「毒親」という言葉がすっかりメジャーになって久しい。子の人格形成ひいては人生に害をなす親という意味だが、多くの場合、当人は「子どものため」「愛情を持って接している」と信じて疑わないだけに、タチが悪いともいえる。

子どもが親の期待に応えようと無理をすればするほど、その「毒」に心身を蝕まれる危険性がある。また、その「毒」に耐え切れず逃げ出したくなっても「逃げ場」がないことも多い。しかも、子どもの親に対する愛情(憐憫の情も?)は簡単に失われるものではない。
家庭裁判所に持ち込まれる事件には、こういった「毒親」が関係するものもある。彼ら・彼女らが子どもの「本心」を知ったとき、事態は良い方向へ向かうのか。それとも…。今日も現役の家裁調査官として現場で奮闘する高島聡子氏(京都家庭裁判所・次席家裁調査官)が自身の実務経験をもとに語る。(第5回/連載全6回)
※本記事は家裁調査官・高島聡子氏の著書「家裁調査官、こころの森を歩く」(日本評論社)より一部抜粋・再編集したものです。なお、記事中の具体的な事実関係はモデルとなった実際の事件とは異なるものに設定しています。
【第4回】母の交通事故で“無戸籍の子”の存在が発覚 「ほかの人にバレちゃいけない」家裁調査官が見た“透明な”生活の実態とは

思春期の少女が母親ではなく父親を選んだ

都市部の中学受験は、「親子の二人三脚」と言われる。良くも悪くも、親子関係が投影され、家庭裁判所の事件にもその影響は現れてくる。
その女の子は中学1年生。偏差値表で言えば「中の上」の私立中学に在籍している。
中1の夏、両親が別居し、彼女は父親とともに家を出た。2週間後、母が家裁に申し立てたのが「子の監護者の指定」「子の引渡し」、そして緊急の処理を求める「保全処分」である。
「思春期の女の子が父親につく、というのはちょっと珍しいよね」と裁判官も言う。
年齢的には子の意思が決め手だろうけれど、これまでの親子関係がどうだったのか、双方から少し丁寧に聞いてみてくれませんか、というのが裁判官からのオーダーだった。
母は面接で、いかに自分が細心の注意と将来への見通しをもって子を育ててきたか、反面、父は甘やかす一方で母の努力を無駄にしてきたかと滔々(とうとう)と述べ、これが決め手、というように「どれだけ私が娘のことを考えてきたか、これを見てもらえばわかります」と言って、十数枚の紙を取り出した。
中学受験に際し、母が各校の校風や進学実績など、各要素をグラフ化して表にし、娘と一緒に志望校を考えたものだという。

母が父を「負け組人生」呼ばわり

中央に大きなレーダーチャートが据えられた表は進学実績、留学人数、通学時間などさまざまな指標を軸にしてあって進学塾も顔負けの出来だった。
これを素人である母が作ったのかと驚いたが、チャートに添えられたコメントの中身をよく見比べてみると、母の母校である有名進学校はベタぼめ、一方、それよりも偏差値で4~5ポイント下がる子の在籍校は同様にほめているようでさりげなくこき下ろしてある。
いざ受験本番で、父が母をごまかして子に現在の在籍校を受けさせ、子もその後はチャレンジ校である母の母校を受験しなかったことが、「夫と娘がグルになって私をだました」と根強いこだわりになって残っているようだ。
「なんでここまでお母さんが一所懸命してこられたのに、娘さんはお父さんと一緒に家を出たんでしょう?」という問いに、母は傲然と胸を張った。
「調査官なら、片親疎外、『PA(Parental Alienation)』ってご存じでしょう? 夫がそう仕向けてるんです。
私は母親として、当然子どもにするべきしつけをしてるだけなのに、夫は横から、まあいやらしい猫なで声で、『そこまで真面目にやることないよなあ~』なんて。
子どもってものは、甘いほう、楽なほうに逃げるんです。
一刻も早く夫から娘を取り戻さないと、夫みたいな負け組人生確定です。
裁判所なら、仮に娘が父親のほうがいいと言おうが、賢明な判断をしてくださると信じてます」
と言う。最後には、
「裁判所のお力で、せめて1回だけでも娘と会わせてください。私と直接会えば、娘は必ず目を覚まして帰ってきます」
と涙ぐんで頭を下げられたが、面接が終わってみると、何だか具体性のない理想の教育論ばかりを聞かされたようで、釈然としない気持ちで父を呼び出した。

父が仕掛けた「盗聴器」に録音された母の声は…

出頭してきた気弱そうな下がり眉の父に、子を連れて家を出た理由を問うと、父は妙にきっぱりと
「母親の心理的虐待です。あのままでは娘がつぶれる」
と言い切った。
さまざまな母子関係のエピソードを語ったあと、父は
「妻が娘を怒鳴るのはもともとずっとでしたが、中学受験が終わればマシになるかと思ってました。逆にもっとひどくなった。リビングに仕掛けた盗聴器の録音を聞いて、もう家を出るしかない、と決めたんです」
と淡々と言う。執務室に戻って、父が最後に「これを聞いてください」と提出していった、CDの音声データを再生してみた。
中間テストの成績を叱責しているらしい母子の会話から始まり、いきなり、耳を覆いたくなるようなヒステリックなわめき声が流れ出す。
一瞬作り物かとも疑ったが、怒鳴られている子どもは確かに子の名前であり、声もあの母のものである。
いつの間にか、話は子の学校選択を責める内容になり、「こんなにしてもらったママを裏切るなんて、人間のクズ」「あんたなんか生きてる価値もない、とっとと死ねば」という罵声が延々と続く。

