変えた。
そして“客と仲居の自由恋愛”とすることで、遊郭・赤線時代の営業内容を現代に残している。
「なぜ飛田は必要なのか」
そう問いかけるのは、かつて飛田新地で親方（料亭の経営者）を経験し、現在は女性のスカウトマンとなった杉坂圭介氏。
飛田の中にいたからこそ語れる内情は、色街を単なる好奇の対象としてではなく、社会を深く考察する上で貴重な証言となるだろう。
連載第1回は、女性を集める手段としての「求人広告とスカウト」についてだ。
※ この記事は、飛田新地のスカウトマン・杉坂圭介氏の著作『飛田で生きる　遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白』（徳間文庫、2014年）より一部抜粋・構成しています。

求人広告とスカウト、どちらがいい？

女の子を店に集める方法は、大きく分けて2つあります。ひとつは求人広告。フリーペーパーなどに広告掲載料を払って広告を打ち応募を待つ方法です。
もうひとつはスカウト。風俗やキャバクラ、ときには飛田のほかの店で働いている子に直接交渉し、引き抜く方法です。どちらの方法も一長一短あります。
広告の場合、お金さえ払えば向こうから応募が来るので楽という利点がある。しかし必ずしもよい子が来るとは限らないのが難しいところ。
当たり外れは運次第といえます。
一方スカウトの場合、自分の目で見ていけるという子にアタックをかけるので質に関してはある程度保証されますが、夜な夜な女の子探しに繰り出す労力と資金の問題が発生します。
毎日キャバクラや風俗に顔を出すのは正直しんどい。一度そういうお店にいくと最低でも2万円は使うので、1週間続ければそれだけで10万円以上の出費になります。空振りに終わった場合はただの無駄づかいになってしまうのです。
求人広告でいちばん気をつけなければならないのが、厄介ごとに巻き込まれないこと。不特定多数に向けて広告を出しているので、当然さまざまな子から電話がかかってきます。すぐに断らなければならないのは、薬物中毒から借金苦に陥っている子と、ミテコ（身分証明書を提出できない子・年齢詐称の子）です。
騙されてそんな子を雇ってしまったら後が怖い。その子が店を辞めたあとに何かで問題を起こして警察に捕まった場合に、「生活費を飛田で稼いでいた」などと供述されてしまったら、家宅捜索を受ける羽目に陥ることもあるのです。
私が実際に面接をした子のなかには、薬物をやっていそうな子が何人かいました。
そういう子は、なぜか美人が多い。
だから待ち合わせの喫茶店に現れたとき、思わず「これは上玉や」と気分が高揚するのですが、話してみるとどこか様子がおかしいことに気づきがっかりするのです。
口元は笑っているのに、目線が定まらない。そしてグラスを持つ手が震えている。こんな兆候があったら、どんなに美人であろうと断ることにしています。

面接段階で「どこの店か」知らせない理由

厄介ごとを抱えてなさそうで、容姿もよい。そうすると次に見るのが性格です。
「とりあえず金が欲しい」といういい加減な子では、お客さんを怒らせてしまうケースが多いので注意が必要です。なぜこの業界に来たのか、よその店を辞めて来たのならその理由を聞き、きちんと説明ができる程度にはまじめな子を選ぶようにしています。
また、なんの前触れもなく店から姿を消すことを“飛ぶ”と言いますが、前の店を飛んで辞めてきている雰囲気を感じたら断ります。そういう子は同じことを必ず繰り返す傾向がありますし、たちの悪いことに人手が足りないときに限って飛んだりするのです。
面接をして見た目が合格で、本当に働く気があるまじめな子だったら、そこで初めて自分の店まで連れて行きます。本人がよければ、その日から働いてもらうこともあります。
しかし、「こいつ、ほんまにやる気あんのかな？」と不安に思ったら、飛田の街をぐるっと1周回って自分の店には連れて行かず、もう1回喫茶店で面接し、改めて意思を確認します。

面接段階では、変な噂（うわさ）を流されないためにもどこの店の親方かは知られないほうがいいのです。広告の文面にも、お店を特定できるような情報は入れません。面接で断った子が恨みに思い、インターネットで批判的なことを書くことも珍しくないからです。
「△△のマスターには気をつけて。面接と言いながら迫ってきたで」
「喫茶店で話したあといきなりホテルに連れて行かれた」
インターネットの影響はバカになりません。面接で断った子や無断欠勤が重なって辞めさせた子が腹いせに店の悪口をあることないこと書きまくったせいで、極端に応募して来る子が減ったというのはよく聞く話です。インターネットが常識となった現代ならではの悩みといえるでしょう。

