中高生向け「憲法教室」学びを通じ“危機感”“疑問”…主催する弁護士も「教えられる」子どもたちの明らかな変化
「憲法」と聞くと、難解な条文や試験勉強のための暗記を思い浮かべる人も多いかもしれない。だが、それは本来、誰もが「自分らしく生きる」ための土台となるものだ。

福岡市にある「大橋法律事務所」では、隔週日曜日に「中高生のための憲法講座」が開かれている。主催するのは、同事務所の弁護士・後藤富和さん(X:@ponkititurbo)。教える相手は中学生や高校生だが、その内容は司法試験レベルの本格的なものだ。
講座に参加した中高生たちは、憲法を通して社会の課題に目を向け、自らの言葉で声を上げ始めている。学校の授業とは異なる、“生きた憲法”の学び。その裏側を取材した。(倉本菜生)

中学生の発信に心を動かされ、憲法講座を立ち上げる

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「中高生のための憲法講座」第4回では「包括的基本権・法の下の平等」がテーマとなった

3月30日、筆者はオンラインで「中高生のための憲法講座」に参加した。この日の参加者は中高生数人と、大人が7名ほど。「今日は珍しく大人のほうが多い」と後藤さんが笑う。
後藤さんが「中高生のための憲法講座」を始めたきっかけは、ある中学生の街頭活動に心を動かされたことだった。
「ある日、中学生の男の子が一人で街頭に立ち、憲法の問題点について語っているのを見かけました。気になって調べてみると、彼はSNSでも熱心に憲法について発信していた。でも、その投稿には大人たちから『ウソをつくな』『ちゃんと勉強しろ』といった心ないコメントが大量に寄せられていたんです。

それを目にして、『これはひどい』と感じました。真剣に学び、発信している子どもを、大人たちが一方的にたたいている。それがどうしても許せなかった。そこで、きちんと学ぼうとする子どもたちを、理論面で支えたいと思い、この活動を始めました」
昨年の春に始まった憲法講座は、1年間で全12回、隔週日曜日に開催されている。初年度は十数人の中高生が参加した。そして2年目となる今年は、評判を聞いた大人からも「参加したい」と声が寄せられ、大人の受講も可能になった。現在は中高生と大人を合わせて20人ほどが受講している。
受講生は高校生が中心で、男女比はほぼ半々。大人は保護者だけでなく、教員や市議会議員など、教育や学校問題に関心を持つ人たちも参加する。
「面白いなと思うのは、参加している大人が、“護憲派”と呼ばれる平和運動をしてきたような層とは、少し違うところです。護憲派の人たちの勉強会では、どうしても憲法9条が中心になりがちですが、それは憲法の一部にすぎません。
僕が重視しているのは、憲法を体系的にきちんと学ぶこと。
講座の内容自体は、あまり面白くないかもしれませんが、司法試験レベルの本格的な学びを提供しています」
中高生が相手でも、内容に妥協はしない。
「憲法の本質に立ち返り、そこから学びを深めていく。人権など、憲法に書かれている内容が、実は自分たちのごく身近にあるものだと気づいてもらえるように工夫しています」

校則は表現の自由の侵害? 中高生の視点に「目からうろこ」

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後藤さんは判例も示しながら校則問題を説明していく

筆者が参加した第4回の講座では、「個人の尊重、幸福追求権」(憲法13条※)の観点から、校則問題が取り上げられた。校則を扱う回は、子どもたちからの反応が特に大きいという。
※憲法13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」
「中高生が“自分事”として関心を持ちやすいテーマである校則は憲法とどう関わっているのか。法律を学んだことのある人であれば、『個人の尊厳に基づく自己決定権』(13条)と関連付けて説明することが多いと思います。
でも子どもたちのなかには、『表現の自由』(21条)と結びつけて考える子もいます。服装やメイクを通して『自分を表現したい』と考える子にとって、校則はまさに、表現の自由に関わる問題なのです」
この考え方には後藤さん自身、「新鮮な視点で、目からうろこだった」と語る。
「大人になると、服装なんてどうでもよくなってしまいがちですが、中高生にとっては自己表現の手段。多感な時期において、自分らしさを示す大切な手段を、校則という形で大人が奪っているという現実に、改めて気づかされました」

