石丸伸二氏「恫喝」訴訟で“敗訴”確定…安芸高田市は「個人責任の追及」ができるか?【弁護士解説】
前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏が、市長在任中の市議会議員Y氏に対する「名誉毀損発言」をしたとして、Y市議が市と石丸氏に損害賠償を請求した裁判で、最高裁は23日、市の上告を受理しない決定を行った。これにより、石丸氏の「個人責任」を否定し、市に33万円の損害賠償を命じた広島高裁の判決(昨年7月3日)が確定した。

なお、上告は市の意向によるものではなく、石丸氏が市の「補助参加人」の資格で「上告受理の申立て」を行ったもの(民事訴訟法42条、45条、318条参照)。しかし、上告受理の申立てが認められるのは、最高裁の判例に違反した場合か、法令の解釈に関する重要問題がある場合に限られているため、それらがない本件では受理されないことが明らかだった。
一審判決も二審判決も、石丸氏の行為が名誉毀損にあたると明確に断じたが、石丸氏個人の賠償責任は認められなかった。なぜか。また、33万円の損害賠償責任を負わされた安芸高田市が石丸氏の個人責任を追及する方法があるのか。東京都国分寺市議会議員を3期10年にわたり務め、行政法と地方自治に詳しい三葛敦志弁護士に聞いた。

被害者による石丸氏個人への「個人責任追及」が“できない”理由

石丸氏は2020年に市議会内でY市議から「議会を敵に回すと政策が通らなくなる」などと「恫喝」されたと発言した。また、同内容についてSNSに「敵に回すなら政策に反対するぞ、と説得?恫喝?あり」など複数回の投稿を行った。
昨日、定例会後に議会から異例の呼び出しを受けました。居眠り事件について話がある、と。

数名から、議会の批判をするな、選挙前に騒ぐな、事情を補足してやれ、敵に回すなら政策に反対するぞ、と説得?恫喝?あり。

これが普通かどうかわかりませんが、実態なのは確かです。#安芸高田市 #議会
石丸伸二 (@shinji_ishimaru) September 30, 2020
これに対し、Y市議は、名誉毀損で安芸高田市と石丸氏個人の両方に対し、損害賠償を求め訴えを提起した(市に対しては国家賠償法1条項、石丸氏個人に対しては民法709条に基づく)。
一審の広島地裁、二審の広島高裁はいずれも、石丸氏の発言が真実ではなく、かつ真実相当性(※)もないとして、名誉毀損の成立を認め、安芸高田市に33万円の損害賠償の支払を命じた。他方で、石丸氏個人への請求は棄却した。そして、今回、最高裁が上告不受理の決定を行った結果、判決が確定した。
※真実と信じたことについて相当な理由がないこと
SNS等で石丸氏を擁護する意見の一部には、その根拠として、石丸氏個人の損害賠償責任が認められなかった点を指摘するものがみられる。
しかし、現実には、これは誤りである。一審の広島地裁は、石丸氏がY氏に対する名誉毀損発言をしたと明確に事実認定している。また、発言の違法性(石丸氏の発言に真実性も真実相当性も認められないこと)も明確に判示した。そして、二審もこれを維持している。
裁判所が石丸氏個人の賠償責任を否定した根拠は、公務員の職務行為により発生した損害について、公務員個人の損害賠償責任を否定した最高裁の判例である(最高裁昭和30年4月19日判決)。
なぜ、公務員個人への損害賠償責任は否定されるのか。
三葛弁護士:「国家賠償法は、その公務員が属する行政主体(国、地方公共団体)にのみ損害賠償責任を負わせる趣旨だと考えられています。これは、公務員に萎縮効果を与えるのを防ぐためです。

というのも、公務員には、新奇性のある政策や、賛否のある政策を実行することが必要な局面が出てきます。そのたびに訴訟で個人の賠償責任を追及されるおそれがあるとなれば、政治的な判断がしにくくなります。
民主主義の下では、選挙の結果などによって、政策をめぐる風向きが大きく変わることがあります。風向きが変わった場合に、従来の政策を行ってきた公務員が個人責任を追及されると、その公務員にとって大変酷なことになります。
その他にも、不法行為を行った公務員が誰なのかを特定できなくても、行政主体を被告とすることで責任追及が可能というメリットもあります」
石丸氏個人への請求が認められなかった理由は、石丸氏の発言が名誉毀損にあたらないからでも、違法性が否定されるからでもない。三葛弁護士が指摘するように、単に法律の解釈上、公務員の個人責任の追及が認められていないからにすぎない。

安芸高田市が石丸氏の「個人責任」を追及できる?

