フジテレビの情報番組「めざまし8」(3月に放送終了)では昨年7月、「中国SNSでの“密漁”動画拡散が理由? 伊勢エビ・ウニ・ナマコ…外国人による違法な漁が急増 狙われる日本の高級海産物」とのニュースを報じている。
『週刊SPA』2024年5月21日号では「[中国密漁3.0]の実態」との特集を組んでいる。また、個別の案件については新聞各紙での報道も多い。(ジャーナリスト・高口康太)
メディアの報道内容とは
いくつか代表的な事例を紹介しよう。・千葉県市川市のカキ殻不法投棄
千葉県市川市は2023年4月に「カキ殻投棄禁止条例」を制定。江戸川放水路にはカキやマテ貝、ホンビノス貝などの魚介類が生息する。漁業権は設定されていないので誰でも自由にカキを採ることができるが、中身だけ持ち帰り殻だけを不法投棄する行為が続出。地元有志が清掃活動を続けるが負担は大きい。2022年にはカキ殻不法投棄で中国籍の男女6人を書類送検した。
(「江戸川産」のカキ殻不法投棄が深刻 地元は異例の条例施行で対抗/朝日新聞デジタル、2023年6月9日)
・東京湾でワタリガニ密漁
千葉県木更津市、ライトで海面を照らし、集まってきたワタリガニをトングでつかみとる。密漁者に話を聞くと、「カニ、スピード早いでしょ。ハサミで狩ったら、面白い遊び」と答えたという。
(悪質…東京湾でワタリガニ“大量密漁” 中国人が次々「蒸し焼きにする」/テレ朝ニュース、2023年12月19日)
・茨城県大洗市のビーチで禁止区域内における潮干狩り、採捕量超過
潮干狩り禁止区域で潮干狩りをする中国人6人組。買い物カゴいっぱいに貝を採っていたが、資源保護のために決められている採捕量を超過していた。密漁にあたる。
(「俺、違反じゃない」後を絶たないハマグリの“密漁” 懲役刑や罰金刑の可能性も…/日テレNEWS、2024年4月29日)
・千葉県銚子市、立ち入り禁止の堤防で怪しい動き
立ち入り禁止の堤防内に入り込み、カキを採る2人組。注意すると立ち去っていった。
(中国SNSでの“密漁”動画拡散が理由? 伊勢エビ・ウニ・ナマコ…外国人による違法な漁が急増 狙われる日本の高級海産物/FNNプライムオンライン、2024年7月24日)
これらの報道からは、“本職”の密漁ではなく、レジャー感覚で違法行為におよんでいる事例も少なくないことがうかがえる。また、事件の背景として指摘されているのが、中国SNSでの情報共有だ。
SNSと密漁
以前、筆者が執筆した記事【中国SNSで「外免切替」“攻略”法が拡散? 日本人が知らない「中国人と運転免許」実態とデマ】でも紹介したが、中国のネットには「攻略」と呼ばれるコンテンツが多数ある。コスパのいい化粧品はなにか、よく効く医薬品とは、日本旅行で行くべき場所と注意点、海外不動産の購入方法などなど、知りたい情報についてまとめられた記事や動画を意味する。
ドウイン(中国版TikTok)やネット掲示板、動画投稿サイト、旅行情報サイトなどあらゆる場所に「攻略」は掲載されているが、特に人気が高いのは中国版インスタグラムこと「小紅書」(RED)だ。
REDで「日本 赶海(潮干狩り)」と検索すると、多数の情報が出てくる。実用性の高い情報が多いのが「攻略」の特徴で、潮干狩りに適した大潮の日程をまとめた投稿もあるほか、潮干狩りスポットの紹介など投稿は多い。
さらには「カキが山盛り収穫できました。一緒に行きたい人はコメントして」との書き込みもあれば、マテ貝が住む穴に塩を入れると飛び出すといった豆知識もあった。
在日中国人だけではなく、旅行者に対する紹介としての書き込みもある。中国人の旅行はかつて買い物中心だったが、団体旅行から個人旅行にシフトし、リピーターも増える中で、ちょっと変わった体験を楽しみたいニーズが高まっている。日本での潮干狩りも、その一つなのだろう。
また、投稿を閲覧していると、山盛りの収穫を誇っているものも多く、本人はなんとも楽しそうである。「攻略」に書かれているとおりにやっていると、気づいたら密漁していたケースは多い。
もっとも報道で取りあげられた場所の多くは長年、密漁問題に悩んでおり、中国語で警告の看板が立てられていることも多いだけに、それが目に入らなかったとの言い訳は苦しそうだ。