キャバクラ嬢でも「真ん中から上レベル」の容姿でないとやっていけない

ときには、飛田では絶対にやっていけないレベルの女の子から連絡が来ることもあります。そういうときは、世間話程度に面接を済ませ、街をぐるっと2周ほど回る。察しのいい子なら、回っていくうちにどんどん表情が暗くなっていきます。
「自分、わかったやろう？」
「……ええ」
「向こうの通りやったら働けるところあるやろうから、紹介したろうか？」
メインや青春通り（※）だと、キャバクラ嬢でも真ん中から上レベルの容姿でないとお客さんがつきません。せっかく来てくれたのに申し訳ない気持ちもありますが、それが現実なのです。そのレベルの高さを実際に見てもらえば、ほとんどの場合は納得してくれます。

※ 若い女性がもっとも多いのが青春通り（正式名称「桜木町」）。青春通りから離れるに従い女性の年齢層が高くなっていく。メイン通り（正式名称「山吹町」）は青春通りの1本隣で、同様に若い女性が多い。杉坂氏の店はメイン通りにあった
「やっぱり、やめときます」
駅まで送ってあげてお別れです。ところがなかには、現実を見てもまったく動じない女の子がいるのです。
「見て感じたろう？ 自分のレベルじゃ無理や」
「どうして無理なんですか？ 私は勇気を持ってきたのに」
「勇気は買うけど、座っても稼げなかったら仕方ないやん」
「どうして私じゃ、稼げないんですか？」
「だから自分のレベル、あの子たちより劣っているやろう」
「そんなことないです。それは好みの問題です」
こういう子の場合には、うちには合わないのでほかの店をあたったほうがいい、と粘り強く説明し、それでも引き下がらない場合は実際にほかのお店を紹介してあげることにしています。
広告で来る子の9割は、メインや青春通りでは通用しないがほかの通りではできそうな子か、もしくはそもそも飛田では通用しない子かどちらかです。しかし、ごくまれに当たりの子がくることもあるので、求人広告をやめることができないのです。

25歳美女が“あえて”妖怪通りを選んだワケ

ある日、久しぶりに当たりの子が面接にきたことがありました。永作博美似のかわいい子で、幼い顔立ちながら色気もあり、確実にうちの看板になれる子でした。
「自分、きれいな顔してるから、メインでも十分通用するで。
うちで働いたらええやん」
「でも、メインは人通りも多いけど、周囲に、美人が多いじゃないですか。あたし、他人と競争するのが苦手なんです。お客さん、つかなかったら落ち込むから」
どうせやるなら稼ぎたい。そして何より、勇気を振り絞って店に座る以上、少なくともお客さんがつかないことだけは避けたい。せっかく体を張って頑張っているのにお客さんに無視されるなんて、こんなに屈辱的なことはありません。
その気持ちはわかります。しかしこちらも必死です。なんとしても確保しておきたい人材だったのです。
「そんなことないやろ。自分ならいけるって」
「今、私は25歳です。1か月前まで青春通りにいたんですけど、両隣りのお店、20歳の女の子ばっかりです。25歳だと、ちょっとしんどくて。
だから通りを変えたいんです」
確かに向こうの通りに行って、両隣りに40代のオバちゃんが並ぶなか、ひとり25歳の子が座っていればとてつもなく若く見えます。青春で座っているときに、「オバはん」と言われていた子が、向こうに行ったら「若いな、この子」と言われる。
女の子も気分がいいわけです。Aクラスのところで下位に甘んじるのだったら、Bクラスのトップを狙いたい。
誰しもこういう経験はあるのではないでしょうか。たとえば学生時代に受験校を選択する際、頑張って勉強すればぎりぎり手の届く学校に入学して成績下位グループをうろうろするくらいなら、ワンランク落とした学校で成績上位グループに入って学生生活を満喫したいと考えたことはあると思います。女の子たちも同じような感覚で店を移ることがあるのです。
結局その子はうちの店には入らず、妖怪通り（※）の店に入ったそうです。
※ 「青春通り」の3本隣で、女性の年齢層が比較的高い。正式名称「弥生町」


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