
「作業員、怖くて近寄りがたい」
「ブルーカラーとして働く人たちは暴力的だ」
2023年12月、東京都板橋区で塗装工事業者が従業員を踏切に立たせて殺害した事件が発生。また、今年2月には三重県の建設業者が従業員に首輪を付けて物置小屋に監禁していたとする報道もあった。
こうした事件が報じられると、SNSなどにはきまって冒頭のような言葉が散見される。
なぜ世間にはブルーカラーに対してこうした偏見があるのだろうか。そしてブルーカラーの現場は本当に「暴力的」なのだろうか。(橋本愛喜/現ライター、元工場経営者・トラックドライバー)
過去の「つながり」
SNSを分析していると、前出のような凶悪な犯罪や事件・事故を報じるネットニュースに、ブルーカラーを暴力団などの反社会的勢力と関連付けるようなコメントがぶら下がっているのを目にする。「(犯人が)建築業の時点で納得。裏では暴力団が手を回している」
「犯人は現場作業員の皮をかぶった反社」
もちろんこれは根拠のまったくない偏見にすぎない。しかし、過去には実際、ブルーカラーの一部が、反社会的勢力と深く関係していた時代があった。
戦後、日本は復興期から高度経済成長期に突入。深刻な人手不足に直面した現場に、全国からさまざまな背景を抱えてやって来た労働者を、暴力団などがまとめ上げていた。
なかでも、地域社会に根付いた事業を行ってきた建設業界や荷役業界には、暴力団や反社会的勢力との距離が近かった過去がある。
ある建設業の経営者はこう話す。
「当時の建設現場には荒くれ者、流れ者、一匹狼のような労働者が全国から数多く集まってきました。そんな労働者たちをまとめ、現場の秩序を保つには、並外れた腕力と威信が必要だったんだと思います」
現在では暴力団との関係が激減
しかし、日本社会の発展や少子高齢化の加速により、1960年代に最盛期を迎えた暴力団の勢力は減退。2011年に全国で施行された暴力団排除条例(暴排条例)により公共事業や大規模民間工事から暴力団関係者を完全に締め出す動きが強化されると、暴力団関係者とつながりのある企業も激減した。
そのため、現代において何の根拠もなくブルーカラーによる凶悪な犯罪を反社会的勢力と関連付けて語ることは非常に安直であり、偏見であるともいえる。
実際、警察庁が発表した令和5年(2023年)の「犯罪統計書」を見てみると、刑法犯総数(交通業過を除く)18万3000件のうち、ブルーカラーワーカーや業界関係者(自営業含む)による犯罪は3万1000件。
割合にすると17%。一方で、2019年の調査によると、日本全国で働く人のうちブルーカラーに属する仕事に従事している人の割合は42%だった(総務省「2019年就業構造基本調査結果」)。
つまり、17%という数字が、飛びぬけて高いわけではないのだ。
一方、この17%を基準にブルーカラーが起こした罪種を見てみると、「傷害罪」(27.5%)、「恐喝罪」(24.0%)、「強盗傷人罪」(24.45%)といった、暴力的な犯罪の占める割合が比較的高いことが分かる。
刑法犯総数におけるブルーカラーの割合(警察庁「犯罪統計書(令和5年)」に基づき筆者が作成)
暴力犯罪率の高さの背景には「男性社会」と「緊張感」
では、なぜ、ブルーカラーの犯罪のなかではこうした暴力行為の割合が高いのだろうか。理由の一つは、そもそもブルーカラーには男性が多いということだ。
法務省が発表している令和6年(2024年)版の「犯罪白書」によると、刑法犯の78.5%が男性。先ほど取り上げた傷害罪では89.8%、恐喝罪でも90.8%が男性となっている。

そもそも刑法犯の約8割が男性である(法務省「犯罪白書(令和6年版)」から)
つまり、職業そのものの特殊性の以前に、「その職業に男性が多い」という事実が、ブルーカラーの犯罪における傷害歴の割合を増加させる要因となっている。
そしてもう一つ、現場で起きる暴力の原因として挙げられるのは、現場に張りつめる「緊張感」だ。
死と隣り合わせの作業も多い現場においては、常に強いストレスや緊張感が襲う。そのため、現場では危険な行為や失敗に対し、瞬発的・突発的な言動が起こりやすくなっている。
門戸の広さゆえに価値観が衝突する
現場には「多様な常識」が集まるという特殊性も無視できない。ブルーカラーはよく「底辺職」「誰でもできる仕事」と揶揄(やゆ)されることがあるが、全くそんなことはない。
危険が伴う職場でルーティンワークを繰り返すと、どうしても「ダレ」が出てきてしまう。
