また、ネット上にも、「持ち家は売却しなければいけない」「マイホームが生活保護の障壁になる」などの情報が散見されます。
しかし、これは誤りなのです。役所が個別具体的な事情を考慮せずにこのような対応をするのは、明らかに違法です。どういうことか、実際の法制度はどのように設計されているのか、解説します。(行政書士・三木ひとみ)
間違って解釈されることの多い「資産活用」の本当の意味
生活保護制度には、「資産活用の原則」というものがあります。生活に困窮した人は、その有する資産(現金、預貯金、有価証券、自動車、生命保険、不動産など)を最大限に活用してもなお「最低生活費」に足りない分を生活保護で補うというものです。これは、国民の税金で運営される生活保護制度の公平性を保ち、本当に他に頼る手段がない方を優先的に保護するための根幹となる原則です。
持ち家は、すぐに現金化できるわけではないものの、売却することでまとまった資金を得られる可能性のある「資産」とみなされます。
しかし、持ち家は他の現金等の資産とは異なる扱いがなされます。理由は3つあります。
第一に、憲法で「居住・移転の自由」が保障されています(憲法22条1項)。第二に、生活再建のためには、むしろ持ち家に住み続けた方がメリットが大きいケースもあり得ます。第三に、長年の生活の基盤、家族の思い出が詰まった、目に見えない価値もあります。
そのため、「生活保護を申請する際は持ち家を売却しなければいけない」というネット上にあふれている情報をうのみにする必要はないのです。
法は社会が円滑に機能するためのしくみ、社会の構成員である「人」が幸せに生きていけるためのしくみです。
決して、経済的苦境に陥った人々に「自己責任」を押し付けたり追い詰めたり、一種の「制裁」を加えたりするものではありません。そんなことをすれば、社会は殺伐としたものとなり、治安は悪化します。
生活保護の法制度は、そういう人々が生活を建て直すことができるように、あるいは人間としての尊厳をもって生きられるように、血の通った対応を行うためにあるものです。「自己責任」「自助努力」「働かざる者食うべからず」といった粗雑な論理で済ませられるならば、国に政府が存在する意味がありません。
持ち家を売らなくても生活保護を受けられる「例外」とは
まずは、生活保護制度の原則的なお話から。生活保護の申請が受理されると、福祉事務所は申請者の収入資産の調査を行います(経済援助を含む)。持ち家の有無、種類(一戸建て、マンションなど)、築年数、所在地、市場価値、住宅ローンの残高などが細かく調べられます。
こうした資産調査は、あくまでも生活保護を受ける本人のものだけであって、別居の家族の資産などは調査されません。また、申請と同時に勝手に資産調査されるわけでもありません。
あくまでも、生活保護申請後に、金融資産の調査に同意する書面の説明を受けて、納得のうえ署名して、初めて、個人情報である収入資産の調査が可能となります。
そして、ここからがネット上でよくみられる誤り、あるいは役所の違法な対応です。
「原則として、持ち家があると判断された場合、福祉事務所は申請者に対して持ち家の売却指導を行う」
住み慣れた家をまず売れと言われたら、誰だって困惑するでしょう。
持ち家がある場合の生活保護の扱いについては、平成16年(2004年)5月18日付けの「不動産の保有の考え方」という社会保障審議会の文書に記載されています。
冒頭には「原則」がこのように書かれています。
【原則】
「不動産については、売却することが原則」
しかし、これはあくまでも「原則」です。その直下にその「例外」「例外のそのまた例外」(原則に戻る)が以下の通り記載されています。
【例外】(売却の必要なし)
「被保護世帯の居住の用に供される家屋およびそれに付属する土地については、保有を容認し、保護を適用」
【例外のそのまた例外】(原則に戻る⇒売却等が必要)
「ただし、処分価値が利用価値に比して著しく大きいと認められる場合は、売却等による資産の活用をした上で、保護の要否を判断」
そして、実際には「原則」ではなく「例外」が適用されるケースが相当多いのです。
「例外のそのまた例外」というのは、たとえば都市部の一等地の持ち家に住んでいる場合などがあたります。そのような状況で生活保護が必要になることは、容易には想定しがたいでしょう。
持ち家を売らずに済むケースは多い
少なくとも、私がこれまで行政書士として申請書を作成して対応した中で、ローンの残っていない持ち家に住んでいる方が生活保護申請をするにあたり、また保護決定後も、売却を「指示」されたケースはありません。また、「例外の例外」にあたる場合でも、状況に応じて不動産を所有したまま保護を受給している方もいます。あくまでも、「活用できる資産は活用すべき」というのが法制度の趣旨です。
不動産に売却価値がない場合や、共有名義で独断では売却、現金化できない場合などは、「活用できない財産」なので、必ずしも売却しなければ生活保護を受けられないわけではありません。
その代わりに、持ち家に住みながら生活保護を受給する場合は、家賃なしで住む場所が確保されているため、家賃補助としての住宅扶助費は原則として支給されません。
ただし、のちに介護が必要となって自宅生活が困難となれば、介護施設への転居費用も支給されます。その場合には介護施設の家賃が住宅扶助として支給されるようになります。
また、持ち家の老朽化で住めなくなった場合には、役所に引っ越し費用を支給してもらって賃貸住宅へ転居し、生活保護受給を継続するケースもあります。
