もしも警察を名乗るものから電話があり、「個人情報が洩れ、詐欺集団に悪用されている」と伝えられたら…。
「現金をとられまいと思いこむ高齢者ほど、カード搾取という手口で騙されてしまいます」。こう明かすのは詐欺に詳しいルポライターの多田文明氏。常に相手の裏をかき、使えるものはなんでも使う詐欺集団の狡猾さを、警告を交え、解説する。
※ この記事は悪質商法コラムニスト・多田文明氏の書籍『最新の手口から紐解く 詐欺師の「罠」の見抜き方 悪党に騙されない40の心得』(CLAP)より一部抜粋・再構成しています。
ATMが「使えなく」なれば宅配や直接受け取りへシフト
「ATMでの振り込みを指示されたら、それは詐欺」そうした対策が周知徹底されると、詐欺犯らはお金の受け取り方のバリエーションを増やし、その注意喚起の力を弱めていった。
お金の授受が、郵送や宅配、バイク便、直接の受け取りの形にシフトしていくと、世の中でも、「現金は郵送しない。直接、渡さない」「お金が必要といわれたら、詐欺を疑え」といった内容に注意喚起が変わっていく。
各警察でも、お金を振り込ませない詐欺が増えてくると、「振り込め詐欺」とは言わず、「母さん助けて詐欺」「電話de詐欺」などといったユニークな名称をつけて注意するところも出てくる。
大手百貨店の女性店員を装った先に待ち受けていた人物
すると、詐欺師らは次のような手に出てきた。大手の百貨店の女性店員を装って、高齢者宅に電話がかかる。
「ハンドバックのご購入ありがとうございます」
「いいえ、買っていませんよ」
「えっ、そうなのですか? あなたのクレジットカードを使い、5万円の買い物をした人がいますよ。どうやら、クレジットのカード情報などが洩れているようですね。警察に通報しておきます」
まもなくして、警察から電話がかかり、「あなたの個人情報が詐欺犯にわかってしまい、悪用されていることがわかりました。
権威のある人からいわれると、無条件で従ってしまう。これを「ハロー(後光)効果」という。
このテクニックを使い、銀行協会へ電話をするように指示される。銀行協会は実在する団体だ。
デパート店員にしても、警察にしても、実在するものを騙るゆえに、高齢者は嘘だとはなかなか見抜けない。
高齢者が指示された協会の番号に電話をかけると、「すでに事情は伺っています。これ以上の悪用を防ぐために、すぐにカードを変えましょう」と言われる。
さらに、「クレジットカードだけでなく、キャッシュカードも不正利用される危険があるので、セキュリティを強化するために、変えましょう」と言われ、家を訪れた銀行協会を騙る男に、持っていたカードをすべて手渡すことになる。
当然、「本人かどうかを確認するため」などという口実で、暗証番号は事前に電話で聞かれている。結果、詐欺犯たちによって、勝手にカードを使われて、ATMから現金が引き出されてしまうのだ。
カードを騙し取る手口はしばらく本人が気づかず被害額が拡大する
カードを騙し取る手口には、この他にもさまざまな手立てがあるが、いずれの場合もカードを騙し取られたことを本人がしばらく気づかないため、被害額が拡大しがちだ。2017年には、70代女性が「あなたの個人情報が流出している」という電話を受けて、詐欺犯にキャッシュカード12枚を渡してしまい、約2億円を超える額が口座から引き出されてしまった事例もある。
こうした他人のカードからお金を引き出す役目をするものを「出し子」という。最近、よく警察から、犯人逮捕のため、ATMから現金を引き出す「出し子」の公開写真や映像を目にするが、この種の犯罪が増えていることの証左であろう。
こうした手口を見てもわかるように、「現金が必要といわれたら、詐欺」という注意喚起が徹底されると、今度は、お金を引き出すためのカードを狙う。
つまり、この注意を心に深く刻み、「現金をとられまい」と思いこむ高齢者ほど、カード搾取という手口で騙されてしまうわけだ。
これまでの詐欺対策を新たな手口をかぶせて無力化
「ATMからお金を振り込んで」とも言わない。「現金を渡して」とも言わない。ある意味、これまでの注意喚起が新たな詐欺の横行を許す結果になってしまっているという深刻な事態なのだ。
詐欺師らは、これまでの詐欺対策に、新たな手口をかぶせることで、その力を無力化する。
いや、それどころか、これまでの対策を、次の詐欺を行うステップにしているといってもいいだろう。
私たちがいま抱いている、詐欺や悪質商法に対する対策や常識が、必ずしも明日も使えるものとはならないということを、常に肝に銘じておく必要がある。