投稿によれば不倫行為には夫の地元の同級生多数がアリバイ工作などに協力しており、「団体戦」とも言える様相を呈していたという。
5月2日からは、楠氏が自身の経験に基づき描いた漫画『サレ妻漫画家の旦捨離(だんしゃり)戦記』が配信されている。
配偶者の不倫に第三者が協力していた場合、協力者からも慰謝料を請求できるのか。また、不倫された経験を漫画にすることは夫に対する名誉毀損(きそん)にあたらないのだろうか。
異例のケースが重なる本件について、法律的な疑問を弁護士に聞いた。
発覚は2022年、公表の翌日に離婚
楠氏の投稿によると不倫が発覚したのは3年前であり、3月の投稿時点で夫からの慰謝料もすでに支払い済みだった。また投稿の翌日には離婚を公表している。不倫相手は夫の元恋人であり、関係は10年近く続いていた。コロナ禍の時期には同棲までしていたが、アリバイ工作が巧妙であったことから楠氏は気づかなかったという。
2022年のエイプリルフール、楠氏は「夫の不倫が発覚した。元カノと足掛け10年近く別れては繰り返し果ては部屋借りて通い同棲までしてた。元カノは地元同級生なので夫の友達全員グルでアリバイ工作完璧で気づけなかった」などと投稿しながら、同年2月に公開された著作『聞き耳怪奇譚』をTwitter(現X)上で宣伝した。
同作はフィクションであるものの、状況が類似していることから、作品の設定・ストーリーには楠氏自身の経験も反映されていると考えられる。
今年3月18日には「サレ妻の漫画のオファーたくさんありがとうございます。
そして5月2日、「本日より連載配信開始です!」と告知。紙の書籍ではなく電子書籍のみでの配信となるが、これは夫や不倫相手などから販売停止の措置を取られた場合に備え、回収にかかるコストが発生するのを回避するためのリスク対策であるという。
本日より連載配信開始です!
中学の同級生の元カノだのデキ婚だの団体戦だのと情報が渋滞してたので、こちらの漫画が時系列もあって、わかりわすいと思います。感想はレビューでくださると嬉しいです。よろしくお願いします
サレ妻漫画家の旦捨離戦記(1) (女たちのリアル) https://t.co/WMJJ8aZFl0
楠桂/スパコミ東あ39b/東7A04b (@keikusunoki) May 1, 2025
不倫慰謝料の支払いも「団体戦」になるのか?
不倫は民法上の不法行為にあたる(民法709条)。したがって、不倫された人は、配偶者とその不倫相手の双方に不倫慰謝料を請求することが可能だ。ただし、両者から慰謝料を二重取りすることはできない。本件のように不倫が長期間に及び、アリバイ工作を行ってだまし続けたなど悪質性が高いケースでは、それらの事情が考慮され慰謝料が増額されやすい傾向にある。
では、仮に楠氏が「団体戦」の参加者たち、つまりアリバイ工作に協力していた夫の同級生たちの責任も追及しようとした場合、彼らに慰謝料を請求することは可能なのだろうか。
離婚・男女問題の実務経験が豊富な安達里美弁護士は「請求は可能」と答える。
共同不法行為者の責任について定めた民法719条2項には「行為者を教唆した者及び幇助(ほうじょ)した者は、共同行為者とみなして、前項の規定を適用する」とある。また、「前項」である同条1項では「各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う」と規定されている。
楠氏のケースでは夫(行為者)に協力(幇助)した同級生たちが「共同行為者」とみなされて、損害賠償(=慰謝料)の責任も連帯して負う可能性がある、ということだ。
「ただし、請求するためには同級生たちの協力が『教唆』や『幇助』であることをしっかり立証する必要があり、実際にはハードルが高いと思います」(安達弁護士)