このように、生活保護に関する法令は、杓子(しゃくし)定規な運用ではなく、申請者一人ひとりの置かれた状況にきめ細かく配慮する側面を持ち合わせています。
以下、持ち家があっても生活保護が認められた具体的なケースを、2つ紹介します。
住み慣れた環境を維持する必要があったケース
関西圏に住む30代女性のXさんは、両親の相次ぐ死による精神的落ち込みから仕事で失敗が続き、ついに限界が来て引きこもり生活を送るようになっていました。資産は、親が残してくれたローンのない持ち家以外になく、収入はゼロ。親族は亡き両親のほか、連絡を取り合っている人はいませんでした。
役所に生活保護の受給の相談に行くも、「まだ若いのだから仕事を探してください」「家を売って生活費に充てたらどうか」と、あえなく門前払いされました。
「親が残してくれた大切な形見の家を売るなどできない」と生活保護をあきらめ、食べるものも食べられずやせ細ってしまった様子を見かねた友人から、私の行政書士事務所に相談があったのです。
すぐに私が事実をありのまま記載した申請書を役所に提出したところ、すんなり保護申請が通りました。
その後、固定資産税の支払い時期が来ましたが、通常の生活保護費だけでは物価高の昨今、貯蓄をする余裕もなかったので、固定資産税の自己負担分も公費で支給されました。
住み慣れた住居で一時的に生活保護に頼り、徐々に元気を取り戻したXさんは、今では生活保護を卒業して、IT関係の仕事を在宅でされています。
生活保護が必要なのは、必ずしも、身体機能が著しく低下した高齢者や、重度の障害を持つ人だけとは限りません。最近はXさんのように、若い方でもストレスフル社会でうつ病など精神疾患を患い、転居そのものが物理的、精神的に大きな負担となる方もいるのです。
住み慣れた環境を維持することは、生活の安定に不可欠です。長年生活してきた地域社会とのつながりや、かかりつけ医との連携なども考慮されます。
高齢者のなかには、バリアフリー化された長年住み慣れた自宅で暮らしながら、生活保護を受給している方も多くいます。
持ち家の老朽化が激しく転居を希望したケース
九州にお住まいの70代のYさん夫婦は、築年数が古く、建物の劣化が激しい持ち家で低年金の苦しい生活をしていました。交通の便も悪く、また災害リスクもある地域で、市場価値がほとんどない、あるいは売却できてもわずかな金額にしかならないような持ち家でした。
売却にかかる仲介手数料や登記費用などを考慮すると、売却益がほとんど残らない、あるいはマイナスになる可能性のある持ち家は地方ほど多く存在します。
このような場合、売却しても生活再建につながらないと判断され、持ち家での生活保護が認められるわけですが、Yさん夫婦は「階段も急で危なく、とてもこの家では暮らせない」と、引っ越しを希望されました。
そして、持ち家での生活保護申請、保護決定後、Yさん夫婦自らの希望により、役所に引っ越し費用を支給してもらい、1階の民間賃貸住宅に引っ越しをされました。
持ち家の屋根が雨漏りして、その修理代として借りた100万円の負債も抱えていました。自己破産という選択肢もありましたが、貸してくれた人との信頼関係を守るためきちんと返済したいと希望され、あえて破産手続きなどはせず、保護費から借金を返済する道を選ばれました。
生活保護費をやりくりして、どのような使い道に充てるかは、基本的に本人の自由です。
現在も生活保護を受給されながら、夫婦寄り添ってつつましく穏やかな暮らしをされています。
“住宅ローンの残債”があっても生活保護を受けられる
生活保護費から住宅ローンを返済することは、原則として認められません。しかし、たとえば、あと数か月で住宅ローンが完済となるような状況で、売却してしまうとかえって経済的な損失が大きい場合もあります。ローンの残債が少ない場合は、例外的に生活保護費でローン返済をしながら、持ち家での生活保護が認められることもあります。
「うちはローンがまだ多額に残っているし、子どもの学校の関係もある。引っ越しができる状況にもないから、やはり生活保護は受けられないのか?」
このような場合も、生活保護をあきらめる必要はないのです。特にお子さんの転校は、学業面に支障をきたしたり、大切な友人関係を失ったりして、精神的に著しい悪影響を及ぼすおそれがあります。
ローンが多額に残っている住宅では、基本的に生活保護費から資産形成となるようなローン返済は認められないものの、子どもの福祉を最優先に考えれば、住宅ローンがあるという理由だけで現に生活に窮している人の保護申請を却下することには人道上の問題があります。
特に、受験を控えている場合や、特別な支援が必要なお子さんがいる場合は、より慎重な判断が求められます。
申請者の年齢、健康状態、家族構成、持ち家の具体的な状況(築年数、維持状況、市場価値、担保権の有無など)、その後の生活への影響など、多岐にわたる要素を総合的に考慮される必要があります。一方的に役所が決めるのではなく、当事者の意思が尊重され、話し合いによって進められるべきものです。
一時的に生活保護を受け、ローン残債が多額にある家に住みながら役所と話し合いをしている間に、仕事が決まった人もいます。
困ったときは、まずはお近くの役所を頼ってください。相談は、無料です。
三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に「わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)」(ペンコム)がある。