仕事への影響から経済的な困窮に陥る人もいれば、家族関係の変化に苦しむ人もいるというが、これまであまり大きな社会問題として認識されてこなかった。しかし、高齢化、晩婚・晩産化に伴い、“ダブルケア”当事者のさらなる増加が見込まれている。
そんな「ダブルケア」をめぐる連載の最終回は、日本の「縦割り行政」がダブルケア問題を根深いものにしている現実を事例とともに明らかにし、今後の重要な課題ついて掘り下げる。(連載第1回はこちら/全5回)
※ この記事は相馬 直子/山下 順子両氏の書籍『ひとりでやらない 育児・介護のダブルケア』(ポプラ社)より一部抜粋・再構成しています。
ダブルケアラーのニーズに対応しにくい縦割り行政
戦後の社会福祉政策は、児童福祉・障害者福祉・高齢者福祉と、対象別の縦割りに制度化されてきました。そして、それぞれの現場で別々の対象に向けて支援がおこなわれてきました。ところが、多重のケア課題を抱えるダブルケアラーの方々は、このような縦割り制度の谷間に落ちてしまうことがあります。たとえば、介護のためにパート勤務にしたことによって、保育所の入所基準の優先性が低くなってしまったという方がいました。また、時間介助が必要なお子さんがいるにもかかわらず、母親と同居している=介護者が同居しているということで、母親の施設入所が難しいといわれてしまった方もいます。
ダブルケアには、介護、子育て支援、双方の連携が必要なことはあきらかです。
多くの福祉専門家が指摘していますが、今必要なのは、既存の制度、サービス、人材をつなげていくことです。今あるものをうまくつなげていくことができれば、ダブルケアに対応できる制度は構築可能です。
たとえば、「子育て支援の専門家が、介護制度や介護のことを知る。
また、介護福祉士が各家庭を訪問した際に、ダブルケアであるかどうか、情報収集する仕組みがあれば、それを行政支援につなげることもできます。
ダブルケアのような複合的なケア関係が増えていくことを考えると、介護、子育てに関わる専門職の処遇改善も重要です。
ダブルケアとケア不在・放置
調査を通じて私たちは、「ダブルケア責任を認知し、実際にダブルケアをしていて、負担感が高い層」をコインの表面とするなら、一方で、コインの裏面とでもいいますか、ダブルケアの「必要」があるのに、その必要が認識されず、ケアもなされず、公的なケア支援もないという意味での「ケア不在・放置」という状態があることに気づきました。ダブルケアをめぐっては、この表と裏をあわせてとらえる必要があると考えています。
「ケア不在・放置」の層とは、どういった状況を指すのでしょうか。
ここで、広義のダブルケアから、中年独身ダブルケアラーのケースを考えてみたいと思います。広義のダブルケアとは、子育てと介護だけでなく、親の介護と自分のケア、親と配偶者の介護・介助などを含みます。
■ Fさん(50代男性、作業所勤務、独身、子どもなし)
要支援2の実母(80歳)と同居。高校卒業以降、職を転々とし、長らくひきこもり状態でした。
母親も見守りや生活支援が必要となってきました。また、Fさん自身も、精神的ケアや就労支援などのサポートもとくに受けてきませんでした。近隣とのつながりもないまま、地域で孤立していました。
母親や本人から相談がないので、地域の支援もなかなか入り込めません。サポートがない、いわば、「ケア不在・放置」の状態が続いていました。
母親の認知症が進行し、ケアマネジャーがつき、介護保険の支援が入ることになりました。とともに、Fさんは精神科に緊急措置入院となりました。
その後、Fさんは発達障害と診断を受け、自分が支援の対象であることを受容し、現在は精神科のケアを受けながら作業所で働くとともに、母親の介護をしています。
自分のケアと母親の介護をしているため、Fさんもダブルケアラーといえます。かつてのFさんのように、支援や制度につながらないまま、「ケア不在・放置」になっている世帯が多くあります。
最近では「8050問題」として、Fさんのような問題がクローズアップされるようになりました。
「8050問題」とは、中年の子ども(50代)と高齢の親(80代)の困難や福祉課題が、相互に絡まりあっていることを表す言葉です。まさに、「ケア不在・放置」のダブルケア世帯の問題だといえます。
私たちの調査研究では、コインの表面の層、すなわち「ダブルケアに関わっていて、ダブルケアの負担が高い層」に焦点を当ててきました。そのためインタビューに協力してくださる方々は、ケアへの責任感が相対的に高い方々で、育児も介護も「引き受けている」層でした。
一方で、子どもへのネグレクトと、高齢者へのネグレクト、両方が進行している、二重のネグレクトに関する実態の解明は、まだまだ進んでいません。
Fさんの場合は、ケア不在・放置が長年続いていたところ、母親のケア負担が増えたことをきっかけに、介護や医療関係者が関わる突破口が開けた事例です。このような「ケア不在・放置」の実態把握は、今後の重要な課題です。
日本社会で「ダブルケアネグレクト状況」をつくらないためにも、ダブルケアによる複合的課題を社会全体で支援できるよう、制度を改善していかなければなりません。