子どもが「だって学校に行くのはママじゃなくてあたしじゃん」と言い返した途端、「じゃあ、あんたに投資したママの金と時間、返しなさいよ! できもしないくせに、えらそうに!」と言ったあと、大きな平手打ちの音がしてドアが閉まり、子どもの細いすすり泣きの声が続く。しん、と心が冷えるような声であった。
その後も、詳細は省くが、父母双方の主張の応酬は続いた。
母からの「確かに娘に対して感情的になることもあった。しかしそれは、私が娘に対してこれまでにかけてきた多大な愛情ゆえのことである。むしろ、家庭内で盗聴などする父の卑劣な行動は監護者としてふさわしくない」との反論書面を読み、やはりあの罵声は母だったか、と妙に納得した。

娘「本当は、ずっと母に認めてもらいたかった」

さて、このあたりで子どもの言い分に耳を傾けよう。
子を家裁に呼び出し、面接の冒頭に、イラスト入りのカードを見せ、調査官は父母の話し合いを手伝う中立的な存在であること、父母の別居は子どものせいではないこと、子どもの心情は父母いずれとも違っていてよいこと、聞いた内容は報告書にして基本的に父母も読む予定であることなど、調査のグラウンドルールというべき内容を説明する。
「たとえばさ、私が『好きな人いる?』とか『体重何キロ?』とか聞いても、言いたくなければ『秘密』と言ってもらっていいからね」と言うと、緊張顔だった子が、初めて声をあげて笑った。
母への非難から始まるかと思いきや、「本当は、ずっと母に認めてもらいたかった」ときた。
いわく、母は、絶対に認めてくれない人。自分がどんなに勉強を頑張っても、母からは「向上心が足りない」「人間性が欠けている」とか訳のわからないダメ出しばかり。
受験も、やりたいことを我慢して頑張ったけど、自分には母の「合格ライン」が見えなくて、どこまで頑張ったら、母が言うような人間になれるのかわからない。
母は怒り出すと完全にキレちゃって、キイイーッと怒鳴ってる。
声もすごいけど、私から母に言い返したことはない。何か言うと、すぐ理由とか根拠とかを説明させられて、「それは違う」とか「考えが浅い」と言われて、最後は絶対私が「生意気を言ってすみません」って謝らされる。
だからとりあえず言われたとおりにしてたけど、学校だけは耐えられなかった。だって、母の勧める学校には、中学に入ったら絶対やりたいと思ってたダンス部がない。

「一生クモの巣から逃げ出せないような気になって」

「お母さんは、分析シートも作って受験校をあなたと一緒に考えた、と言っていたけど?」
あれ、見た? あの紙が机の前にズラッと貼ってあって、分析とか言って、結局母が行かせたいところに誘導してるだけ。
今の学校へ行ったら、私が母の思いどおりにはならないと思ってあきらめてくれるかなと思ったけど、甘かった。一学期の中間テストが終わったら、全科目の成績がまたあのクモの巣みたいなグラフになって、机の前に貼られてた。
それ見てたら、一生クモの巣から逃げ出せないような気になって、もーダメ、もー気が狂う、と思って、父に逃げよう、と言ったの。父も、ダメ人間、クズ人間ってずっと怒られてたし……。
彼女の話は続いた。父の影響や、幼稚な甘えでもない、子自身の体験した事実から導かれる答えが、はっきりとそこにはあった。
かろうじて「どっちで暮らすかはっきりしたら、元気な顔を見せてあげられる?」と聞いたのは、母の涙を思い出したからだが、子の答えは「イヤ、無理。
学校、成績、部活、何でも知ろうとして、絶対何か言われる。一度でも会ったら、すぐ調子に乗って、回数増やせとか言われるよ」と、にべもなかった。

クモは同じ場所に何度でも巣を張る

ここまでくると、私としては「あなたの気持ちがお母さんに伝わるように、報告書に書くね」としか言いようがなかった。
提出された調査報告書をコピーして読んだあと、母は拍子抜けするほどあっさりとすべての申立てを取り下げ、事件は終了した。
母なりに何かを感じてくれたのかと思ったが、数か月後、母はほとんど同じ主張書面で、今度は「面会交流」の調停を申し立ててきたという。
クモは同じ場所に何度でも巣を張る。彼女がクモの巣から逃げ出せたのか、今でも気になっている。


■ 高島 聡子
京都家庭裁判所次席家裁調査官。1969年生まれ。大阪大学法学部法学科卒業。名古屋家裁、福岡家裁小倉支部、大阪家裁、東京家裁、神戸家裁伊丹支部、広島家裁、神戸家裁姫路支部などの勤務を経て2025年から現職。現在は少年事件を担当。
訳書に『だいじょうぶ! 親の離婚』(共訳、日本評論社、2015年)がある。(役職は2025年4月現在)


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