インフレが続いている。今年3月の日本の総合インフレ率は3.6%で、日銀のインフレ目標2%を上回っている。
そんな中、一部大企業では賃上げが始まっているものの、多くの中小企業にそんな余裕はなく、人々の暮らしは苦しくなるばかりだ。
さらにそこに追い打ちをかけるのが、家賃の値上がりである。実際に、家賃の値上げに関する通知が手元に届いたという人も少なくないかもしれない。筆者の知人にも「家賃を1万円値上げする通知がいきなり届いた」と悲鳴をあげている者がいた。
泣く泣く受け入れた方もいるだろうが、法律の要件を満たさない家賃の値上げは“拒否”できることをご存知だろうか。(ライター・樋口正)

家賃相場はどれくらい値上がりしてきているのか

賃貸仲介・管理会社で構成される「全国賃貸管理ビジネス協会」が発表している「全国家賃動向 全国平均家賃による間取り別賃料の推移」によると、今年3月の全国の家賃は「1部屋」が1.2%、「2部屋」が1.3%、前年同月比で値上がりしている。
都道府県別に見ると、やはり首都圏は値上げ率が高いようだ。「1部屋」の場合、東京都が1.5%、神奈川県が2.6%、「2部屋」も東京都は2.0%、千葉県はなんと3.6%も値上がりしている(いずれも前年同月比)。
その一方で、家賃が値下がりしている地域もある。たとえば、「1部屋」については、新潟県で前年同月比-3.3%、秋田県、奈良県、沖縄県などで-1%以上の値下げ幅となっている。
とはいえ、他の生活必需品が値上がりしているのだから、家賃が値下がりしたところで生活が苦しいことには変わりない。
帝国データバンクによると、先月は4225品目の食品が値上げされた。月間の値上げ品目が4000を超えるのは1年半ぶりだという。

家賃の値上げが許される条件

賃貸人(大家)側が家賃を値上げする権利は、借地借家法32条1項に定められている。ただし値上げできるのは、次の要件を満たしている場合のみだ。
1.不動産に対する租税その他の負担の増減
2.不動産の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動
3.近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となった
つまり大家側は、税金負担の増加や建物・土地価格の上昇、近隣の家賃相場と比較して不相当に賃料が安い場合などに、値上げをすることができるということだ。昨今の急激なインフレを考えれば、こうした正当な理由を根拠に入居者が物件の大家側から家賃の値上げを請求されてもおかしくないだろう。
なお、一定期間、値上げしない旨の特約がある場合、その期間中の増額は認められない(借地借家法32条1項但書)。

家賃の値上げは“拒否”できるが…

家賃の値上げを請求することは、物件の大家側の「権利」である。しかしながら、実際に値上げするには、入居者との合意が必要となる。
たとえば、入居者が家賃の値上げを拒否しても、従来の家賃をそのまま支払い続ければ、少なくとも強制退去させられることはない(借地借家法32条2項参照)。
宅地建物取引士の資格を持つ貝吹仁哉弁護士は「単に賃借人(入居者)が増額された家賃の支払いを拒否したというだけでは、賃貸人は賃借人を強制的に退去させることは難しいと考えられます」として、大家側が入居者を退去させるためには家賃滞納などの正当な事由が必要になることを指摘する。
ただ、もちろん懸念はある。
「賃貸人から法的な手段(調停の後、訴訟)を通じて適正な家賃額を決定することを求められる可能性があります。
この点について、借地借家法32条2項但書は、賃借人が増額請求を拒否し、後に裁判所がその増額を正当と認めた場合、賃借人は増額の意思表示が到達した時点にさかのぼって、確定した増額賃料とすでに支払った賃料との差額に、年1割の利息を付した金額を支払わなければならないと定めていることには注意が必要です」(貝吹弁護士)

家賃の値上げに納得できない…現実的な「対処法」は?

上述したように、家賃の値上げを拒否する権利は入居者側にもあるのだが、もちろんそれは得策ではない。貝吹弁護士も「ただ突っぱねるだけでは賃貸人との関係悪化や訴訟に発展するリスクを伴うため、慎重な対応が求められます」と話す。
では、現実的な落とし所はどうなるのだろう。
家賃の値上げ通知を受け取った際に「そのまま応じる」以外に入居者が取り得る行動として、貝吹弁護士は以下4つの解決策を提案する。
①賃貸人もしくは管理会社の担当者との交渉
「まず、賃貸人もしくは管理会社の担当者に対して冷静に値上げの理由について説明を求め、根拠となる資料(近隣の類似物件の賃料データなど)の提示を依頼することが重要です。
また、自身でも近隣にある類似物件の現在の賃料相場を調査し、提示された家賃が相場と比較して妥当であるかを検討しましょう。
その上で、値上げ幅の減額や他の条件(契約更新料の減免など)との交渉を試みることも考えられます。交渉の際には、丁寧かつ冷静な態度で臨むことが大切です。交渉内容は書面やメールを用いたり、電話でも録音するなどして記録に残すようにしましょう」
②従来の家賃の支払い継続と供託
「値上げに納得できない場合でも、従前の家賃額を支払い続けることが重要です。もし賃貸人側が従前の家賃の受け取りを拒否する場合には、法務局に家賃を供託するという方法があります。これにより、賃料不払いを理由とした契約解除のリスクを回避できます」
③調停の申し立て
「賃貸人側との交渉がうまくいかない場合、簡易裁判所に家賃増額に関する民事調停の申し立てを行うことも検討すべきです。調停では、主に調停委員が間に入り、双方の主張を調整し、合意による解決を目指します。
調停は、訴訟と比較して費用や時間がかからないことが多く、当事者間の関係維持にも配慮した解決が期待できます」
④引っ越しを検討する
「最終的な手段として、どうしても合意に至らず、増額後の家賃を支払う意思がない場合は、契約更新のタイミングで引っ越しを検討することもひとつの選択肢となります」
上記のアドバイスを踏まえた上で、まずは、入居者が大家側に真摯(しんし)な姿勢で交渉することから始めるのが懸命ではないか。具体的な根拠を示すことで、双方にとって納得のいく金額で合意できるかもしれない。
合意に至らない場合でも、上述したように、家賃を滞納しない限り、直ちに強制退去となるわけではない。
もっとも、値上げを拒否し続けることは、大家との関係悪化を招く可能性があり、推奨される選択肢とは言えない。法的なリスクも考慮しつつ、引き続き居住するかどうかを慎重に検討する必要がある。
■ 樋口 正
ライター・Web編集者。経済メディアを中心に活動中。投資、教育、不動産、テクノロジー、ビジネス、恋活・婚活などのジャンルで記事を執筆・編集している。


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