安芸高田市は、石丸氏の不法行為により、損害賠償責任を「負わされた」形になる。
そこで問題となるのは、安芸高田市が、名誉毀損発言を行った張本人である石丸氏に対し「個人責任」を追及することが認められるかである。
国家賠償法によれば、安芸高田市がY市議に損害賠償金を支払った場合、石丸氏に「故意または重大な過失」があれば、同市は石丸氏に対し「求償」を行うことができる(国家賠償法1条2項参照)。
本件では、石丸氏が、Y市議は「恫喝発言」をしていないにもかかわらず、その発言が「あった」と言ったと認定されている。したがって、問題は、石丸氏に、Y市議の恫喝発言が「あった」と誤信したことにつき故意または重大な過失が認められるかである。
三葛弁護士:「『故意』までいかずとも、『重大な過失』が認められる可能性は十分にあると考えます。
石丸氏には、少なくとも『認識の誤り』があったと認められます。
そこで問題となるのは、その点が軽過失にとどまるのか、それとも重過失なのかです。過失の有無と軽重は、一般人を基準に判断されます。
本件では、Y市議が『恫喝発言』を行ったと主張しているのは石丸氏だけで、その他に『恫喝発言』があったことの証拠は認められていません。
したがって、一般人を基準とすれば、Y市議が『恫喝発言』が行われたと誤信する余地が乏しい状況だったといわざるを得ません。
石丸氏はその状況下で、Y市議の『恫喝発言』があったと誤信し、その誤信に基づきY市議の名誉を毀損する発言や投稿を行った。したがって、重過失が認められる余地は十分に考えられます」
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安芸高田市役所(PIXSTAR/PIXTA)

SNSへの投稿の前に「考える時間」あった

三葛弁護士は、石丸氏がSNSに投稿したことも、重過失を裏付ける根拠となりうると指摘する。
三葛弁護士:「SNSに投稿するには、文面を考えるプロセスがあります。自分が認識を誤った可能性はないか、名誉毀損にあたるおそれはないか、などを十分に吟味する時間があったといえます。
事前にスタッフに相談したり、場合によっては弁護士に相談したりすることも可能です。事実、そのように慎重を期したSNS運用を行っている政治家も多いのです。
したがって、そういった吟味・相談などをせず、SNSへの投稿を行ったことは、重過失を認定する要素となり得ます」

市が責任追及を回避しても「住民による責任追及」の制度も

ただし、石丸氏個人に対する求償権が認められる余地が十分あるとしても、実際に市が求償権を行使するかどうかは別の問題だとも説明する。
三葛弁護士:「市が、石丸氏とこれ以上関わりたくない、メディアや多くの方から必要以上に注目を集め場外乱闘のようになるのは望ましくない、などの考慮から、Y市議に33万円の損害賠償を支払い、石丸氏に対する求償のための訴訟を避けることは、十分に考えられます。
もっとも、その『不作為』に対し、市民から住民監査請求(地方自治法242条)・住民訴訟(同242条の2)が行われる可能性も考えられます」

安芸高田市は石丸氏への「求償権行使」の検討を表明

弁護士JPニュース編集部では、今回の判決確定を受け、安芸高田市に対し、同市がY市議に賠償金を支払った後、石丸氏に対し国家賠償法1条2項に基づき求償権を行使する予定があるか否かについて、問い合わせた。
これに対し安芸高田市は、5月1日付けで「求償に関しまして、現在弁護士と協議・検討しているところです」と回答した。



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