そんななかで安全第一を継続的に行うためには、非常に高度な技術と精神力が必要とされる。決して、誰でもできる仕事ではない。
それにもかかわらず、ブルーカラーが「誰でもできる仕事」と誤解されるのは、この世界の「門戸の広さ」にある。
ブルーカラーは、誰でもできる仕事ではないものの、門戸は非常に広い。学歴は不問で、むしろ高学歴のホワイトカラーだった人も分け隔てなく受け入れる。過去に犯した過ちにも比較的寛容である。
そんな門戸の広さがゆえに、現場には実に「多種多様な常識」が集まる。
多様な「正義」が集まればトラブルも起きやすい。
こうした多種多様な正義が集まるなかで、現場の統制を取るのはかなり難しい。
「職人気質」もトラブルの原因に
「職人気質」という言葉が表す通り、彼らのなかには、いい意味でも悪い意味でも「まっすぐな人」「我の強い人」が多い。自分の信条に外れたことをする人を見ると許せなくなり、自身の正義を貫こうとするがあまり、それ以上の不正義を起こしてでも制裁してしまいたくなる人がいる。
現場では、先述したように危険を伴う仕事が多い。そのため「我の強さ」も現場においては大切な素質の一つではあるのだが、一方で、それが仇(あだ)になることも。
まっすぐな人が多いがゆえに、人との協調が苦手で、トラブルになってしまうことがあるのだ。
たとえば、あおり運転するクルマが許せず、ダッシュボードからスマホを取り出し、法定速度を超えて追いかけて動画を撮影してしまったり。
また、作業を手伝ったのに礼ができていない後輩に対して「だったら自分も」と、周辺の後輩総出で無視をはじめたりなどは、よく聞く話だ。
閉鎖空間における独特な「主従関係」
ブルーカラーにある独特な主従関係も、暴力が起きてしまうきっかけになり得る。多くのブルーカラーの現場には係長や部長といった役職がないため、「昇進」という概念があまりない。相当大きな企業でない限り、「職人」はその先もずっと「職人」という肩書で仕事をすることになる。
とはいえ、現場に上下関係がないわけではない。
むしろ「見習い」や「新人」という存在と先輩や親方などの線引きははっきりしており、その関係は上下関係というよりは、もはや「主従関係」といっていい。
そうなると、「指導」という名のもとで、新人いじめなどが起きることも少なくない。
一度いじめなどが起きてしまうと、構内や現場内には外部の人間が入りづらいため、なかなか外に漏れづらい。ちいさな工場や現場とは、閉鎖された空間であるためだ。
報道やフィクションに潜む偏見
繰り返しになるが、男性社会であることや職人気質など、上記に並べた特徴はあくまで「ブルーカラーによる犯罪のなかでは傷害や暴行が比較的多い」ことの原因として考えられるもの。「ブルーカラーによる犯罪」自体が飛びぬけて多いわけでは、決してない。
それにも関わらず世間がブルーカラーに対して「犯罪者が多い」との偏見を抱く背景には、メディアの報じ方や表現方法も影響している。
現場からよく聞かれるのは「事件を伝える報道で、犯人が他の業種だった場合は『会社員』と紹介するのに、犯人がブルーカラーだった場合は『会社員』ではなく『トラック運転手』や『土木作業員』と職名で報じられる。僕らも会社員なのに」という声だ。
実際、冒頭の事件においても、犯人が「建設作業員」と報じられたSNSのネットニュースについては「また建設業界の印象が悪くなる」というコメントが散見された。
報道だけではない。これまで、ドラマなどのフィクション作品でもブルーカラーは「事故を起こす役」として、工場や現場は「事件が起きる場所」として描写されてきた。
幸せの絶頂にいる登場人物がある日突然トラックにはねられ帰らぬ人になったり、殺人事件の現場が夜の建設現場だったり。その例は、枚挙にいとまがない。
ブルーカラーワーカーとは、日本産業を支える根幹の労働者だ。
上記のような「マイクロアグレッション」(無意識の偏見・差別)によって彼らの社会的地位が低下してしまうことは、結果的には日本の産業の衰退にすらつながる。
情報の受け手の側にも、一部の事件を見てあたかもそれが業界全体の姿であるかのような印象を抱くのではなく、真実を見抜く力を養ってほしいと願わずにはいられない。
■ 橋本愛喜
現ライター。元工場経営者・トラックドライバー。大型自動車免許取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。現在はブルーカラーの人権・労働に関する問題や、文化差異・差別・ジェンダーなどの社会問題などを軸に各媒体へ執筆・出演中。