学びが“言葉”を生む。子どもたちに起きた変化

憲法講座に参加した子どもたちには、明らかな変化が表れているという。自分の感じている「違和感」や「不満」を、言葉にできる子が増えているそうだ。

「中高生は『おかしいな』と感じたことがあっても、それを言語化するのが難しい。気持ちをうまく整理できずに、暴力や暴言として表れてしまうこともあります。
でも、憲法を学んだ子どもたちは、今直面している問題が、どの人権に関わっているのか、自分がなぜそれを『おかしい』と感じるのか、自分の言葉で説明できるようになっているようです」
実際、講座を受けたあと、学校に対して意見書を提出した中学生もいたという。
講座に参加して2年目になる高校1年生の健太さん(仮名)も、学びを通して自分なりの考え方を持てるようになったひとりだ。健太さんは中学3年生の時に受けた公民の授業がきっかけで、憲法に関心を持つようになったという。
「先生が『憲法では個人の尊重をうたっているけど、公共の福祉によって、個人より全体が優先される』って説明したんです。でも、そのときの僕は『それって違うんじゃないか』と違和感を覚えました」
疑問に思った健太さんは、小学生のころから面識のあった後藤さんに相談した。
「後藤さんに『先生の説明って正しいんですか?』と聞いたら、『それは先生の解釈で、的外れだ』と教えてくれて。学校の先生が言うことも、『正解』とは限らないんだと知り、ちゃんと自分で勉強したいと思ったんです。それで、この講座が始まってからずっと参加しています」
講座の内容は毎年同じだが、「繰り返し受けることによって、理解が深まっている」と健太さんは話す。
「学校の憲法の授業は、受験対策の側面が強いと思います。憲法の語句を暗記で覚えさせるとか。
でも、それだと中身までは理解できない。受験が終われば忘れてしまう。
この講座で学んでいると、『じゃあこの場合はどうなるの?』とか、いろんな考えが浮かんでくるんですよ」

「先生が現実を知らない」中高生と教師に広がる温度差

健太さんのように子どもたちが学校の教育に疑問を抱く背景には、教える教員側の「社会との接点不足」が影響していると、後藤さんは指摘する。
「先生と生徒の間で、社会の出来事に対して温度差があるのが、ひとつの原因だと感じています。僕はよく先生向けの講演をするんですが、あるとき、同性婚訴訟やレインボープライドの話をしたら、『ニュースをちゃんと見ようと思いました。裁判の傍聴はちょっとハードルが高いので』と感想をくれた先生がいました。
正直、がっかりしましたね。というのも、僕の周りの中高生たちは、裁判の傍聴によく行っているんですよ」
生徒たちが自ら行動して社会とつながろうとしている一方で、教員の側がその現実に追いつけていない。そのギャップを後藤さんは憂う。
「もちろん、自分で裁判を傍聴して、授業に生かしている先生もいますし、教員の皆さんは基本的に真面目で優秀な方ばかりです。でも、あまりに多忙で、社会に目を向ける余裕を失っている。それが、今の教育現場の大きな課題だと感じています」

「これは自分の問題だ」社会を捉える中高生の感性

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中高生の熱量の高さには後藤さんも驚くという

社会問題に対し、意欲的な子どもたち。憲法講座を続けるなかで、彼らから教えられることも多いと、後藤さんは語る。
「9条の話をしたとき、高校生たちが“自分事”として真剣に考えていたことに驚きました。
戦争がどこか遠い国の話や昔の話ではなく、『自分が巻き込まれるかもしれない』『自分が行くことになるかもしれない』という危機感を持って勉強している。その感性にハッとさせられました」
なかには、気候変動問題に声を上げている生徒たちもいるそうだ。
「気候変動なんて、僕ら大人が招いてしまった問題なのに、子どもたちは『このままじゃ地球に人が住めなくなる』と、さらに下の世代のことを考えて訴えている。そんな姿を見ると、本当にすごいなと感じます。自分がその年齢だったときに、同じことができただろうかと思わされますね」

憲法を通じて「幸せになっていい」と伝えたい

後藤さんが憲法講座を通じて子どもたちに伝えたいのは、「自分の幸せを肯定し、自分の頭で自由に考えることの大切さ」だという。
「学校や社会では、努力や忍耐、根性といった言葉が重視されがちです。まるで自由や幸せを求めるのが悪いかのような空気がある。
でも、そうじゃない。憲法上、僕たちは自由で、幸せを求める権利がある。憲法を通して、自分は自由で幸せになっていいんだという『当たり前』の感覚を、心の底から実感してもらいたいと思っています」
大橋法律事務所ブログより「中高生のための憲法講座(全12回)」(講座案内)
■倉本菜生
1991年福岡生まれ、京都在住。龍谷大学大学院にて修士号(文学)を取得。専門は日本法制史。
フリーライターとして社会問題を追いながら、近代日本の精神医学や監獄に関する法制度について研究を続ける。 主な執筆媒体は『日刊SPA!』『現代ビジネス』など。精神疾患や虐待、不登校、孤独死などの問題に関心が高い。 X:@0ElectricSheep0/Instagram:@0electricsheep0


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