仮に同級生らの行為が「教唆」や「幇助」であると認定された場合には、「同級生らの助力によって遅れたことが、不倫が長期間に及ぶ要因になった」や「同級生らは楠氏とも仲が良かったのに、その信頼を裏切った」などの事情が存在すれば、同級生らが支払う慰謝料が増額される可能性もあるという。
結局は不倫した本人が支払うことになる
不倫などの共同不法行為に対する慰謝料に関しては、加害者のうち、自分の責任割合を超えて支払った者が他の者に対し「求償」をすることが認められている。たとえばA氏とB氏がC氏に対して共同で不法行為を行ったケースにおいて、C氏がA氏にのみ慰謝料を請求しA氏がそれを支払った場合には、A氏はB氏に対して自身の責任割合を超過する分の慰謝料を請求することができるのだ。
不倫事件においては、妻が夫の不倫相手にのみ慰謝料を請求した後に、不倫相手が夫に求償を行うケースが多々ある。
そして、本件においても、仮に同級生たちが自身の責任割合を超過して支払った場合には、その分の金額を同級生たちが夫に請求することが可能だ。
「責任割合は具体的な事例ごとに判断されますが、今回のケースでは、同級生ではなく夫が大部分の責任を負うことになると思います」(安達弁護士)
「モデル小説」で名誉毀損が成立した事例
先述した通り、本件を題材にした楠氏の新作『サレ妻漫画家の旦捨離戦記』は、関係者から訴えられた場合のリスクに備えて電子書籍の配信のみになっている。楠氏は仮に不倫相手が名誉毀損で訴えてきた場合には「匿名漫画なのに名誉毀損とかいってきたら、漫画の愛人が自分であるという証拠提出させるし、その訴訟も漫画にするから、絶対ただでは転ばない!」とも投稿している。
名誉毀損の構成要件は、(1)公然と(2)事実を適示し(3)人の名誉を毀損すること。
登場人物が実際とは異なる名前のフィクション作品であっても、名誉毀損に該当する可能性はあるのだろうか。
日本の文学界では、これまで、実在の人物をモチーフにした「モデル小説」が問題になってきた。2002年には、芥川賞作家の柳美里(ゆう・みり)氏の小説『石に泳ぐ魚』が実在の人物のプライバシー侵害や名誉毀損にあたるとして、出版差し止めと130万円の損害賠償を命じる最高裁判決が出された(最高裁平成14年(2002年)9月24日判決)。
また、『石に泳ぐ魚』一審判決(東京地裁平成11年(1999年)6月22日判決)等の裁判例によると、「モデル小説」については以下のような場合、モデルとなった実在人物の社会的評価を低下させるケースがあるとされている。
(1)作品を読んだ人の相当数が「小説中の登場人物のモデルはこの人だろうな」と推測することができ、かつ、(2)その小説に書かれている内容には実際に起こった事実が含まれているために、事実ではない作者による創作部分があったとしても、読者には現実の事実なのか作者の創作した虚構の事実なのかを区別できない場合。
「エッセイ漫画」も要注意
「上記は、モデル小説が名誉毀損にあたるか否かを判断するにあたって、主流の考え方だと思います。実在の人物をモデルにしたキャラクターが登場する漫画作品についても、同様の枠組みで考えて良いのではないでしょうか」(安達弁護士)したがって、実在の事件や人物をモデルにしている楠氏の作品も、名誉毀損に該当する可能性はあるという。
楠氏の作品は電子書籍での配信だが、近年ではプロに限らず多くの人が、自分の経験を描いた「エッセイ漫画」をXなどのSNSに投稿している。
そして、もし自分が信じていた配偶者から裏切られ、悪質な方法での不倫をされたことが発覚したら、その経験を漫画にして広く伝えたくなるのも仕方がないことだ。
しかし、たとえ悪いのが相手であっても、一方的な目線から描いた漫画をSNSという公共の場に投稿することには、名誉毀損に該当し損害賠償を請求されるリスクがある。
怒りや悲しみを世間に伝えたくなる気持ちを抑えて、まずは弁護士などの専門家に相談しながら、正当な手段で相手の責任を問うのが賢明だろう。