台湾の名字「家族全員バラバラ」? 子どもの姓は「抽選」で決める? 日本と全然違う“制度と価値観”が生まれたワケ
選択的夫婦別姓の導入をめぐり、議論が進んでいる。立憲民主党が今国会での法案成立を目指し民法改正案をとりまとめ、ゴールデンウイーク明けの審議入りを目指す方針だ。

日本の「夫婦同姓」制度は世界的にも珍しく、そして批判の対象にもなっている。昨年10月には、国連女性差別撤廃委員会が2003年以来4度目となる勧告を日本政府に行った。
夫婦別姓に関しては「子の姓をいつ決めるか」という点が問題視されている。仮に「子の出生時」とした場合には、きょうだいで姓が異なるなどの懸念が出るためだ。4月23日、国民民主党は「夫婦の婚姻時」を軸に制度導入を検討するとした論点整理の原案をまとめた。
さて、台湾では以前から夫婦別姓制度が導入されており、台湾人からは日本の同姓制度は奇異に映るという。一方で、両親と子の姓がすべて異なるといった、一般的な日本人には違和感のある状況も、台湾ではごく普通に見られる。
夫婦別姓の是非を考えるにあたって、日本と同じ東アジアに位置し文化的背景も共通している台湾の現状は、重要な参考事例となる。本稿では、台北に在住し、現地で俳優・タレントとして活動する葛西健二氏が、「姓」をめぐる台湾の制度・法律を解説する。(本文・葛西健二)

ガッキーの結婚で「夫婦同姓」が注目された

いささか旧聞に属しますが、2021年に女優の新垣結衣さん(愛称「ガッキー」)が結婚した時に、台湾では変わった見出しを掲げて報じた新聞がありました。
「閃婚太震撼!新垣結衣變星野結衣 日股『跌了』 」(今日新聞2021年5月20日)。直訳すれば「電撃婚に衝撃!新垣結衣が星野結衣に 日本の株価が『下落』」となります。
東京の株価が下落したのはこじつけめいていますが、新垣結衣さんが星野源さんと結婚することで「星野結衣」になるのは、台湾の熱狂的なファンからすれば耐え難いものがあったのかもしれません。

ガッキーの結婚をきっかけに日本の夫婦同氏制度が注目されることとなり、同年6月23日、日本の最高裁が「夫婦同氏制度」を合憲とする2度目の決定を下した際には台湾でも大きく取り上げられました。
女性の社会進出が進む台湾では、日本の夫婦の大半は妻の方が夫に姓を合わせている現状について、「結婚によって女性が、それまで築いてきた人脈や資産などの人的・物的財産を失ってしまう」と考える人も少なくありません。
そのため、改姓がもたらす大きな負担を指摘する記事(天下雑誌 2021年7月4日・為什麼日本女性還要強制冠夫姓?)が注目を集めました。
それ以外にも「日本では女性の社会的地位の向上に更なる努力が必要だ」とする見解のコラム(風傳媒2021年6月26日・已經21世紀、日本女性婚後還是要從夫姓!百年習俗細說分明)や「今回の最高裁決定は同姓による家族の一体性が重要と位置づけた」と分析する論説が掲載されています(換日線 2021年8月13日・新垣結衣變星野結衣?日本「夫妻同姓制」到底怎麼回事?)。
近年では、年間600万人を超える台湾人が日本を訪れています。そうしたなかで、台湾の人々は「親しみのある日本の不思議な習慣」として、自国の文化や価値観との差異を興味深く受け止めており、まるで「面白がっている」ような印象も受けます。

近親婚を避けるための「同姓不婚」

中国では、約3000年前の西周代から20世紀初頭まで、「同姓不婚」の制度が設けられていました。
清朝末期にこの制度は撤廃されましたが、福建や広東から移住してきた人々が多くを占めていた当時の台湾では、多様な親族関係や血縁が複雑に入り組んでいたため、近親婚を避ける手段として、同姓不婚の慣習はなお不可欠なものであり続けました。
2014年10月、台湾メディアは、台湾で「同姓」結婚が17万4350組に達したことを報じ、「真愛無禁忌(真の愛にタブーなし)」と見出しを掲げ、長年続いた同姓不婚の伝統が、もはやタブーではなくなったと伝えました(華視新聞 2014年10月30日「真愛無禁忌 同姓結婚17萬對」)。
さらに、2018年の内政部(日本の総務省や法務省に相当)の統計報告書では、「夫妻同姓」が統計項目の一つとして記載され、「我が国の伝統習俗として、同姓は結婚しない」との説明がある一方で、同年6月時点での夫妻同姓数が17万5933組に上ることも示されています。
これらの報道と報告書はいずれも、同姓不婚が台湾の「伝統」であったことを前提としています。
そのうえで、報道はそれがすでに「タブーではなくなった」と強調し、報告書ではあえて統計項目として「夫妻同姓」を明示していることからも、逆説的に、台湾社会においては今なお同姓不婚という慣習が一定程度根付いている、と見ることができるでしょう。

台湾では大多数の夫婦が「別姓」

さて、台湾では異なる姓の者が結婚した場合、その後の名字はどういった扱いになるのでしょうか。
中華民国民法1000条では「夫婦は各自の姓を保持する」と定められており、結婚後も夫婦別姓が原則となります。