#横須賀海上保安部 は、葉山町職員とともに密漁防止のための看板を設置しました。当部では、ここ数年、 #三浦半島 の沿岸において多くの密漁事犯を検挙しています。今後も関係機関と共に、厳正な #密漁 取締りに取組んでいきます。遊び感覚での密漁が多いと報じられているが、では、商業目的での密漁はないのだろうか。
神奈川県の磯遊びのルールはこちらhttps://t.co/JdNPuAOCkJ pic.twitter.com/Y67jZs91hq
海上保安庁 (@JCG_koho) March 31, 2022
大量に採った海産物を個人間で売買することは行われている。在日中国人のグループチャットで、「こんなにたくさん貝が取れたのだけど、欲しい人いる?」といったメッセージを書き込み、販売するといった手法だ。
中国のスマホ決済は高度に発展しているため、欲しいと手を挙げる人がいればチャット内で送金が完了する便利さもある。
商業目的での組織的な密漁もあるが…
また、中国向け輸出を目的とした密漁も一部にはある。2023年に沖縄で天然記念物のオカヤドカリを捕獲した容疑で、中国人2人が逮捕された。他にも類似案件が見つかっており、中国向けに密輸されていた。中国では野生動物を食べる行為を「野味」と言うが、高い金を払っても絶滅危惧種や天然記念物を食べたい人はそれなりにいる。ウミガメや中国チョウザメ、果てはジャイアントパンダにいたるまで密猟事件がある。オカヤドカリもそうした需要がありそうだ。
組織的な密漁といえば、サンゴが有名だ。特に2014年から2015年にかけて、小笠原諸島近海に多数の中国漁船が進入し、サンゴを乱獲したことは知られている。漁業法改正により厳罰化されたこと、また同海域でのサンゴが減少したことによって、密漁船の数は減少した。
こうした事例はあるものの、組織的な密漁の多くは中国人ではなく、日本人によるものとみられる。
鈴木智彦『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館、2018年。2021年に文庫化)に詳しいが、アワビやナマコ、ウニ、カニなどの密漁は暴力団の資金源で、その産業規模は100億円を超えると推定している。
密漁された水産物は日本の食卓にも出回るが、中国で好まれるアワビやナマコを中心に中国へと輸出されている。つまり、日本で中国人犯罪組織が大々的な密漁ビジネスに取り組めば、暴力団の利権と衝突することになるが、少なくとも現時点ではそうした動きは伝えられていない。
9年前から進まぬ対策
冒頭で述べたとおり、潮干狩りシーズンに入ると毎年、中国人の密漁に関するニュースが報じられる。これはいったいいつから始まったのだろうか。記事検索サービスを使うと、2016年のフジテレビ「中国人の“爆・潮干狩り”がヒドイ! 密漁エリアでカキ取まくり」が初出のようだ。その前年まで盛んだったサンゴ密漁の問題、さらには2015年の流行語大賞に選ばれた「爆買い」の連想もあって、中国人の迷惑行動に関するニュースバリューが高まったためではないか。
それから、はや9年がたっているが、ほとんど対策は進んでいない。せいぜい中国語の警告看板が増えたぐらいだろうか。
思い出すのが筆者と梶谷懐氏の共著『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、2019年)執筆のために訪問した山東省威海市栄成市のビーチだ。
栄成市は中国屈指の監視社会先進地域で、ビーチにも監視カメラが設置されている。なにか違法行為をすれば、監視カメラ画像からAI(人工知能)が異常を検知し、すぐに警官が駆けつけてくる。
こうした監視社会化は息苦しいものであることは確かだが、一方で従来のやり方、つまり警備をして摘発次第処罰する方式だと、警備の人手が足りないのでほとんどのケースで捕まることはなく、限界がある。
「ルールを破り、レジャー感覚で密漁してしまう」
中国人の犯罪として報じられることも多いが、実際には日本人が摘発されている事例も多い。
水産庁の発表によると、2022年の密漁検挙件数のうち、大半は「漁業者以外」によるもの。中でも、近年は「徒手採捕」(としゅさいほ)、つまりは手づかみによる密漁が増加傾向だという。
ルールの周知徹底、広報だけでは限界がある。あるいはテクノロジーを活用した解決方法を模索するべき時期なのではないだろうか。
■ 高口康太
1976年生まれ。ジャーナリスト、千葉大学客員教授。中国経済、中国企業、在日中国人社会などを中心に取材、執筆。