近年「直美(ちょくび)」と呼ばれる医師の増加が、政府や医療関係者の中で議論の対象となっている。
直美とは、医学部を卒業し、2年間の臨床研修を終了した医師が、一般的な保険診療科(内科、外科等)での実務経験なしに、そのまま自由診療の美容医療の分野に進むことを指す。

実際、厚労省の資料によると、美容医療の分野に関わる「皮膚科」「美容外科」「形成外科」の診療所に勤務する医師の割合は、医師全体の年齢構成に比べて、30代以下の層が多い特徴があるという。
特に美容外科では20~30代の医師が占める割合が増加しており「直美」を選ぶ若手医師の増加が背景にあると考えられる。
また、厚労省が2023年に実施した調査によると、美容外科の診療所数(23年調査)は前回(20年)調査比で612施設増加しており、形成外科も324施設、皮膚科も775施設増となっている。

「何らかの規制、対策は必要」

美容医療の分野に進む若手医師の増加について、厚労省の社会保障審議会では次のような厳しい意見も出ている。
「医師養成には国費が投資されており、国民の医療を守ることが前提となっていることを踏まえれば、一定期間、保険診療に従事させることなど、何らかの規制、対策は必要」(島弘志(しま・ひろじ)日本病院会副会長)
とある医療系労働組合のA氏も、直美を選ぶ若者が増えれば「夜勤勤務などがある、通常の病院は回らなくなる」と話す。
しかし、直美による問題点はこうした医師不足だけにとどまらない。
厚労省は現在の美容医療分野について、「合併症等への対応が困難な医師が施術を担当している」「アフターケア・緊急対応が行われない医療機関がある」といった課題を指摘。美容医療に関する相談件数は年々増加しているといい、若手医師の「直美」選択は医療体制のあらゆる箇所に影響を与えている可能性がある。

「保険診療で働くのは本当につらい」

医療業界で、なぜこのような事態が生じているのだろうか。
シワやシミの改善、医療脱毛など美容医療を取り扱う「はなふさ皮膚科」の代表で、メディア出演やSNSでの情報発信も行っている花房火月(ひづき)医師は、今年3月、自身のYouTubeチャンネル(登録者32万人)に「【美容医療の闇】業界の実情を包み隠さずお話しします」と題した動画を投稿。
動画内で、「直美」が選ばれる理由について、保険診療に携わる医師と比べ「給料や休日などの条件が良い」ことをあげた。
「逆に言うと保険診療で働くのは本当につらいです。基幹病院などで働いていれば、たとえば朝の7時からカンファレンスがあり、通常業務の終わる時間が23時ごろになる場合もあります。
加えて、23時から『論文を書きなさい』と言われ、そこに当直も入って来ます。
それで、給料は『23万円です』という世界です。
ですから、休みの日も、泊まりのバイトに行くなどして、なんとか生活を立てて、家族も養っていくというのが基幹病院で働いている医師の生き方になります」(花房医師)
一方、動画では「あまり医者としてのキャリアがないのに、美容の施術などでトラブルを起こしたら、どうするんだという論点があり、それを不安視する人も結構いる」と前述した直美の問題点にも言及。「雇う分には良いが、ちゃんと教育をしてほしい」と警鐘を鳴らしていた。
そこで、弁護士JPニュース編集部では「直美」問題について、改めて花房医師を取材。その問題点について話を聞いた。

「基幹病院のマンパワーを消費するおそれも…」

花房医師は「はなふさ皮膚科」の研修体制について、「基本的に皮膚科専門医・形成外科専門医を採用し、美容皮膚科の研修は見学・実技指導を経て、必要な症例数を経験してから独り立ちするようにしている」と説明する。
スキルの浅い医師が、十分な研修・教育を受けないまま美容医療に携わった場合のリスクについて次のように語った。
「術後出血、傷跡、感染症など、手術の合併症に対応することができず、結局は基幹病院を紹介することとなり、そちらのマンパワーを消費してしまう、ということが起こりかねません。
また、ほくろやシミと皮膚がんを間違えてレーザーを当ててしまうといった医療ミスを起こすおそれがありますし、手術の難易度に対して、技術が伴っておらず、極端にレベルの低い手術をすることが考えられます。
医療に携わるものとしてのモラルが伴っておらず、利益優先の考え方をしてしまう医師も出てくるのではないでしょうか」

「保険診療を行う医師が高い報酬を得られるように…」

最後に、日本の医療提供体制や、医師の働く環境を改善するには、どのような方策が必要か、花房医師の意見を聞いた。
「一医師としては、たとえば無駄な治療や、必要以上に高額な治療に税金が流れていないかなど、保険治療に対して支払われた税金が妥当なものであったかどうかをチェックする第三者機関が必要かと思っています。
そうすれば、保険診療に携わる医師の報酬を上げられる余地が出る可能性があります。
その上で、保険診療であっても、高度な治療を行う医師には特別に保険点数を引き上げて、高い報酬が得られるようにする、というのはひとつの手ではないでしょうか」


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