一方で、不貞行為(不倫)が実社会の夫婦生活に与える影響は言うまでもなく深刻である。令和5年度の司法統計年報によると、離婚調停などの婚姻関係事件を申し立てた人のうち約12%が、不貞行為などの異性関係が争いの原因となっているという。
本記事では、「不倫」「不貞行為」の法的な取り扱いや不倫の慰謝料高額化の条件など、実際の裁判例をもとに傾向を分析する。
※ この記事は五十嵐彰/迫田さやか両氏の書籍『不倫―実証分析が示す全貌』(中央公論新社)より一部抜粋・再構成。
「一線は越えていません」が釈明に使われるワケ
不倫疑惑をかけられた多くの政治家や芸能人らが「一線は越えていません」と釈明するのは、なぜだろうか。これは日本において、夫婦の間には貞操(ていそう)義務がある、すなわち、婚姻(こんいん)中に配偶者以外と性交渉をしてはならないと考えられているためではないだろうか。ただし民法には貞操義務が明文化された条項はない。民法752条に、夫婦に課せられる法律上の義務が定められており、「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」(※1)として、①同居義務、②協力義務、③扶助義務が明記してある。
もちろん、この3つの義務さえ果たせば、後はどうでも良いわけではない。配偶者以外の異性と性交渉をしないことは、夫婦であり続ける義務の根幹を成す条件だと考えられている。
日本における離婚には、協議離婚、調停離婚、審判離婚、そして裁判(判決)離婚の4種類が存在する。それぞれを簡単に説明しよう。
日本では、婚姻関係を解消する夫婦の約90%が協議離婚の形をとっている。
だが、お互いに離婚したいと思っている夫婦ばかりではないだろう。片方は離婚を望むものの、もう一方は望まないことも多い。
協議離婚が成立しない場合に、次の方法として調停離婚がある。家庭裁判所に介入してもらい調停調書に記載される取り決めによって離婚を成立させる。
調停離婚でも解決しない場合には審判離婚といって家庭裁判所が職権で離婚を認める方法がある(ただし、実務上ではあまり利用されていない)。
そして一定の理由が存在する場合には、相手が離婚したくないといっても離婚を成立させる場合がある。これが裁判(判決)離婚である。
裁判で離婚が認められる理由5つは、民法770条で定められている。
①不貞行為、②「生活費を渡さない」「正当な理由のない別居」「健康なのに働こうとしない」などの「悪意の遺棄」、③3年以上の生死不明、④強度の精神病、そして⑤婚姻を継続し難い重大な事由、である。
これらの理由があれば、裁判所に介入してもらって離婚請求ができる。そして裁判で離婚が認められる理由に挙げられていることから考えても、不貞行為は夫婦の関係を破綻(はたん)させる代表的なものとされている。
読者の中には、結婚するときにそんな説明は受けた覚えはないという人もいるかもしれない。ただ、日本の結婚制度は一夫一妻制であることは誰でも知っており、その本質を考えてみれば、配偶者以外と性交渉をしてはならないという前提は共有されているというべきだろう。
冒頭で触れたように、不倫の疑惑をかけられた人々が「一線を越えていない」と述べるのは、夫婦関係の暗黙の前提である貞操義務を犯していないと主張したいからかもしれない。貞操義務に反したことが明らかになれば、配偶者から離婚を突き付けられたり、慰謝料を請求されたりする理由になるからだ。
慰謝料の平均値は162万円…最頻値は?
日本では不貞をした配偶者と不貞相手の双方を訴えることができる。大塚正之(おおつかまさゆき/編集部註:家裁判事などを歴任)は『不貞行為に関する裁判例の分析』で、2015年10月から2016年9月、2016年12月から2019年2月の東京地裁において判決が言い渡された不貞行為慰謝料に関する150件の裁判例を集め、分類した(※2)。
そのうち、不貞をした配偶者とその相手方の双方を訴えたケースは14件、不貞をした配偶者のみを訴えたケースは17件だった。そして不貞行為の相手方のみを訴えたケースは最も多く、119件であった。
無論東京地裁のみをサンプルとした件数であるため一般化は慎重にすべきであるものの、不貞行為の相手方のみが訴えられるケースが非常に多いことがわかるだろう。
ただし、不貞行為をした相手方を訴えるというケースは、他国において必ずしも一般的ではない。ドイツ、フランス、イギリス、そしてアメリカの9割近くの州では、不貞行為の相手方に対する損害賠償請求を否定ないし制限している(※3)。
大塚の集めたデータによれば、慰謝料が認められた場合の認容額の最低金額が30万円、最大が300万円で、平均値が162万円、最頻値(最も多い値)は200万円だった。
ここでどういったケースで慰謝料が高くなるのかを見てみよう。
大塚は自身が集めた裁判例に関するデータを、弁護士の有無や不貞行為そのものが婚姻を破綻させた度合い、扶養を受ける子どもの有無などの観点から整理し、どういった不貞行為であれば慰謝料が高くなるかを検討した。
より詳しく見るため、筆者らは大塚が扱っているデータを電子化し、再分析を行った(※4)。
結果、不貞行為が悪質であったり(例えば配偶者を家から追い出したり、生活費を渡さなかったりなど)、不貞行為によって婚姻状態が破壊されたりした場合には、慰謝料が高くなる。これは訴える相手が不貞をした配偶者であっても、不貞相手であっても同様のようだ。
他方で、扶養を受けている子どもの有無や、結婚年数、不貞年数は慰謝料の高さに関連がなかった。繰り返すがあくまでこれは限られたケースの分析であるため一般化はしにくいが、示唆(しさ)的な結果といえるだろう。
■註記
※1 もちろん、配偶者の単身赴任、あるいは別居婚をしている場合にはお互いが別居することに合意をしているとみなされる。
※2 大塚正之(2022)『不貞行為に関する裁判例の分析 慰謝料算定上の諸問題』日本加除出版
※3 前田達明(1985)『愛と家庭と不貞行為に基づく損害賠償請求』成文堂
李憲(2017)「クラブのママやホステスがいわゆる『枕営業』として長期間にわたり顧客と性交渉を繰り返した行為が不法行為にあたらないとした事例 不貞行為の相手方に対する慰謝料請求の可否」『総合政策論叢』33: 99-115.
黒田樹里(2005)「不貞行為と慰謝料 相手方に対する請求を中心に」『国士舘大学大学院法学研究科国士舘法研論集』6: 33-58.
Stein, E.(2020). Adultery, infidelity, and consensual non-monogamy. Wake Forest Law Review , 55(1): 147-187.
※4 分析の詳細は以下のとおりである。大塚が集めたデータのうち慰謝料が認められたデータのみを電子化し、その悪質度合い、破壊度合い、結婚年数、不貞年数、子どもの数、共同不法行為(訴えた相手方が不貞相手か配偶者か)を変数として投入した。サンプルサイズは127である。共同不法行為はダミー変数として各独立変数との交互作用をとり検証したが、それぞれ有意ではなかった。