
関西の自治体で50代の女性職員が「上司に違法行為を強要された」と訴え出た。
委託先職員への業務の直接指示は、いわゆる「偽装請負」だ。「(違法になると思うなら)違法にならない方法を考えてほしい」とはぐらかす上司との応酬は、法廷闘争にまで発展した。
※ この記事は『まさか私がクビですか? なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(日経BP)より一部抜粋・再構成しています。
委託先の職員に「仕事を教えてあげて」
2018年3月、ある地方都市の女性職員が4月から働くことになった市教育委員会の部署で前任者から引き継ぎを受けていた。「この方は採用されたばかりなので仕事を教えてあげてください」。何気なく紹介されたのが、市が業務を委託している民間団体の職員だった。
臨時雇用や派遣ではない外部委託の職員と、同じ職場で同僚のように机を並べるのは女性にとって初めてのことだった。新たな職場ではグループリーダーを任され、委託先職員も含めた組織内のまとめ役となった。
いざ新年度が始まると慣れない業務に忙殺され、市民向け講演会などのため休日出勤も余儀なくされた。上司の課長に負担軽減を求めても「年度初めなので仕方がない」と諭された。
それまでの部署でほとんどなかった残業は4月、約70時間だった。
過大な負担からうつ病に
事件の概要(『まさか私がクビですか?』より転載)
採用されたばかりの委託先職員も業務に不慣れだった。講師の依頼や調整、事務処理などは女性が指導に当たりながら代わりにこなすことも少なくなかった。
さらに精神的な負荷となったのが、委託先職員との仕事のやりとりが、実態は労働者派遣なのに委託の形で規制を免れる「偽装請負」ではないかという疑念だ。膨大な業務と過大な負担に、4月末にうつ病と診断された。
労働者派遣法は委託している側から委託先の労働者に業務を直接指示することを禁じている。必要な場合は労働者が所属する委託先の事業者や団体から指示をしてもらわなければならない。
労働契約が結ばれないまま立場の弱い働き手を拘束すれば、残業代の支給や労災などのトラブルを巡って労働者側が不利益を被りかねないためだ。
厚生労働省は指揮命令関係の有無などが線引きの基準になるとして、ガイドラインで「作業の手順や早さを指定するのは違法、設備の使い方を教える場合は適法」などと具体的に例示している。
「クロを薄いグレーに」
女性は職場の現状について市内の労働局にも見解を問い合わせ、委託先職員に自身が行っていたのは紛れもない業務指示で違法行為だと確信した。まずは業務の指示や指導をするよう求めてきた課長に是正を迫った。だが、反応は鈍かった。「今年は移行期間にすぎない」「そう思うなら違法にならない方法を考えてほしい」などとはぐらかされた。別の上層部にも訴えたが、話し合いの中で「クロを薄いグレーにしたい」などの発言も飛び出した。
問題意識に欠ける対応に募った不信感は、人事評価を下げられ、着任からわずか半年で異動の内示が出たことで頂点に達した。女性は2020年7月、違法行為の強要や不当な異動辞令などがパワハラに当たるとして、市に対して110万円の損害賠償を求めて提訴した。
トラブル相談は3倍以上に

自治体による業務委託料は増え続けている(『まさか私がクビですか?』より転載)
自治体が外部委託を活用する背景にあるのが深刻な人手不足だ。
総務省によると、2021年の地方公共団体の総職員数は約280万人と約30年で15%近く減った。志願者も減少し、地方公務員の採用試験倍率は2022年度に5・2倍と過去30年で最低。
仕事を請け負う側でフリーランスの働き方が広がっていることも追い風に、地方自治体が計上した委託料は2022年度に計9兆円超と過去最高額になった。
一方で、トラブルも増えている。フリーランスの相談窓口を設けている第二東京弁護士会によると、偽装請負を含む労働トラブルに関する相談は2023年度に1024件となり、2021年度から3倍以上に増えた。
裁判でも双方の主張は真っ向から対立した。女性側は「課長らは違法行為と分かった上で委託先職員に業務指示を出すよう強要した」と主張。市側は課長が命じたのはあくまで委託先職員に対する支援や助言にとどまり業務指示には当たらないと反論した。
違法行為の命令はハラスメント
2024年2月の地裁判決は、市が業務を委託していた民間団体から職員への指示がなかった状況に触れ「(女性は)支援や助言を超えて直接の指揮命令を行っていると評価でき偽装請負の状態」と認定した。課長が偽装請負の可能性を認識しながら「職務上の優位性を背景に違法行為を命令した」のはハラスメントに当たると判断。人事評価や異動に関するその他の女性側の訴えは退け、市側に約20万円の賠償を命じた。双方が控訴したが、大阪高裁は判断を維持、市側が最高裁に上告している。
そもそも業務効率化を目的とする外部委託によって組織内の負担が増すのは本末転倒だ。
仕事を外部に託すのは便利だが、結果につなげるのも組織内に生じた摩擦の火種を消せるのも、重要なのは円滑な人間関係かもしれない。訴訟の中ではあつれきが生じた職場の雰囲気を嘆く同僚らの声も紹介された。
市はその後、問題になった外部委託を直接業務に切り替えた。