ある新入社員が会社の全体会議で突然発言した。これがきっかけとなり、入社からわずか27日、試用期間中に解雇された。
発言に根拠があればよかったのだが、訴訟に発展した結果、裁判所は「組織的配慮を欠いた自己アピール以外の何物でもない」と判断。「会社が行った解雇はOK」との判決を出した。(東京高裁 H28.8.3)
試用期間中も含めて、日本では解雇がOKになることは非常に少ない。しかし今回の社員のように、企業秩序を維持できないほどの人物であるとされれば解雇が認められることがある。
以下、事件の詳細だ。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
会社の主な事業は、空調服の販売など。Aさんは、パート従業員として入社し、社会保険労務士の資格を持っていた(当時43歳)。Aさんは、入社から27日で解雇を言い渡されている。経緯を整理しよう。
■ 採用
会社は親族企業だったが、業績好調にともない業務の拡大を決定。そのために社内体制(労務関係や経理関係など)を整えることとなった。
ある日、経営コンサルタントからAさんを紹介された。コンサルいわく「Aさんは社労士の資格を持っていて経理関係の知識・経験がある」とのことであった。
■ 面接
その後、面接を実施。Aさんが提出した履歴書には次の記載があった。
- 海運代理店1社、卸売会社3社に勤務
- 総務(労務を含む)、経理、営業、貿易など全般を経験
- 志望動機「労働社会保険諸法令に関心が高く、労務関連の職務は望外の喜びです」
- 本人の希望「職務を労務に限定しないこと」
■ 入社
晴れてAさんは入社。以下、契約内容を抜粋する。
- 試用期間1か月
- 能力・技能、勤務態度、健康状態について不適切と認めた場合は採用を取り消す
朝礼でAさんがあいさつをした。判決文を再構成し、会話風にお届けする。
Aさん
「このたび入社したAです。労務担当として入社しました」
~ 朝礼終了後 ~
社長
「今、労務とおっしゃっていたけど、経理も得意だということだから、経理の方をお願いします」
社長としては経理部門を強化したかったのだろう。Aさんは経理担当になった。
■ トンデモ行動に
Aさんが入社するまでは、会計事務所が会社の試算表などを作成していた。経理担当となったAさんがこれまでの試算表や総勘定元帳に目を通したところ、「これはおかしいのでは...」と感じたようだ。
そして週に1回の全体会議で、突然! Aさんはおおむね以下のような発言をした。
「試算表や総勘定元帳の売り上げや仕入れの計上方法が違っている!」
「試算表や決算書が間違っている!」
今まで会計事務所に作成してもらっていた試算表などに対して、全体会議でこのような自信満々の発言をしたのである(これについて、裁判所は冒頭のように「組織的配慮を欠いた自己アピール以外の何物でもない」と糾弾している。詳細は後述)。
■ 解雇
その2日後、Aさんは解雇を言い渡された。会社の言い分は「引き続き従業員として勤務させることが不適当と認められたため」というもの。
Aさんは「解雇は無効だ」と訴訟を提起した。
裁判所の判断
Aさんの敗訴である。解雇がOKとなった。裁判所は「経理の資質がない」旨判断している。■ Aさんの能力を買って採用した
具体的に、裁判所の見解は以下のとおり。
「Aさんを雇用したのは、業況拡大に対応した社内体制構築の一環としてであり、Aさんが社会保険労務士の資格を持ち、経歴からも複数の企業で総務や経理の業務をこなした経験があることを考慮し、労務管理や経理業務を含む総務関係の業務を担当させる目的であり、人事、財務、労務関係の秘密や機微に触れる情報についての管理や配慮ができる人材であることが前提とされていた」
■ 普通は突然会議でとりあげないだろう
裁判所は次のように、「(Aさんの行動は)組織的配慮を欠いた自己アピール以外の何物でもない」と糾弾した。
「経理処理上の誤りを発見した場合においても、まず、自己の認識について誤解がないかどうか、専門家を含む経理関係者に確認して慎重な検証を行い、自らの認識に誤りがないと確信した場合には、経営陣を含む限定されたメンバーで対処方針を検討するという手順を踏むことが期待される」
「しかし、Aさんは自らの経験のみに基づき、異なる会計処理の許容性についての検討をすることもなく、従来の売掛金等の計上に誤りがあると即断し、上記のような手順を一切踏むことなく(中略)必要性がないにもかかわらず、突然『決算書に誤りがある』との発言を行ったものであり、組織的配慮を欠いた自己アピール以外の何物でもない」
■ 経理の資質ナシ
というわけで裁判所は「経理の資質ナシと判断されてもやむを得ない。これは採用前に知ることができなかったし、もし事前に知っていたら採用することはなかっただろう」として解雇OKと結論付けた。
最後に
今回は専門知識や経験があるはずなのに、経験者とは思えない非常識な発言によって解雇OKとなった。会社という組織の中では、仮に正しい意見であっても、伝え方やタイミングを誤れば「信頼関係の破壊」とみなされることがある。多少仕事ができないくらいで解雇OKになることはないが、今回のように度が過ぎた行動に出ると企業秩序を維持できないとして解雇が認められることがあるのでご注意を。