実際、私の知人も、例えば夫は「林さん」、妻は「陳さん」のように、夫婦別姓の家庭が大多数です。
なお民法1000条には続いて「但し当事者の姓に配偶者の姓を冠するには戸政機関での登記が必要となる」とあります。
つまり、戸政機関で書面登記をした場合は、当事者の姓に配偶者の姓を冠することができるというものです。
これを「冠姓」と呼びます。
例えば「林 大明」さん(男)と結婚した「陳 美麗」(女)さんが夫の姓を冠した場合、陳さんは「林陳 美麗」さんとなります。
有名なところでは、台湾ではありませんが第4代香港特別行政区行政長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)さんがいます。元々は「鄭月娥」だったものが、林さんと結婚して冠姓を選択しています。
もっとも、以前は台湾でも冠姓を使用する人がいましたが、現在この慣習はほとんど残っていないようです。

子どもの姓はどうなる?

夫婦別姓が原則の台湾社会では、子どもの姓の決定について、どのような選択肢があるのでしょうか。
以前の中華民国民法では「子は父方の姓に倣う」とされていましたが、男女平等を推進する社会の変化に伴い、2007年に大幅な修正が加えられました。
現行の中華民国民法1059条では「出生登記前に、両親合意の下で父母の姓のいずれかを子の姓とする書面を作成する」と定められています。
実際には出生届の提出期限(出生後60日以内)に父方または母方の姓を子の姓とする署名入りの申請書を戸政機関(台湾における戸籍に関する事務を取り扱う行政機関)に提出することで、子の姓が決まります。
興味深いのは、同条同項にて「合意に至らなかった者には、戸政事務所での抽選(くじ引き)で決定される」と規定されていることです。

出生届前に子どもの姓で紛糾するという事態は、婚姻の際には「夫または妻の氏を称する」と規定されている日本(民法750条参照)では起こりえない、夫婦別姓ならではの問題です。
その事態の最終的な解決法が「役所のくじ引き」であるのは、確かに公平・公正ではあります。しかし、あまりにシンプルな方法であるがゆえに、「それでいいのか」「あとで後悔しないか」という懸念が生じるおそれもあります。
また、離婚後の親権問題等も考慮されているのか、中華民国民法1059条には「子の成人前に、両親の合意で子の姓を変更することができる」と規定されています(1回のみ)。
さらに、子の成人後は、当人自らが父母どちらかの姓を選択変更する機会も設けられているのです(1回のみ)。
修正後の中華民国民法1059条からは、父母の意思とともに子の意思も尊重されていることが伺えます。

同じ家族でも全員の「姓」が異なるケースも

夫婦別姓の台湾社会では、再婚の場合に子どもの姓はどうなるのでしょうか。
中華民国民法では「養育者の姓を称するか、または元の姓を維持する」と定められています。
「林さんと陳さんの一人息子である、林くん」は、林さんと陳さんの離婚後、陳さんが「王さん」と再婚したケースを考えてみましょう。
このケースでは、養育者である「王」の姓を名乗ることも、以前のまま「林」を使うことも、どちらも可能です。
後者の場合、この家庭は「王」姓の父と「陳」姓の母、そして「林」姓の息子という構成になります。
さらに王さんが前妻の姓「張」を名乗る連れ子を伴っていた場合には、家庭内の4人全員が異なる姓を称することになるのです。
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離婚と再婚の状況によっては、家族4人全員の姓が異なることもあり得る(イメージ図・松田隆作成)

このケースは極端な状況に思えるかもしれません。

しかし、実際に、私の妻(台湾人)の知人である「劉」さんは、前夫「黄」さんの姓である2人の息子を伴い「鄭」さんと再婚しました。子供はそのまま「黄」姓を維持し、父母と子が異なる姓の家庭を構成しています。
2人の子がまだ幼いため「成人までには姓をどちらかに変更する予定だ」ということですが、実際にこのような家庭が身近に存在するのが、台湾社会なのです。
各自が異なる「姓」を持つことの多い台湾の家庭では、「姓を共有する家族としてのアイデンティティ」の構築や、「家族の一体性の維持」にまで、一定の影響が及ぶ可能性も想定できます。
台湾社会においては父方・母方といった親族関係における「血のつながり」が重視されますが、その背景には「姓」だけでは家族としての一体感を形成しにくいという事情も関係しているかもしれません。

同性婚が合法、離婚率は世界2位

2019年5月、台湾はアジアで初めて同性婚を合法化しました。同「姓」の結婚を禁止していた社会で、同「性」の結婚がいち早く実現したということです。
内政部の統計によると、結婚届けが受理された同性カップルは2019年5月~2023年末の時点で約1万3千組に上っています。
男女平等の実現や多様性ある社会の形成を進め、さまざまな性的指向やライフスタイルを尊重するなど、「姓」だけでなく「性」に対しても柔軟であることが台湾社会の特徴です。
ただし、台湾の離婚率はアジアで1位、世界でも2位とされています。
離婚率の高さや夫婦別姓の普及により、家族内に複数の「姓」が存在するケースが増えるなか、台湾社会における家族の一体性やアイデンティティの在り方は今後どのように変化していくのか。
夫婦別姓の議論が進む日本でも、隣人である台湾社会の状況を、これからも関心を持って見ていく必要があるでしょう。



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